39 壊れていく妹
サレマが一歩踏み出すと、合図にしたかのように大地が激しく跳ね上がった。
ドゴォ———ッ!!
石畳が中央から裂け、その亀裂が庭園を駆け抜ける。
「お姉様なんて……。」
リリアが両手を突き出すと、地中深くまで張り巡らされていた根が、土砂を吹き飛ばしながら一斉に姿を現した。
それらは地表へ飛び出すなり、瞬く間に巨大な腕を形作って、サレマの頭上へ影を落とす。
「潰れてしまえ!!」
振り下ろされた木の根の巨腕により、空気が押し退けられ暴風となって庭園を吹き抜けた。
砕けた石畳や枝葉が巻き上げられ、ノアの防護壁へ激突する。
「うわ。リリ姉、ほんと加減ってもんを知らないな。」
屋根の上に立つノアは片腕を掲げたまま、流れ込んでくる衝撃に眉をひそめた。
「サレマ様!」
ヴィクターの声が飛ぶ。
サレマは頭上から迫る巨腕を見上げ、わずかに右手を持ち上げた。
指先に集まった紫色の魔力が細い糸となって、空中で幾重にも交差する。
光は一瞬だけ弧を描くと、振り下ろされた巨腕を繭のように静かに包み込んだ。
ザクッ!……ザク、ザク、ザクッ――!
遅れて、無数の切断音が重なった。
絡み合っていた根は節ごとに分断され、巨大な形を保てなくなったまま崩れ始めた。
木片と土砂が滝のように降り注ぎ、庭園を再び激しい土煙が覆う。
サレマはその中心を、何事もなかったように歩き続ける。
「無駄に魔力を流し込みすぎよ。」
静かな声だった。
だが、その声は崩落の轟音の中でも、はっきりとリリアの耳へ届いた。
「な、なによぉぉぉ……!」
「あなた、全部の根に同じ量を流しているでしょう。」
「太さも長さも違うのに、均等に注いだら負荷に耐えられない部分から崩れるわ。」
サレマは足元に転がった根の断面へ一度だけ目を落とした。
「それに、束ね方も雑。だから脆いの。」
「ほんっっっっっと、うるさいッ!!」
リリアが両手を強く握り締めると、崩れた根が再び脈打った。
再び命を与えられた根の切断面から、無数の蔓が噴き出した。
蔓はサレマを囲うように旋回し、やがて彼女を閉じ込める巨大な蕾となった。
「閉じ込めたわ、お姉様!」
閉じた蕾の内側で、緑色の光が灯る。
蕾の中に魔力が集まり、内側へ向けて眩い光を放ち始めた。
「跡形もなく消えされ!!」
リリアが勢いよく両手を広げると、閉じていた蕾が一気に開いた。
その瞬間、開いた花弁から無数のレーザーがサレマに向かって一斉に放たれる。
パァァァァァァ———。
クロードは咄嗟に腕を顔の前へ上げた。
開花と共に炸裂した魔力が激しい閃光となり、視界を白く塗り潰す。
使用人たちの中から短い悲鳴が上がった。
「クロード様、サレマ様は……!」
「ご心配なく。」
ヴィクターへそう答えながらも、クロードの瞳は光の中心から一瞬も離れなかった。
やがて閃光が薄れる。
誰もが息を呑み、その一点へ視線を向けた。
その目に飛び込んできたのは、時が止まったかのような光景だった。
サレマの周囲だけ、四方から降り注いでいた無数の緑色の光線が、彼女まであとわずかという場所で静止している。
空間そのものが凍り付いたような異様な光景だった。
「収束が甘い。」
サレマが片脚を軽く上げて踏み込むと、足元から紫炎が静かに燃え広がった。巨大な花弁は一瞬にして紫炎に呑まれ、緑色の光線は跡形もなく消えた。
「なっ……!?」
「たくさん撃てば強く見えるものね。昔からあなた、そう。」
サレマは小さく息をついた。
「その言い方っ……!」
リリアの顔が歪む。
「お姉様こそ、昔からそう!何でも知ってるみたいな顔をして!」
その怒りに呼応し、庭園中の木々が一斉に軋んだ。無数の蔦と枝が狂ったように暴れ回り、鞭のようにしなりながらサレマへ殺到する。
「お父様は、お姉様ばっかり書斎に呼んでた!私には何も教えてくれなかった!」
リリアが叫ぶたび、木々が怒り狂ったように暴れ、枝も蔦も見境なくサレマへ襲いかかった。
しかし。
リリアの表情が凍る。
暴れ狂う枝と蔦の中心で、紫色の光が一点だけ静かに輝いていた。サレマは人差し指を静かに立て、その先端へ魔力を極限まで収束させていた。
「私は十二歳で帳簿を持たされた。」
一点の紫光に触れた枝は、触れた瞬間、勢いそのままに弾き返された。
「領地の収支も、使用人の給与も、魔石の出荷量も、全部よ。」
弾かれた木々が放射状に吹き飛び、黄金の防護壁へ次々と激突する。ノアは屋根の上で踏ん張りながら、流れ込む衝撃を両手で受け止めた。
「ちょ、ねーさん!こっちまで飛ばすなら一言くらい言ってよ!」
「だって、面倒じゃない。」
「適当っ!」
軽口を交わす二人を前に、思わず頬が引きつるリリア。
「だったら……。」
両手をだらんと降ろし、肩で息をする。
「そんなこと、断れば良かったじゃない!!」
リリアは髪を振り乱しながら叫んだ。
「お父様に褒められたかったから、全部引き受けたんでしょう!?」
「断れば、この家は潰れていたでしょ。」
サレマは静かに答えた。
「そんなの、私のせいじゃない!」
「ええ。あなたのせいではないわ。」
サレマはリリアを見下ろしながら続ける。
「だから私は、一度もあなたにやれとは言わなかった。でしょ?」
その一言に、リリアの肩が小さく震えた。
「でも、あなたは違った。」
サレマが掌を返す。
「子育ても、伯爵夫人という責務も。」
すると、地面に転がる枝や根の残骸が、一斉に紫の炎に包まれた。
「何一つ背負うつもりもないのに、私が持っているものだけは全部欲しがった。」
リリアは首を振る。
「違う……私は、お姉様から取り返しただけよ!」
なおもリリアの身体から、緑色の魔力が噴き上がる。
すると、魔力により生み出された魔力の槍が、馬防柵のようにサレマに向かって伸びる。
サレマはその形を見ると、小さく息をついた。
「駄目よ、リリア。」
サレマは避けようともしなかった。
「守りたいなら、壁を作ることばかり考えては駄目。」
次の瞬間。
その手に紫色の魔力を纏わせて薙ぎ払うと、紫色の光が馬防柵の上を一直線に走った。
ドォン――ッ!!
衝撃は連なる槍へ次々と伝わり、ドミノ倒しのように瞬く間に馬防柵全体が崩壊していった。
「一本道に並べれば、一点を抜かれた瞬間に全部が死ぬわ。」
砕け散った魔力の槍の欠片が再び緑色の魔力へと還り、大地へ吸い込まれていく。
サレマはその中を歩みながら、穏やかな口調のまま続けた。
「設置型なら、もっと不規則に置かなきゃ。」
「うるさいっってば!いつも、お説教ばっかり!」
リリアが叫ぶ。
「お説教ではないわ。」
サレマは首を横に振った。
「私は、あなたの力を割と買っていたのよ。」
その言葉が、リリアの表情を大きく歪めた。
「そんな顔で……。」
震える声だった。
「私を……可哀想な子みたいに見るなぁぁぁぁっ!!」
リリアの叫びが庭園に響き渡り、やがて行き場を失ったように消えていく。
その後には、奇妙なほどの静けさだけが残った。
やがて。
…………ゴッ……ゴゴ……ゴゴゴゴ…………。
地面の下から、低く鈍い音が響きはじめる。
ボッコォォォッ!!!
不意に、石畳が盛り上がる。
「コォォォォォ……。」
盛り上がった石畳の下から、幾重にも絡み合った木の根で形作られた巨大な顔が、サレマを覗いていた。




