20 姉の気配
——ガシッ。
突然、二の腕を掴まれ、ノアの心臓が大きく跳ねた。
「あんた、こんな所でなにしてんの?」
反射的に振り返ると、派手に着飾った姉リリアがそこにいた。
・・・
地下の魔導研究室。
通信モニターにその姿が映り込んだ瞬間、サレマは息を呑む。
「リリッ……!?」
反射的に魔石へ手を伸ばし、通信を切断した。
淡い青白い光がふっと消え、研究室は再び静寂に包まれた。
・・・
「リ……リリ姉こそ、なんでこんなところに?」
ノアは動揺を悟られまいと、ぎこちなく笑った。
リリアはそんな様子など気にも留めず、得意げに胸を張る。
「私?」
ふふん、と鼻を鳴らす。
「私は首席入学した神童の母親よ。」
「へぇ……リリ姉の子がねえ……。」
ノアは曖昧に相槌を打つ。
だが頭の中は、それどころではなかった。
(まずい……。)
(もうレオンの順番が来る。)
「で?」
リリアがずいっと顔を近づける。
「あんた、なんでこんなことろにいるのよ?ここ先生の席でしょ?」
「あー、俺はぁ……。」
言い訳を探した、その瞬間だった。
「うおおおおおおおっ!!」
模擬実践場を揺らすほどの歓声が響き渡る。
「……っ!」
「来たわ!」
リリアの表情が一瞬で輝いた。
「レオンの出番よ!私の子!」
壇上に立つ我が子の姿を見つけるなり、嬉しそうに身を乗り出す。
「ノア、嬉しいでしょ?あんたの甥っ子が――」
そこまで言って、言葉が止まった。
「って、あれ?」
隣にいたはずのノアの姿が消えている。
「ま、いいわ。」
呆れたように肩をすくめる。
リリアはそのまま何事もなかったかのように、再び壇上へ視線を戻した。
一方、リリアの一瞬の隙をついて抜け出したノアは、誰にも見つからない柱の陰へ飛び込んだ。乱れた呼吸のまま、胸元の通信魔石へ魔力を流す。
「はぁ、はぁ……ねーさん?俺、リリ姉に見つかっちゃって……。」
返ってきたサレマの声は、不思議なほど落ち着いていた。
「そんなことより、レオンを映して。」
ノアは慌てて通信魔石を壇上へ向ける。
そこではレオンが堂々と杖を掲げ、最後の詠唱を終えようとしていた。
「しまっ――」
間に合わない。
今下手に魔力を断ち切れば、会場の皆に被害が及ぶ可能性も―――。
次の瞬間、眩い閃光が模擬実践場を包み込むと、レオンの頭上に紫色の巨大な魔法陣が展開される。
そして。
そこから生み出された特大の火球が、会場全体を包む太陽のように煌々と輝いていた。
「おおおおおっ!!」
その瞬間、会場は割れんばかりの歓声に包まれた。
「なんと神々しい……。」
「まるで太陽が舞い降りたようだ。」
観客席は総立ちとなり、惜しみない拍手が送られる。
「神童の噂はまことであったか。」
王族や重臣たちまでもが立ち上がり、その実演を称えた。
ノアは柱にへたり込みながら、小さくつぶやく。
「やられた……ごめん、ねーさん。」
通信の向こうは、しばらく静まり返っていた。
やがて。
『……いいのよ。』
それだけ告げると、通信は静かに途切れた。
・・・
再び静寂が戻った地下研究室。
サレマは椅子へ腰掛けたまま、自嘲するように小さく笑う。
「違うのよ、ノア……。」
タイミングなんて、最初から関係なかった。
最初の代表生徒が壇上へ上がった瞬間に魔力共鳴を切ってしまえばよかったのだから。
そうなればレオンが魔力の消えたことに気付いても、もう王族の前に立つしかない。
そして壇上で、何もできず立ち尽くす。
———それだけで十分だった。
なのに。
「……できなかった。」
震える自分の手を見つめる。
あの子との魔力共鳴を、切れなかった。
「私は……。」
掠れた声が静かな研究室へ溶けていく。
「まだ、あの子が愛しいというの?」
(十年間、お疲れ様。)
私の全てを奪った、憎い妹の子なのに。
(離縁だ。)
たった一言で私を切り捨てた、憎い男の子なのに。
(あの人、怖い。)
そう言って妹を選んだ、あの子を……。
・・・
その頃――。
模擬実践場では、レオンとその両親を囲むように王家の重臣や教師たちが集まっていた。
「ご子息のおかげで式も大成功!素晴らしい魔力でした。」
「まさに、王国の筆頭魔導師候補ですな。」
惜しみない賞賛が飛び交う。
リリアは何度も何度も頭を下げ、そのたびに満面の笑みを浮かべた。
「筆頭魔導師だなんて、そんな……。」
「うちの子なんてまだまだですわ。」
口では謙遜しながらも、その頬は緩みっぱなしだった。
王族直々の称賛。
重臣たちのお墨付き。
そして、神童の母へ向けられる羨望の眼差し。
演説こそ叶わなかったものの、それ以上の結果だった。
レオルドもまた、誇らしげにレオンの肩へ手を置いていた。
その光景を眺めながら、不意にさっきノアを見つけた職員席の端が目に入る。
(そういえば……。)
リリアはふと目を細めた。
———さっき。
私が後ろからノアの腕を掴んだ時。
驚いたように振り返ったあの子の顔を私ははっきり覚えている。
つまり、それまで私の存在には気付いていなかったってこと。
なのに―――。
・・・・
『ねーさん!次だよ、次!』
・・・・
(あんた、そう言ってたわよねぇ。)
ゆっくりと視線を上げる。
(ねえ、ノアぁ?)
リリアの口元が、ゆっくりと歪む。
(その"ねーさん"って、誰のことなのぉ?)




