第102話 最後の大会
一月に、中学年代最後の大会があった。
三年にとっては、これがジュニアユースでの最後の公式戦になる。
ユースへ上がる者にとっては、ただの通過点だ。上がらない者にとっては、最後の試合になる。
同じピッチに、その二種類が並んで立つ。
初戦の朝、走はメンバー表の前に立った。
右サイドバック、東走。
この一年、そこに走以外の名前が入ったことはない。
二年前、走はこのボードの前で、自分の名前がないことを知った。
いまは、探さなくても分かる。
初戦は三対〇で勝った。
相手の左に、速い子がいた。県のトレセンに名前が載っている子だと、試合の前に白石が言っていた。
前半の十五分で、その子は走の側を諦めた。ベンチから声が飛んで、右へ移された。走のいない側で、その子はよく仕掛けていた。速さは本物だった。通り道さえあれば、どこまでも行ける子だ。
走の前に、その通り道が無かっただけだった。
仕事の無くなった走は、六十五分ぶんの余った脚を、全部前へ使った。
六十三分と七十九分、同じ場所から同じ高さでクロスを入れた。一本をレオが頭で、もう一本を江口が押し込んだ。
二点目のあと、江口が走の背中に飛び乗ってきた。
「東くん! 今日二本とも同じとこじゃん!」
「同じとこだ」
「なんで?」
「同じとこが空いてたからだ」
「答えになってない!」
レオが後ろから二人まとめて抱えて、三人で倒れた。
試合のあと、眞鍋がタブレットを持ってきた。
「走行距離十一・三キロです。八十分で」
「……そうですか」
「うちの歴代で、たぶん一番です」
「たぶん」
「三年前より前のデータがないので」
眞鍋は正直だった。
二回戦は四対一。レオが二点、江口と海が一点ずつ。失点は、相馬の裏を取られた一本だけだった。
準々決勝は苦しかった。前半に先制されて、後半の七十分に走のクロスからレオが同点。七十八分に、財前がセットプレーで押し込んだ。
二対一。
笛のあと、財前がゴール裏でしゃがみ込んだ。走が近づくと、顔を上げずに言った。
「膝、笑ってる」
「知ってる」
「見るなよ」
「見てない。音で分かる」
「余計に気持ち悪いわ」
財前は笑って、立ち上がった。
準決勝の相手が、青嵐だった。
組み合わせが出た日から、部の空気が変わった。
青嵐には、リクと風間空がいる。
この三年、尾張は青嵐に一度も勝っていない。新人戦で負け、練習試合で二度引き分け、公式戦で一度引き分けた。
勝った試合は、一つもない。
試合の前の日、走は海と財前を部屋に呼んだ。
三人でこうして集まるのは、去年の秋からのやり方だ。走が図を書いて、海が線を引き直して、財前が「で、俺はどこにいればいいんだよ」と言う。
その日も、同じ順番で始まった。
「俺の希望を先に言います」
走は言った。
「リクとは、俺がやりたい」
海が顔を上げた。
「そのうえで、勝つためにどう分けますか」
「分けるも何も」
財前が言った。
「お前が右にいる限り、あいつが来たらお前がやるだろ」
「来ない可能性がある」
走は言った。
「六月、あいつは俺の側を使わなかった。今年のあいつは、勝てる道を選ぶ」
「じゃあ、どうすんだ」
「上がる」
走は言った。
「上がって、あいつを戻す。戻ってきたら、そこで正面からやる」
海が腕を組んだ。
「それ、二つ問題がある」
「はい」
「一つ。お前が上がって前を使うぶん、風間の前が空く」
「はい」
「二つ。お前がリクに集中したら、出し手を読む眼が薄くなる。合宿でお前に言ったろ。眼にも燃料がいる」
走はうなずいた。
そのとおりだった。
「風間は、俺が持つ」
海が言った。
「止まりますか」
「止まらん」
海は言った。
「止まらんが、遅らせられる。六月に分かったろ。あいつはボールが来ないと何もできない。来る場所を減らすのは、俺の仕事だ」
「六月は三人でやりました」
走は言った。
「あのとき、外は財前でした」
財前が顔を上げた。
「俺、覚えてるぞ。お前が『財前、外』って叫んだやつだろ」
「あれだ」
「あれ、もう一回やるのか」
「やるかもしれない。ただし、俺が上がってるあいだは、外は財前一人になる」
財前はしばらく考えて、それから言った。
「一回までなら、持つ」
「一回」
「二回来たら、二回目は外へ出させるだけになる。獲れない」
「それでいい」
走は言った。
「外へ出れば、スローインだ。一本ずつ切れれば、こっちの形が作り直せる」
「条件つけていいか」
財前が言った。
「お前が上がるとき、大村に一声かけろ。俺が外へ出たら、中央が一枚足りない」
「かける」
「絶対だぞ」
「絶対だ」
海が図の上に指を置いた。
「もう一つ」
「はい」
「お前が前半でリクを止めきれなかったら、後半は削りに戻せ」
走は海を見た。
「正面からやるのは、お前の得意な形じゃない。八十分は保たん」
「……保ちません」
「だろうな」
海は言った。
「だから、前半でやれ。後半は、いつものお前に戻れ」
走は少し黙って、それからうなずいた。
「分かりました」
三人が部屋を出たあと、走はノートを開いた。
三年ぶんのページをめくった。
中一の秋、新人戦でリクに抜かれた。ソラは止められなかった。
中二の冬、リクは走の閉じている側だけを通ってきた。ソラの一点は、走の設計の外から来た。
中三の六月、リクは走の右を避けて、後半に守りへ戻ってきた。ソラは傾いてから決めた。
三年で、四回。
走はリクに、一度も勝っていない。
最後のページに、走はこう書いた。
――明日、正面からやる。
書いてから、その下にもう一行足した。
――勝つ。両方ほしい。
三年、走はリクの中に澱を作ってきた。小六の準決勝で下げて、正しくて、だから怒れないものを残した。
それを片付けられるのは、走がリクを正面から止めた日だけだ。
だが、それだけを取りに行くのではない。
この大会は、江口にとって最後の公式戦だ。財前にとっても、レオにとっても、この十一人でやる最後の何試合かだ。
勝ちたい。
走はそれを、はっきり二行目に書いた。
書いて、灯りを消した。




