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『親に夢を諦めさせられて医者になった俺、転生して今度こそ本気でサッカーをやる』  ~最新スポーツ医学で"90分落ちない身体"を設計し、世界一のサイドバックになる~  作者: 猫の飼い主
第五章 降りなかった者たち

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102/140

第102話 最後の大会

 一月に、中学年代最後の大会があった。


 三年にとっては、これがジュニアユースでの最後の公式戦になる。


 ユースへ上がる者にとっては、ただの通過点だ。上がらない者にとっては、最後の試合になる。


 同じピッチに、その二種類が並んで立つ。


 初戦の朝、走はメンバー表の前に立った。


 右サイドバック、東走。


 この一年、そこに走以外の名前が入ったことはない。


 二年前、走はこのボードの前で、自分の名前がないことを知った。


 いまは、探さなくても分かる。


 初戦は三対〇で勝った。


 相手の左に、速い子がいた。県のトレセンに名前が載っている子だと、試合の前に白石が言っていた。


 前半の十五分で、その子は走の側を諦めた。ベンチから声が飛んで、右へ移された。走のいない側で、その子はよく仕掛けていた。速さは本物だった。通り道さえあれば、どこまでも行ける子だ。


 走の前に、その通り道が無かっただけだった。


 仕事の無くなった走は、六十五分ぶんの余った脚を、全部前へ使った。


 六十三分と七十九分、同じ場所から同じ高さでクロスを入れた。一本をレオが頭で、もう一本を江口が押し込んだ。


 二点目のあと、江口が走の背中に飛び乗ってきた。


「東くん! 今日二本とも同じとこじゃん!」


「同じとこだ」


「なんで?」


「同じとこが空いてたからだ」


「答えになってない!」


 レオが後ろから二人まとめて抱えて、三人で倒れた。


 試合のあと、眞鍋がタブレットを持ってきた。


「走行距離十一・三キロです。八十分で」


「……そうですか」


「うちの歴代で、たぶん一番です」


「たぶん」


「三年前より前のデータがないので」


 眞鍋は正直だった。


 二回戦は四対一。レオが二点、江口と海が一点ずつ。失点は、相馬の裏を取られた一本だけだった。


 準々決勝は苦しかった。前半に先制されて、後半の七十分に走のクロスからレオが同点。七十八分に、財前がセットプレーで押し込んだ。


 二対一。


 笛のあと、財前がゴール裏でしゃがみ込んだ。走が近づくと、顔を上げずに言った。


「膝、笑ってる」


「知ってる」


「見るなよ」


「見てない。音で分かる」


「余計に気持ち悪いわ」


 財前は笑って、立ち上がった。


 準決勝の相手が、青嵐だった。


 組み合わせが出た日から、部の空気が変わった。


 青嵐には、リクと風間空がいる。


 この三年、尾張は青嵐に一度も勝っていない。新人戦で負け、練習試合で二度引き分け、公式戦で一度引き分けた。


 勝った試合は、一つもない。


 試合の前の日、走は海と財前を部屋に呼んだ。


 三人でこうして集まるのは、去年の秋からのやり方だ。走が図を書いて、海が線を引き直して、財前が「で、俺はどこにいればいいんだよ」と言う。


 その日も、同じ順番で始まった。


「俺の希望を先に言います」


 走は言った。


「リクとは、俺がやりたい」


 海が顔を上げた。


「そのうえで、勝つためにどう分けますか」


「分けるも何も」


 財前が言った。


「お前が右にいる限り、あいつが来たらお前がやるだろ」


「来ない可能性がある」


 走は言った。


「六月、あいつは俺の側を使わなかった。今年のあいつは、勝てる道を選ぶ」


「じゃあ、どうすんだ」


「上がる」


 走は言った。


「上がって、あいつを戻す。戻ってきたら、そこで正面からやる」


 海が腕を組んだ。


「それ、二つ問題がある」


「はい」


「一つ。お前が上がって前を使うぶん、風間の前が空く」


「はい」


「二つ。お前がリクに集中したら、出し手を読む眼が薄くなる。合宿でお前に言ったろ。眼にも燃料がいる」


 走はうなずいた。


 そのとおりだった。


「風間は、俺が持つ」


 海が言った。


「止まりますか」


「止まらん」


 海は言った。


「止まらんが、遅らせられる。六月に分かったろ。あいつはボールが来ないと何もできない。来る場所を減らすのは、俺の仕事だ」


「六月は三人でやりました」


 走は言った。


「あのとき、外は財前でした」


 財前が顔を上げた。


「俺、覚えてるぞ。お前が『財前、外』って叫んだやつだろ」


「あれだ」


「あれ、もう一回やるのか」


「やるかもしれない。ただし、俺が上がってるあいだは、外は財前一人になる」


 財前はしばらく考えて、それから言った。


「一回までなら、持つ」


「一回」


「二回来たら、二回目は外へ出させるだけになる。獲れない」


「それでいい」


 走は言った。


「外へ出れば、スローインだ。一本ずつ切れれば、こっちの形が作り直せる」


「条件つけていいか」


 財前が言った。


「お前が上がるとき、大村に一声かけろ。俺が外へ出たら、中央が一枚足りない」


「かける」


「絶対だぞ」


「絶対だ」


 海が図の上に指を置いた。


「もう一つ」


「はい」


「お前が前半でリクを止めきれなかったら、後半は削りに戻せ」


 走は海を見た。


「正面からやるのは、お前の得意な形じゃない。八十分は保たん」


「……保ちません」


「だろうな」


 海は言った。


「だから、前半でやれ。後半は、いつものお前に戻れ」


 走は少し黙って、それからうなずいた。


「分かりました」


 三人が部屋を出たあと、走はノートを開いた。


 三年ぶんのページをめくった。


 中一の秋、新人戦でリクに抜かれた。ソラは止められなかった。


 中二の冬、リクは走の閉じている側だけを通ってきた。ソラの一点は、走の設計の外から来た。


 中三の六月、リクは走の右を避けて、後半に守りへ戻ってきた。ソラは傾いてから決めた。


 三年で、四回。


 走はリクに、一度も勝っていない。


 最後のページに、走はこう書いた。


 ――明日、正面からやる。


 書いてから、その下にもう一行足した。


 ――勝つ。両方ほしい。


 三年、走はリクの中に澱を作ってきた。小六の準決勝で下げて、正しくて、だから怒れないものを残した。


 それを片付けられるのは、走がリクを正面から止めた日だけだ。


 だが、それだけを取りに行くのではない。


 この大会は、江口にとって最後の公式戦だ。財前にとっても、レオにとっても、この十一人でやる最後の何試合かだ。


 勝ちたい。


 走はそれを、はっきり二行目に書いた。


 書いて、灯りを消した。

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