6 奪われた十年
サレマの姿が扉の向こうへ消える。
会場は、先ほどまでの騒ぎが嘘のように水を打ったように静まり返ったままだった。
「……皆さま。」
その沈黙を破ったのは、リリアだった。
壇上の中央に立ち、レオンの肩へそっと手を添えると一歩前へ進み出る。
「姉がこのような騒ぎを起こしてしまい、誠に申し訳ございません。」
深く頭を下げ、しばらく顔を上げない。
「家族として……。」
一度だけ目を伏せ、静かに首を横へ振った。
「いえ、家族だった者として、心よりお詫び申し上げます。」
再び深々と頭を下げた。
広間に集まった貴族たちは顔を見合わせ、誰一人として責める言葉を口にしなかった。
「私の十年は、姉に奪われましたが……。」
リリアは涙を拭うと、隣に立つレオンを優しく見つめる。
「そんなことは、どうでもいいのです。」
そっとレオンの肩へ手を置く。
「今日はこのレオンが十年間努力を重ね、ようやく掴んだ晴れの日です。」
震える声で、それでも微笑んだ。
「どうか皆さま。この子の努力だけを祝ってあげてください。」
会場は再び静まり返る。
やがて、一人の老侯爵がゆっくりと拍手を送った。
「なんという健気なお方だ。」
その拍手は一人、また一人と広がり、やがて会場全体を包み込んでいく。
「これこそ母の愛だ。」
「まさに!聖女そのものです。」
称賛の声と割れんばかりの拍手は、尽きることなく続いた。
レオルドはリリアの隣へ歩み寄ると、そっとその肩を抱き寄せた。
「リリア。」
低い声で、リリアの耳元で囁く。
「これで、いいのだな。」
リリアは驚いたように目を見開き、小さく笑った。
「まあね……。」
その不敵な笑みに、気づく者はいない。
「では、最後の仕上げだ。」
レオンでさえも。
「私が生涯を共に歩むべき女性は、君だ。」
レオルドの宣言に、リリアは恋する少女のような笑みを浮かべる。
「はい。ヴァレンシュタインの名に恥じない、妻になってみせます。」
その言葉に、会場は再び温かな拍手に包まれた。
レオルドは静かに頷き、一歩前へ出る。
「我が妻リリアに、盛大な拍手を!」
悪女を追い出し、聖女を迎い入れた。
勧善懲悪。
その興奮が、祝宴を最高潮に導いた。
「リリア様ーー!!」
「聖女様ーー!!」
リリアは恐縮したように何度も頭を下げる。
そして。
「さあ、レオン。」
レオルドは優しく息子へ微笑んだ。
「皆に、お前の魔法を披露してあげなさい。」
「はい!お父様。」
レオンは一歩前へ進み出ると、ゆっくりと右手を掲げた。
次の瞬間。
パァァァァァ――――。
紫色の魔力が眩く輝き、無数の光球が夜空の星々のように広間を舞う。
「おおっ!!」
「なんという強大な魔力だ!」
光球は優雅に舞い踊り、最後は花吹雪のように弾けて消えた。
「さすがヴァレンシュタイン家のご子息!」
「ヴァレンシュタイン家万歳!」
会場は今日一番の歓声に包まれる。
———サレマ。
その名は、歓声にかき消されるように、人々の記憶から消えていった。




