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『親に夢を諦めさせられて医者になった俺、転生して今度こそ本気でサッカーをやる』  ~最新スポーツ医学で"90分落ちない身体"を設計し、世界一のサイドバックになる~  作者: 猫の飼い主
第五章 降りなかった者たち

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103/140

第103話 正面から

 準決勝の日、風が強かった。


 整列で、走はリクの前に立った。


 三年で五度目だ。


「走」


 リクが言った。


「今日、俺の前に来るだろ」


 走は少し驚いた。


「……なんで分かる」


「顔だよ」リクは笑った。「お前、三年で初めて、こっち見て立ってる」


 走は答えなかった。


 答える必要がなかった。


 前半の三分で、リクが右へ来た。


 走は下がらなかった。


 三年間、走はこの男を外へ運んできた。走らせて、削って、後半に拾う。


 この日、走は最初から間合いを詰めた。


 リクの眼が、わずかに動いた。


「へえ」


 リクが仕掛けた。


 走が入った。


 肩と肩がぶつかって、二人とも止まった。ボールが外へ出た。


 一本目、止まった。


 三年前、走は一四八センチだった。この男に触ることもできなかった。


 いまは一七〇センチ、六〇キロだ。リクは一七四センチある。四センチ差なら、走の身体は流れない。


 リクが起き上がりながら、走を見た。


「重くなったな」


「ああ」


「腹立つ」


 リクはそう言って、笑った。


 走も、息を吐きながら笑った。


 二本目は、抜かれた。


 リクは走の読みの上を、また力で踏み越えてきた。


 三本目も抜かれた。


 三本目のあと、走は太腿を一度叩いた。


 悔しい。読めていた。読めていて、身体が半歩足りなかった。


 その半歩を、走は次の一本で詰めた。


 四本目、止めた。


 五本目、抜かれた。


 六本目、止めた。


 止めたあと、走は自分の呼吸を確かめた。


 乱れている。当然だった。走はこの二十分、餌を撒いていない。削っていない。ただ、正面から止めにいっている。


 走がいちばん苦手なやり方だ。


 苦手なのに、次の一本が来るのが待ち遠しかった。


 二十分の時点で、走とリクの一対一は六対四だった。


 三年間、走はこの男に一度も勝っていない。今日は、半分になっている。


 前半の十八分に、青嵐が左から仕掛けてきた。相馬が粘って、大村が跳ね返す。こちらは前へ出られない。


 二十五分、走が読みを外された。


 リクが縦と見せて、内へ入った。走の身体が外へ流れた。


 走の背中に、青嵐の選手が走り込む。


 大村が絞って、クロスを跳ね返した。


「大村、助かった!」


 走は叫んだ。


 大村が振り返って、親指を立てた。


「東、次は俺が言う!」


「言ってくれ!」


 走は自分の位置へ戻りながら、首の後ろが熱いのを感じた。


 一人でやる試合ではない。


 三十二分に、試合が止まった。


 青嵐の選手が足を痛めて、担架が入ってきた。


 二分ほど、何もない時間ができた。


 リクが、走の横まで歩いてきた。


「なあ、走」


「……」


「お前、今日おかしいぞ」


 リクは笑っていなかった。


「削ってこないじゃん。お前のやり方、そうじゃないだろ。俺を走らせて、後半に落として、それから獲る。三年ずっとそうしてきた」


 走は答えた。


「今日は、やらない」


「なんで」


「お前が、そうしてほしくないからだ」


 リクの顔が、止まった。


「小六のとき、お前を下げた」


 走は言った。


「あれは正しかった。いまでもそう思ってる」


「……」


「正しかったから、お前は怒れなかった。三年、飲み込んできた」


 リクは黙っていた。


「だから今日は、正面から止める」


 走は言った。


「削って、落として、拾うんじゃなくて。お前がいちばん力を出してるところに、俺が立つ」


 リクは、しばらく走を見ていた。


 それから、下を向いた。


 肩が、一度だけ揺れた。


「……なんだよ、それ」


 リクの声が、少し掠れていた。


「なんで、それを今日言うんだよ」


「今日しか、ない」


「……そうだけどさ」


 リクは顔を上げた。


 笑っていた。ひどい笑い方だった。目のあたりが赤くなっている。


「じゃあ、お前は何がしたいんだよ。俺のためか」


「違う」


 走は言った。


「俺も、お前に勝ちたいんだよ」


 リクが、口を開けた。


 それから、思いきり顔を歪めた。


「……それ、先に言えよ」


「言った」


「いま言ったろ」


 笛が鳴った。


 担架が出て、試合が再開した。


 リクは自分の位置へ戻りながら、一度だけ振り返った。


「走」


「ああ」


「次、行くぞ」


 そして、仕掛けてきた。


 この日いちばん、速かった。


 走の眼が全部読んだ。走の身体が全部そこにあった。それでも、抜かれた。


 走は芝に転がった。


 転がりながら、走は少しだけ笑っていた。


 これでいい。


 この男は、いま、全力で走の前を通っている。


 三年間ずっと走の設計に勝ちたがっていた男が、いま、そのとおりのことをやっている。


 自陣へ戻りながら、走は息を整えた。


 削らないと決めた日は、妙に静かだった。


 三年間、走の眼は対面の脚だけを追ってきた。何本走ったか。踏み込みが何ミリ浅くなったか。数えることに、眼の全部を使っていた。


 今日は、数えていない。


 その余白が、リクの後ろへ流れた。


 青嵐のボランチが、ボールを持っている。


 走はその男の支持脚を見た。


 左足に体重が乗って、腰が半分だけ開いている。蹴る前に身体を作っている形だ。開いた角度の先に、リクの走る場所がある。


 人は動く前に、必ず準備する。壊れる直前の膝と同じで、いちばん正直なのは動き出す前だ。


 走はリクを見るのをやめた。


 腰が開き切る前に、前へ出た。


 パスが出た。


 走の足のほうが、先に着いていた。


 ボールが走の胸に当たって、足元へ落ちた。


 周りが、一瞬遅れた。走が触ると誰も思っていなかったからだ。


 三年間、走がボールを獲るのは後半だった。相手が空になってからだった。


 前半の三十四分。相手のスプリントは、まだ六本しかない。


 走は顔を上げて、海へ渡した。


(――獲れた)


 戻りながら、走はその一本を巻き戻していた。


 削っていない。走らせてもいない。相手は元気だ。


 元気なほうが、型どおりに動く。


 疲れた身体は崩れる。崩れたものは読めない。だが崩れていない身体は、教わったとおりの順番で準備をする。


 走の眼が三年間いちばん働かなかった時間帯は、相手がいちばん正直な時間帯だった。


 見る場所が、違っていた。


 対面ではない。ボールを出す側だ。


 四十分に、走はもう一度やった。


 同じように腰の開きを見て、同じように前へ出た。


 外された。


 ボランチは蹴るふりだけして、逆へ運んだ。空いた走の背中へ、青嵐がもう一枚走り込む。


 走は全力で戻った。間に合ったのは、大村が一歩早く絞っていたからだ。


「大村!」


「言ったろ!」


 走は走りながら、片手を上げた。


(――そうだ)


 前へ出るということは、後ろを捨てるということだ。


 走がこの三年やってきたのは、捨てないことだった。


 この手は、賭けの上にしか乗らない。


 前半は〇対〇で終わった。


 シュートは青嵐が四本、こちらが一本。押されていた。それでも失点しなかったのは、鷲尾が三十九分に一本、足で止めたからだ。


 走とリクの一対一は、六対六まで戻っていた。


 ベンチへ戻ると、海が座っていた。


「東」


「はい」


「三十四分の、あれ」


 海は顔を上げなかった。


「何を見た」


「出し手の腰です」


 海は少しのあいだ黙った。


「……お前、今日はじめてやったろ」


「はい」


「三年見てて、はじめて見た」


 海はそこで一度、息を吐いた。


「風間は、前を向いて受けたのが、まだ一度もない」


 走は顔を上げた。


「触ったのは六回だ。全部、背中を向けて受けさせた」


 海は自分の膝を叩いた。


「九割で足りる、と言ったろ」


 走は、そこで初めて笑った。


 この男は、宣言したとおりのことをやっている。


「後半、どうする」


 海が聞いた。


 走は少し考えて、答えた。


「削ります」


 海の眉が、動いた。


「前半で、片付いたので」

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