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『親に夢を諦めさせられて医者になった俺、転生して今度こそ本気でサッカーをやる』  ~最新スポーツ医学で"90分落ちない身体"を設計し、世界一のサイドバックになる~  作者: 猫の飼い主
第五章 降りなかった者たち

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第104話 残り十五分

 後半、走は削りはじめた。


 外を半歩空ける。リクが縦へ出る。走は追わずに、行き先だけを潰す。


 通れそうな道が、毎回、直前で消える。


 リクは前半、走と正面からぶつかることに全部を使っていた。その脚に、後半のこの形は重かった。


 四十五分で、リクの踏み込みが浅くなった。


 五十分で、走の前へ来なくなった。


 左へ回った。


 走はそれを見送った。


 逃げたのではない。


 こちらの右で消耗するより、逆で仕掛けたほうが点に近い。前半にぶつかり合ったからこそ、この男はその判断ができている。


 走はそれを、正しい工夫として受け取った。


 受け取ったうえで、悔しかった。


(――まだやりたかった)


 六十二分に、青嵐が右から組み立て直した。リクのいない側だ。


 走は前半と同じように、出し手を見た。


 読めなかった。


 同じボランチの腰が、前半とは違う開き方をしている。角度が毎回ずれる。疲れた身体は、同じ形を二度作れない。


(――消えたか)


 走は前へ出るのをやめた。


 やめて、待った。


 パスが出た。


 遅かった。


 前半なら、読んでいなければ届かない速さだった。いまは、見てから足が届く。


 走は出た。


 二本目だった。


 運びながら、走は頭の中で二本を並べた。


 前半の一本は、読んで先に立った。


 後半の一本は、読めないまま、見てから届いた。


 相手が元気なら、型が正直だ。読める。かわりに速いから、読まなければ間に合わない。


 相手が疲れれば、型が崩れる。読めない。かわりに遅いから、見てからで間に合う。


 どちらかが、必ず立っている。


 九十分のあいだ、走の手が止まる時間は無い。


 ――ただし、走の脚が残っていればだ。


 見てから届いたのは、走の脚がまだ落ちていないからだった。


 六年かけて作った、九十分落ちない身体。


 前半にも、後半にも、走はそこへ行けた。行けた回数が、今日は増えていた。


 一つだけ、繋がらない時間があった。


 後半の頭。あの十分だけ、走は一度も入れなかった。


 型はもう崩れていたのに、脚はまだ落ちていなかった。読めないのに、速い。


 人は疲れると、まず形を崩して出力を守る。遅くなるのは、そのあとだ。


 崩れてから、遅くなるまでの、あいだ。


 走はその窓に、まだ名前をつけていない。


 五十五分に、走は上がった。


 手を上げてから、右の外を駆け上がる。海が落ちるのを、振り返らずに確かめた。


「大村!」


「おう!」


 クロスは合わなかった。


 六十分に、もう一度上がった。合わなかった。


 六十五分に、三度目。


 レオが飛び込んで、キーパーが弾いた。


 レオが両手で頭を抱えた。走も、膝に手をついて声を出した。


「レオ、もう一回いく!」


「来い!」


 残り十五分で、風間空が動いた。


 この試合で初めて、ソラが右へ来た。


 走の側だ。


 走の背中が、冷たくなった。


(――来る)


 海が塞いだのは、ボールが入る場所だった。


 ソラ自身が動いてしまえば、その塞ぎは意味を失う。


 この男は、八十分のうち十五分だけ、自分から場所を変えた。


 理由は、たぶん、退屈したからだ。


「財前!」


 走は叫んだ。


「一回だけだぞ!」


「一回でいい!」


 財前が中央から外へ寄った。前の日に決めた一回が、いま来た。


 走はソラの前に立った。


 三年で、五度目だ。


 中一の秋に、何もできなかった。中二の冬に、十分だけ触らせなかった。中三の六月に、一本だけ止めた。止めた次の一本で、この男は初めて走に対して形を変えてきた。


 積み上がっているものが、走の側にもある。


 あちらにも、たぶんある。


 ソラは走を見て、いつものように首を傾けた。


「あ」


 そして、言った。


「きみ、また同じとこにいる」


 走は答えた。


「います」


「なんで」


 ソラが聞いた。


 本当に不思議そうだった。


「きみ、いつも、おれが行くとこにいるじゃん。なんで分かるの」


 走は、そこで一つだけ答えた。


「分からない」


 ソラの眼が、少しだけ開いた。


「分からないから、行きそうな場所を全部、先に潰してる」


 走は言った。


「あんたが決める前に、選べる場所を減らしてる」


 ソラはしばらく走を見ていた。


 それから、笑った。


 この男が笑うのを、走は初めて見た。


「へえ」


 ソラは言った。


「それ、つまんないね」


 仕掛けてきた。


 重心が傾く。軸足が入る。それが何も意味しないことを、走はもう知っている。


 走の身体は動かなかった。動けば、そこを通られる。


 六月に幅をゼロにしたときは、三人要った。いまは財前と二人だ。海は上がっている。


 だから走は、幅を消すのをやめた。


 かわりに、この男が幅のない場所へ落ちてくる、その先だけに身体を置いた。


 六月の二度目に見た、あの動き。順番が逆になる一手。


 一度見たものは、走の中に残っている。


 ソラが、走の左へ流れた。


 傾いたまま、幅のない場所へ落ちてくる。


 走は追わなかった。追えば置いていかれる。ただ、落ちてくる先に、身体を半歩だけ入れた。


 ソラが進もうとした先に、走の胴があった。


 接触した。


 ソラの身体が、わずかに流れた。


 止まってはいない。ボールも失っていない。ただ、進む先が半歩ずれた。


 その半歩の先に、財前がいた。


 財前が身体を入れて、ボールが外へ出た。


 スローインになった。


「財前!」


「言ったろ、一回はやるって!」


 財前が親指を立てた。


 走は息を吐いた。


 自分で奪ったのではない。触って、半歩ずらして、それが財前のところへ運ばれただけだ。


 六月は三人要った。今日は、二人で一本切れた。


 走が取れたのは、半歩だ。その半歩に、財前が一人で間に合った。


 ソラは起き上がって、自分の身体を見た。


 それから、走を見た。


「いま、なんかした?」


「……しました」


「へえ」


 ソラは首をひねって、それから、また笑った。


「なんかさ」


 ソラは言った。


「きみといると、行きたいとこ、減るね」


 そして、前へ歩いていった。


 走は、遠ざかる背中を見ていた。


 六月は「あれ」の二文字だった。今日は、文になっている。


 止められない。奪えない。


 だが、行きたい場所を減らせる。


 それが、走がこの三年で見つけた唯一の答えだった。


 答えというより、入口だ。


 残り五分で、こちらにも一度だけ決定機が来た。


 江口が右で粘って、走が上がって、折り返しをレオが叩いた。青嵐のキーパーが片手で弾いた。


 こぼれ球に、財前が飛び込んだ。ポストに当たった。


「入れよ!」


 走は叫んでいた。


 試合は、〇対〇のまま終わった。


 延長はなく、そのままPK戦になった。


 尾張が先に蹴った。


 一人目、レオ。決めた。青嵐も決めた。


 二人目、海。決めた。青嵐も決めた。


 三人目、財前。左に蹴って、キーパーに止められた。青嵐は決めた。


 四人目、相馬。バーの上へ外した。


 青嵐の四人目が決めて、そこで終わった。


 二対四。


 走の順番は、来なかった。


 五番手だった。


 走はセンターサークルの手前に立ったまま、それを見ていた。


 脚は、残っている。八十分走って、まだ走れる。


 走れるのに、蹴る番が来ない。


 青嵐の選手が走り出して、こちらの何人かが芝に座り込んだ。


 走は動かなかった。


 動けなかった、というほうが近い。


「勝ちたかった」


 声が出た。


 誰に言ったわけでもなかった。


 財前が、ゴール裏で膝をついていた。


 走は歩いていって、その横に立った。


「財前」


 財前は顔を上げなかった。


「……悪い」


「お前だけの負けじゃない」


 走は言った。


「俺は、五人目だった。蹴ってない」


「……」


「まだ、やりたかった」


 財前が、はじめて顔を上げた。


 目が赤かった。


「お前も、そういう顔すんだな」


「する」


 走は言った。


「悔しい」


 財前はそれを聞いて、袖で顔を拭いた。


 拭いてから、立ち上がった。


「準々決勝の膝、まだ笑ってる」


「知ってる」


「見るなって言ったろ」


「音で分かる」


「うるせえ」


 二人は並んで、ベンチへ歩いた。


 バスの中は、静かだった。


 江口が窓の外を見ていた。この三年で、江口の最後の公式戦だった。


 走はその横顔を、一度だけ見た。


 何か言おうとして、言葉が出なかった。


 出ないまま、バスは名古屋へ戻った。


 三年間、走は青嵐に一度も勝てなかった。

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