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『親に夢を諦めさせられて医者になった俺、転生して今度こそ本気でサッカーをやる』  ~最新スポーツ医学で"90分落ちない身体"を設計し、世界一のサイドバックになる~  作者: 猫の飼い主
第五章 降りなかった者たち

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第106話 上から四番目

 名簿が貼られたのは、三月の第三週の朝だった。


 走は寮の廊下を歩いていた。


 人だかりが見えた。三年生が十人ほど、ボードの前に固まっている。誰も喋っていない。


 走はその後ろに立った。


 人が少しずつ抜けていく。抜けていく子の顔は、二種類しかなかった。


 紙は一枚だった。


 上に「ユース昇格者」と書いてある。


 その下に、名前が縦に並んでいた。


 走は上から順に読んだ。


 一番目。二番目。三番目。


 四番目。


 東 走。


 走はその名前を、しばらく見ていた。


 それから、もう一度、上から読み直した。


 四番目に、同じ名前があった。


 走の口から、息が漏れた。


 右手が、勝手に握られていた。握ってから、自分で気づいた。


「受かった」


 声に出していた。


 隣にいた同学年が振り返った。


「東、あった?」


「あった。四番目だ」


「まじか。おめ」


「ありがとう」


 走は言った。


 言ってから、自分の顔が緩んでいるのが分かった。


 三年前、走はセレクションの受付で二百十四番と呼ばれた。


 二年前、走はこの場所で、右サイドバックの欄に自分の名前がないことを知った。


 いま、上から四番目にある。


 名簿は、六人だった。


 三十人のうち、六人。


 財前の名前が、五番目にあった。


 レオの名前が、二番目にあった。


 江口の名前は、なかった。


 走は廊下の窓のところまで歩いて、スマホを出した。


 打つ前に、一度だけ画面を見た。


 ――受かった。今、名簿を見た。


 送った。


 返事は、二分で来た。


 ――そう。よかったね


 続けて、ごはんは食べたか、と来た。三年前も、去年も、この人はいつもそれを聞く。走は食べた、と返した。


 少し間があって、もう一通来た。


 ――卒業式、行くからね


 走は窓の外を見た。


 朝の練習場に、誰もいない。


 何を書けばいいか分からなくて、走はもう一度打った。


 ――四番目だった


 ――四番目、すごいの?


 ――すごい


 ――じゃあ、すごいね


 走はその二行を、しばらく見ていた。


 背中に、足音がした。


「東くん」


 江口だった。


 走は振り返った。


 江口はいつもの顔をしていた。少し笑っている。


「見た?」


「……見た」


「おれ、なかったわ」


「……ああ」


「まあ、そうだよなー」


 江口は伸びをした。


 走は、何を言えばいいのか分からなかった。


 分からないまま、聞いた。


「江口は、どうするんだ」


「高校でやるよ」


 江口は即答した。


「サッカー部のあるとこ。ふつうのとこだけど」


「決めてたのか」


「秋くらいに。だってさ、おれ、ここ受かんないの分かってたし」


 江口は窓に肘をついた。


「でも、まあ、悔しいは悔しいよ」


 少しだけ、声が低くなった。


「十一月に八十分走ったじゃん。おれ、あれで、ちょっと期待したんだよね」


「……ああ」


「ばかだろ」


「ばかじゃない」


 走は言った。


「あれは、いい試合だった」


 江口はしばらく黙って、それから「そっか」と言った。


「東くんは、四番目じゃん」


「四番目だ」


「すご。おれ、一年のときお前のこと、ちっさいなーって思ってたのに」


「思ってたな」


「言ってた?」


「言ってた」


「ごめん」


 江口は笑った。


 走は、そこで言うことにした。


「江口」


「ん?」


「一緒に上がりたかった」


 江口の顔が、止まった。


 それから、ものすごく変な顔になった。


「……え、なに、急に」


「思ってたから言った」


「うわ、やめろって。おれ泣くって」


「泣けばいい」


「泣かないわ!」


 江口は袖で目のあたりを乱暴に擦った。


「東くんさあ」


「なんだ」


「そういうの、三年目で急に言うのずるいわ」


「早く言えばよかったか」


「早く言えよ」


 江口は笑った。笑って、それから言った。


「おれ、高校でも走るからな。八十分」


「九十分だぞ、高校は」


「あ」


 江口が固まった。


「……九十分?」


「九十分だ」


「聞いてない」


「知らなかったのか」


「知らなかった!」


 江口は頭を抱えた。


「うっそ、あと十分? 無理だろ」


「無理じゃない」


 走は言った。


「十一月に八十分走り切った奴は、九十分も走れる」


「ほんとに?」


「ほんとだ」


 江口はしばらく走を見て、それから「じゃあ走るわ」と言った。


「また蹴ろう」


 走は言った。


「こっちからも連絡する」


「東くんから?」


「俺から」


「絶対だぞ」


「絶対だ」


 江口は満足したように、行ってしまった。


 走は窓のところに残った。


 この三年半で、走がいちばん長く一緒にいた相手だった。同じ部屋で寝て、同じ教室に通って、同じ食堂で飯を食った。


 あの男の膝は、いまも壊れていない。血も足りている。


 名簿にはない。


 走がやったことは、この男を上げなかった。


 良くすることと、届かせることは、別のことだった。


 別のことだが、あの男はまだ続ける。


 九十分を、これから覚えるらしい。


 部屋へ戻る途中で、財前とすれ違った。


 財前は名簿を見た帰りらしかった。


「東」


「ああ」


「五番目だった」


「四番目だった」


「知ってる」


 財前は少し笑って、それから言った。


「お前とは、同じ側で上がりたいと思ってた」


「俺もだ」


 走は言った。


 財前が足を止めた。


「……お前、そういうの言うようになったな」


「言えって言ったのは財前だ」


「言ったけどさあ」


 財前はタオルで顔を擦った。


「言っとくけど、一年のときは大嫌いだったからな」


「知ってる」


「知ってんのかよ」


「何様だよ、って言われた」


「うっわ、覚えてんのか」


「覚えてる」


 財前は「最悪だ」と言って笑った。


 笑ってから、走の肩を一度だけ小突いた。


「先月の紅白戦、お前に半歩やられたろ」


「やった」


「あれ、けっこう効いたわ」


「効いたか」


「三年かけて抜かれたんだぞ。効くだろ」


 財前は言った。


「上でもやれよ。今度は俺が抜き返すから」


「抜き返してみろ」


「言ったな」


 財前は行った。


 走は廊下に残って、もう一度スマホを見た。


 ――じゃあ、すごいね


 その一行が、まだそこにあった。

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