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『親に夢を諦めさせられて医者になった俺、転生して今度こそ本気でサッカーをやる』  ~最新スポーツ医学で"90分落ちない身体"を設計し、世界一のサイドバックになる~  作者: 猫の飼い主
第六章 才能を捉える日

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111/140

第111話 組織の中の個

 右サイドバックの席を、走はすぐに掴んだ。


 鬼塚が言ったとおり、走が右、岳が左。ユース一年目の最年少が、いきなり最終ラインの一枚を任された。


 練習場は、去年までいた場所とは寸法から違った。芝は毎日刈られ、シャワーの湯は途中でぬるくならない。そして何より、並んでいる身体の平均が一段上だった。一七二センチの走は、最終ラインの四人のなかでいちばん小さい。


 それでも走は、初日から一本も外れずに右へ入っている。


 だが、その席は思っていたようには機能しなかった。


 最初の練習試合の前半、立花が走に向かって手を上げた。


 三年の主将だ。ずば抜けてうまくはない。だが、このチームの全員がこの男の声で動く。


「東、行け!」


「はい!」


 走は声を返して、右を上がった。


 上がった先で、立花も同じ場所へ走り込んできていた。


 二人で、同じ芝を使った。


 ボールは通ったが、行き先が一つ潰れた。


 三年前から、走は上がるときに手を上げる。海はその手を見て落ちる。財前は五メートル寄る。中学の三年で、そこまでは作った。


 ここでは、その合図を知っているのが海だけだった。


 走は次の切れ目に、立花のところへ行った。


「立花さん」


「おう」


「さっき、同じとこに入りました」


「入ったな」


「立花さんの『行け』は、俺が外を回れという意味ですか」


 立花が少し眉を上げた。


「聞くのか」


「聞きます」


「……外だ。俺は内へ入る」


「じゃあ、俺が手を上げたときは」


「手?」


「上がる前に、右手を上げます。中学からやってました」


「知らん」


 立花はあっさり言った。


「知らんから、今日は俺が先に行った」


 走はうなずいた。


 合わないのは、どちらかが間違っているからではない。


 この人の合図と、走の合図が、まだ一つも噛み合っていないだけだ。


「一つだけ、先に合わせませんか」


 走は言った。


「一つ?」


「全部は無理です。今日は、俺が手を上げたら立花さんは内、でお願いします」


「それだけか」


「それだけです」


 立花は少し笑った。


「お前、注文の出し方うまいな」


「三年、練習しました」


 後半の五分で、走は右のウイングを詰まらせた。


 行き場をなくしたボールを、足先でさらう。


 顔を上げる。


 立花は内にいた。


 走は出した。


「今の!」


 走は叫んだ。


 分析より先に、声が出ていた。


「おう!」


 立花が受けて、前を向いた。そこから三本つながって、桧山がシュートまで持っていった。


 入らなかった。


 入らなかったが、走は少しのあいだ走るのをやめられなかった。


 噛み合わないことが、思っていたほど嫌ではなかった。中学の三年は、噛み合う形を一から自分で作った。ここには、もう回っている形がある。自分の一枚を、その上にどう乗せるか。


 難しい。難しいのに、足が軽かった。


 左で、岳が一列押し上げていた。


 走が右で相手を浮かせた瞬間に、岳が上がっている。誰も指示していない。岳が自分で見て、上げた。


 プレーが切れたとき、走は岳に声をかけた。


「黒木さん、いまの押し上げ」


「見てたのか」


「見てました。あれ、毎回やってもらえますか」


「毎回か」


「毎回です」


「条件つけていいか」


「どうぞ」


「お前が浮かせたのが分かるようにしろ。俺は左から右を見てる。手を上げられても、遠くて見えん」


 走は少し考えた。


「声にします」


「なんて言う」


「浮いた、で」


「二音だな」


「二音です」


「覚えた」


 試合のあと、立花が隣に来た。


「東」


「はい」


「お前の右、完璧だな」


 褒めているのに、眼は笑っていなかった。


「一度も抜かれてない。……で、うちは何点取った?」


 走は答えた。


「〇点です」


「そうだ」


 立花は言った。


「お前、中学で組織はやってきたんだろ。海に聞いた」


「やってきました」


「じゃあ、足りないのは何だ」


 走は少し考えてから、答えた。


「合図です」


「そうだな」


 立花はうなずいた。


「お前は、十一人でやる方法を知ってる。ただ、ここの十一人の言葉を知らん。それだけだ」


 立花はそう言って、走の肩を一度叩いた。


「一年かけて覚えろ。……お前、覚えるの速そうだけどな」


「速いです」


「自分で言うな」


 立花は笑って、行った。


 その夜、走はノートを開いた。


 書いたのは、三行だけだった。


 ――立花さん「行け」=俺は外。あの人は内。


 ――黒木さん「浮いた」=左を一列押し上げる。


 ――海の八秒は、そのままでいい。


 書いてから、走はそのページをしばらく見ていた。


 三年かけて、走は三人ぶんの言葉を作った。海の手。財前の五メートル。大村と相馬の三音。


 ここには、また新しい言葉がある。


 全部で十人ぶんだ。


(――もう一回、やりたい)


 後半五分の、あの一本だった。


 走が詰まらせて、顔を上げて、立花が内にいた。


 あれをもう一度、今度は最後まで通したい。


 走はノートを閉じて、明日の欄に、練習でやることを一つだけ書いた。

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