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『親に夢を諦めさせられて医者になった俺、転生して今度こそ本気でサッカーをやる』  ~最新スポーツ医学で"90分落ちない身体"を設計し、世界一のサイドバックになる~  作者: 猫の飼い主
第六章 才能を捉える日

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第128話 自由と支配

 一対一のまま、後半は三十分を回っていた。


 後半十二分の同点から二十分近く、ソラは一度も、走の前でゴールへ顔を向けられていない。


 音羽が、ようやく動いた。ボードに出た番号は、中盤の一枚だった。入ってきた選手は迷わず右へ寄る。走の側へ、青嵐は人数を足してきた。ソラ一人で破れないなら、数で開ける。当たり前の手だった。


 走は数え直した。相手が右へ一枚足したぶん、向こうの左は、芝が一枚ぶん薄い。


「海! 向こうの左、薄い!」


「見てる!」


 最初の一本は、数で来た。


 ソラが白線際で受け、入ったばかりの選手がその内側を走る。二人に一人。走は縦だけを消して、内は渡した。


「外れ!」


 三音が飛ぶ。海がその選手の前へ半歩出た。ソラのパスは出所を失って、後ろへ戻る。青嵐のスタンドが、上がりかけた腰をまた下ろした。


「今の、ぴったりだ!」走が叫ぶ。


「合ってる!」


 二本目は、ソラ一人で来た。


 右の深い位置。走の担当だった。


 戻す道は残っている。走はそこを塞がない。塞ぐのは、ゴールへ向かう二本だけだ。縦と、内へ切れ込む角度。内側には海の影が落ちていて、その角度はもう一枚薄い。


 ソラの目が、その狭さを面白がった。


《観察/風間 空》

重心 ――― 視える。

次の一手 ――― ――――

確度 ――― ――――

所要 ――― 算出しない。


 読めない欄は、春のままだった。


 だが今日は、そこを埋めにいかない。


 ソラが、動いた。


 右足のアウトでボールを外へ流し、上体だけ内へ倒す。誰にも読めない一手だった。


 走は読まなかった。先に取った角度を、動かさなかっただけだ。


 ボールがソラの足を離れる。芝の上を、半歩ぶん転がる。


 その半歩に、走の左足が入った。


 爪先が触れた。ボールが、走の足の裏で止まる。ソラの爪先とボールのあいだに、指一本ぶんの距離が残ったまま動かない。


 スタンドのどよめきが、ふっと途切れた。


「今のは、こっちが取った!」


 走はもう顔を上げていた。


 内側に、海。手を上げるまでもなく、目が合った。


 走が足の裏で押し出す。海が一度で止め、顔も上げずに左へ振った。青嵐が右へ寄せたぶん、逆側は芝が広い。レオがその広さへ流れていた。


 ボールがレオの前へ落ちる。追う青嵐の背番号が、二歩遅い。大河内が中央から出てくる。間に合わない。


 レオが受ける。一度だけ持ち出して、キーパーが前へ出たぶんの、その脇を打つ。


 ネットが、揺れた。


 七十九分。二対一。


「レオ!」


 声が、自分でも驚くほど出た。


 尾張のベンチが立ち上がる。レオが走のほうを指差して、何か叫んでいる。聞き取れない。走も指を返して、それから自陣へ走って戻った。


 まだ十分ある。


   *


 残りの十分を、走は閉じた。


 青嵐はソラを右に置いたまま、二度、同じ縦を試した。二度とも、走の左足が先にあった。三度目は来なかった。ソラが自分から内へ下がり、別の芝で受けはじめる。走はそこまで追わなかった。海が締め、財前が背中を持っている。


 追わなくていい場所は、追わない。


 八十八分、青嵐が最後の力を出した。中央から二本つながり、走の背中を一人が取る。走は届かなかった。


 届かなかった先に、財前がいた。


 財前が身体ごと当たって、ボールを外へ出す。


「財前!」


「言うたやろ! 二秒や!」


 最後の数分、リクが右へ来た。


 自分のサイドを捨てて、走の前へ。ボールを持って、まっすぐ縦を見せる。空き地のころから、走がいちばん多く見てきた背中だ。


 走は半歩、内に入った。リクの右足が芝を掻く。その一足ぶんの芝は、もう走の脚の下にあった。リクの爪先が行き場を失って、外へ流れる。


 リクは何も言わなかった。舌打ちだけが、芝の上に落ちた。


 笛が鳴った。


 二対一。夏の全国へ行く権利を、尾張は自分たちの手で決めた。


   *


 ソラが、走を見ていた。


 怒りも、絶望も、そこにはなかった。かわりにその顔へ、これまででいちばんの輝きが灯っている。


「ねー」ソラの声が、歓びで震えていた。「あれ、何やったの?」


「三人でやった」走は答えた。「俺と、海と、財前で」


「三人」


「一人じゃ無理だった」


「へえ」ソラは目を丸くして、それから笑った。「九十分ぜんぶ、行くとこ先に踏まれたの、初めてだ」


 走は少し息を整えてから、言った。


「またやろう。そのときも勝つ」


「言うねえ」


 ソラはひらりと片手を上げて、行った。


(――あの手つきだ)


 可能性を先に塞ぐ手。前の生で走を閉じた手と、形だけは似ている。


 あの手には、返す番がなかった。ここには、ある。ソラはさっき、またやろうと言われて笑った。


 それだけの違いだ。走はその違いを、握って離さないことにした。


   *


「東!」


 レオの声だった。輪ができている。海が輪の外に立って、顎で中を指した。来い、ということらしい。


 走は歩いた。走らなかった。走る脚は、もう残っていなかった。


 輪に入ると、レオに頭を叩かれた。財前が横から肩をぶつけてくる。下級生が走の背中に飛び乗って、そのまま三人で崩れた。


「全国!」


 誰かが叫んだ。


「全国!」


 走も叫んでいた。芝の匂いと、汗と、誰かの肘が顎に当たる痛みと、それが全部いっぺんに来た。


 鬼塚はベンチの前で腕を組んだまま、一度だけ顎を引いた。


 誰かが走の名前を呼んでいる。二年前、ユースへ上がった日には、この棟で走の名前を呼ぶ声は数えるほどだった。


 走はその真ん中で、少しのあいだ、何も数えなかった。

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