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『親に夢を諦めさせられて医者になった俺、転生して今度こそ本気でサッカーをやる』  ~最新スポーツ医学で"90分落ちない身体"を設計し、世界一のサイドバックになる~  作者: 猫の飼い主
第六章 才能を捉える日

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112/140

第112話 十六人目

 リーグ第四節。相手は県外の強豪だった。


 立花に教わった形は、リーグでも回りはじめていた。走が右で削り、浮いた一秒を中へ渡す。「浮いた」の二音で、岳が左から一列を押し上げる。


 開幕から三戦、右サイドは一度も破られていない。


 この日も、入りは同じだった。


 対面は速い左ウイングだった。十一番。最初の五分で、走はその速さの中身を視た。初速で強引に置き去りにする型。急には、止まれない脚だ。


(――削れる)


 走はいつもの網を張った。


 わざと縦に隙間を見せる。十一番が食いつく。急停止。切り返し。そのたびに燃料計がひと目盛りずつ落ちていく。走は抜かれない。抜かれないまま、相手の脚だけを使わせる。


 前半のうちに二十回、十一番は無駄に止まった。


 踏み込みが浅くなり、戻りが半分になり、前半の終わりには走の前で仕掛けること自体をやめた。


 削り切った。


 ハーフタイムのロッカーで、走は自分の設計を確かめた。


 後半の三十分から、上がる。十一番の脚は、そこまで保たない。走が四十五分かけて作った差を、最後の十五分で点にする。


 この試合を動かすのは、自分だ。


 走はそう思っていた。思っていることを、財前にも言った。


「後半、終盤に行く」


「行け」


「裏、頼む」


「聞いた」


 六十三分、相手のベンチが動いた。


 ボードに出た番号を見て、走は一瞬、意味を取り損ねた。


 十一番が、下がる。


 四十五分かけて空にした脚が、ボード一枚で、ピッチの外へ運ばれていく。


 かわりに入ってきたのは、脚の軽い別のウイングだった。ウォームアップを終えたばかりの、湯気の立つような脚だ。


(――待て)


 走の設計図が、頭の中で音を立てた。


 交代は五人まで。機会は三度。ルールは知っていた。知識としては、最初から知っていた。


 だが走の削りは、削った相手がピッチに残りつづけることを前提に組まれていた。中学の相手は、そこまで交代を使ってこなかった。使える層が、ベンチに無かったからだ。


 ここは、違う。


 新しいウイングが、最初の一本で仕掛けてきた。


 走の眼は読めていた。重心も、軸足も、蹴り足も。


 だが走の脚が、半歩遅れた。


 四十五分、十一番を削るために走自身も走りつづけていた。削る戦術は、削る側も無傷ではいられない。残っていたのは、その先の十五分を動かすための脚だ。満タンの脚と正面からぶつかる想定ではなかった。


 抜かれた。


 折り返しが中央へ通り、失点した。一対二。


 走はゴールネットを見ていた。


(――そこを変えられたとき、俺が遅れた)


 残り十分、鬼塚が動いた。


 ボードに出た番号は、走のものだった。


 走は一度、ベンチのほうを見た。


 見てから、自分の口の中で「まだ、やれる」と言った。


 声には出さなかった。


 タッチライン際で、須賀(すが)が待っていた。二年の右サイドバックだ。


 走は足を止めて、短く言った。


「十四番、いま入ったやつです。踵で走ります。止まるとき、外へ一歩ふくらみます」


「分かった」


「あと、あと十分なら、削らなくていいです。並んでください」


 須賀はうなずいて、ピッチへ入っていった。


 走はベンチに座った。


 タオルを被った。


 被ってから、自分の膝の上で拳を握っていることに気づいた。


(――まだ、やれたのに)


 脚は残っている。四十五分の削りで使ったぶんを差し引いても、走の身体はまだ動く。


 動くのに、ピッチにいない。


 走はタオルの中で、一度だけ長く息を吐いた。


 試合は一対二のまま終わった。


 引き上げる列の途中で、鬼塚が走の横に並んだ。


「削り切った脚から、代えられていく」


 鬼塚は前を見たまま言った。


「当たり前の話だ。お前のやり方は、相手のベンチが浅いほど効く。……ここから上は、深くなる一方だぞ」


 それだけ言って、行ってしまった。


 慰めではなかった。診断だった。


 その夜、走はノートを開いた。


 書くことが、なかなか決まらなかった。


 まず、できたことを書いた。


 ――前半四十五分。十一番、二十回止めた。仕掛けを諦めさせた。


 これは、間違っていない。四十五分ぶんの仕事は、実際に成立している。


 その下に、間に合わなかったほうを書いた。


 ――六十三分、相手が十一番を下げた。俺は、その一本目に半歩遅れた。


 二行を並べて、走はしばらく見ていた。


 削るという戦術を、走は六年かけて作った。米袋の前で覚えた我慢と、物置の片脚立ちと、体育館の床で数えた急停止。


 その六年が無駄になったのではない。


 六年ぶんは、前半にちゃんと出ている。


 足りなかったのは、そのあとだ。


 走はもう二行、書いた。


 ――俺は九十分を設計していた。相手は九十分を、三人で分担していた。


 ――俺の盤面には十一人しかいなかった。相手は、十六人いた。


 ペンを置いてからも、走はその行を見ていた。


 どこから見直すか、今夜のうちには決まらなかった。


 決まらないまま、走はノートを閉じた。

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