↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『親に夢を諦めさせられて医者になった俺、転生して今度こそ本気でサッカーをやる』  ~最新スポーツ医学で"90分落ちない身体"を設計し、世界一のサイドバックになる~  作者: 猫の飼い主
第六章 才能を捉える日

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
124/140

第124話 掴めない男、ふたたび

 三年目の春が来た。


 走はユースの最終学年に上がった。桧山と須賀が抜けて、最終ラインと中盤の背番号が一つずつ繰り上がる。並んで残ったのは、走と海と財前と、レオだった。中学から同じ十一人でやってきた面々が、そのまま最上級生の列にいる。


 最初の紅白戦の前、下級生の一人が走のところへ来た。


「東さん。右、俺でいいんですか」


「いい」走は言った。「一つだけ守れ。俺が上がったら、外を見なくていい。内を見ろ」


「内」


「外は海が拾う。お前が外を見ると、真ん中が二人ぶん空く」


 その子はうなずいて走っていった。三分後、走が上がった裏を相手が突いて、その子は内側に立っていた。ボールは海の足に引っかかった。


「東さん!」その子が叫んだ。「内、合ってました!」


「合ってた!」


 走は親指を立てた。


 去年の春は、走が立花に聞きにいく側だった。今年は、聞かれる側に立っている。そのことに、走はまだ少し慣れない。慣れないが、悪くなかった。


   *


 練習後、鬼塚が走を呼んだ。


「東。協会から日程の照会が来とる。七月の終わりの一週間、お前の予定を押さえられるかと」


「……予定」


「それだけだ」鬼塚は言った。「呼ぶとは書いてない。空いとるか聞かれただけだ」


「空いてます」


「即答するな」鬼塚は鼻を鳴らした。「その週、リーグが一本ある」


「……あ」


「調整はこっちでやる。お前は浮つくな」


「はい」


 部屋を出て、走は廊下で一度だけ拳を握った。


 呼ぶとは書いていない。書いていないが、予定を聞かれた。


 予定を聞かれるところまでは、来ている。


   *


 その夜、走は部屋で映像を開いた。


 青嵐。リクと、ソラ。


 リクは、正面から捉える手応えを掴んだ。去年の二戦目で、走は十九本遮断している。届かない一本もあったが、届いた十九本も残っている。


 問題はソラだった。


 中三に、走たちは二度、ソラを止めている。


 六月は、三人だった。外を財前が閉じ、内を海が絞り、走がそのあいだに胴を入れて幅をゼロにした。三人要る、と海はそのとき言った。


 一月の最後の大会は、二人だった。海は前へ上がっていた。走が半歩ずらして、財前が前の日に決めておいた「一回」を使って外へ出した。


 どちらも、走一人ではない。


 画面のソラは、そのときのソラではなかった。


 中三のソラは、受けてから決めていた。触って、それから考える。だから走たちには、触ってから決めるまでの時間があった。三人が寄る時間も、二人で間に合う時間も、そこにあった。


 いまのソラは、受ける前にもう走る場所を変えている。


 走は同じ場面を四回戻した。ボールが出る。ソラは指定された足元へは行かない。出たボールの落ち際に、自分で場所を選び直している。パスが着く前に、絵が一度描き直されていた。


(――囲む時間が、半分になってる)


 皮肉だ、と走は思った。


 受ける前へ手を伸ばす。去年、走が海と財前と三人で見つけたのと同じ場所へ、あの男は最初から立っている。


   *


 開幕前、合同練習の会場で、走はソラとすれ違った。


「あれ」ソラが足を止め、肩越しに振り返った。「きみ、冬にいたね」


「……いました」


「広島。あのとき、きみのほうには行かなかったな」ソラはのんびり笑った。「行かなくてよかった、って言われたよ、うちのコーチに」


 走の背が、勝手に強張った。


 反射的に、診断の眼をソラへ向ける。脚も、軸足の荷重も、抜けかけた膝の角度まではっきり視える。なのに次の一歩がどこへ伸びるのか、その像だけが指の間の砂みたいに崩れて、輪郭を結ばない。片脚に体重が乗ったと思った刹那、もう一方の踵がふっと浮く。


 身体は視える。この男の心だけが、走の眼のいちばん外側をふらついている。


「そっちは、行きたかったんだ?」ソラが訊いた。


「行きたかった」


 言ってから、走は自分の声が思ったより大きかったことに気づいた。


「へえ」ソラは目を細めた。「次、当たるんでしょ。楽しみにしてる」


 ふらり、と踵を返す。勝ちたいとも負けたくないとも言わない。退屈か、面白いか。その二つだけで、この男は息をしているようだった。


   *


 寮へ帰る道で、海と財前が待っていた。


「会ったのか」海が訊いた。


「会った」


「どうだった」


「変わってた」走は言った。「中三のときは、受けてから決めてた。いまは受ける前に決め直してる。三人で寄っても、着く前に場所が変わる」


「厄介やな」財前が言った。


「厄介だ」


 走はそこで、少し黙った。それから言った。


「前は三人で一本だった。今度は、もっと続けたい」


「続けたい、な」海が繰り返した。「何本」


「五本」


「多い」


「三本」


「二本から始めろ」海は言った。「二本続いたら、三本目の話をする」


「二本な」


「条件がある」財前が指を一本立てた。「お前、全部一人で行くなよ。去年のリク戦、後半おかしかったやろ」


 走は答えに詰まった。答えに詰まったこと自体が、答えだった。


「……分かった」


「分かったって言うたぞ、いま」財前が海を見た。


「聞いた」海が言った。「証人になる」


 走は笑った。笑ってから、素直に言った。


「楽しみだよ。腹は立つけど」


「腹立つのか」


「立つ。あいつ、俺の名前まだ覚えてない」


 財前が噴き出した。海が、珍しく声を出して笑った。


 春の風がひとつ、三人の横を通り過ぎていく。掴もうとした指の間を、それは笑うようにすり抜けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。