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14 美しすぎる家庭教師

 サレマは、ノアと繋がる魔導モニターを閉じると、小さく息をついた。


「さて、と……。」


 机の上に置かれたもう一つの魔導石を手に取ると、映し出された十年間見慣れた、重厚な門。


 ———ヴァレンシュタイン家の屋敷だ。


「クロード。そっちの様子はいかが?」


 門の前に立つ金髪の青年が、胸元に仕込んだ魔石に、小さく頷く。


『ちょうど今、リリア様へ取り次いでもらって――』


 その時だった。


 ギィ、と門が開く。


 姿を見せた門兵は、クロードへ軽く一礼した。


「奥様がお会いになるそうです。中へどうぞ。」


「ありがとうございます。」


 門兵の目の前を風のように通り抜け、ヴァレンシュタイン家の門をくぐる。


「お手数をおかけいたしました。」


 門兵に軽く一礼し、正面に向き直る。


「第一関門突破ですね。」


『まだ先は長いわ。』


 静かに聞こえるサレマの声。


『気を抜かないこと。』


「承知しております。」


 クロードが玄関へ向かって歩き始めた、その時だった。


 ・・・


 サレマが眺めるモニター越し。


 前方から、大きな荷物を肩へ担いだ壮年の男性が歩いてくる。


 その姿を見た瞬間、サレマは思わず身を乗り出した。


「……え。」


 信じられない。


「あの人は……。」


 長年ヴァレンシュタイン家を支え、子育てに追われるサレマを何度も助けてくれた、執事長その人だった。


「クロード、ちょっと。」


『はい。』


「彼に声を掛けて。」


 ・・・


 クロードは軽くうなずくと、老人へ歩み寄った。


「失礼いたします。」


 礼儀正しい好青年に、壮年の男性は穏やかに微笑んだ。


「家庭教師募集を拝見し、お伺いしたのですが……。」


「……それは、ありがたいことです。」


 だが、その笑顔にはどこか寂しさが滲んでいる。


「しかし私はすでに暇を出された身。屋敷のことは詳しくお話しできません。」


「お暇を……?」


 ・・・


「……どういうこと?」


 モニター前で口元に手を添えながら、サレマは眉をひそめた。


「あの人は屋敷の運営だけじゃない。

 外交用の書簡や式典の原稿まで、一手に引き受けていたのよ……。」


 サレマの話に、クロードの緊張がモニター越しに伝わる。


「家を空けることが多いレオルドにとって、生命線のような存在だったのに。」


 サレマはしばらく考え込んだ。


「クロード……。」


『はい。』


 そして、何かを決めたように顔を上げる。


「彼に私の言う通り、メモを渡して。」


 ・・・


 その時だった。


 屋敷の玄関が開き、一人の若いメイドが慌ただしく顔を出す。


「新しい家庭教師の方ですね!こちらへどうぞ!」


 クロードは急いで懐から小さな紙片を取り出した。


 胸元のペンで素早く数行を書き込むと、その紙を静かに執事長に手渡す。


「お時間を取らせました。」


 クロードは深く一礼すると、小走りでメイドの後を追った。


 ・・・・・


 応接間へ案内されたクロードは、思わず室内を見回した。


 落ち着いた色合いだった絨毯は金糸の目立つ派手なものに。


 重厚な家具は過剰な装飾で埋め尽くされ、壁紙までけばけばしい柄へ張り替えられていた。


 それは、サレマが知るヴァレンシュタイン家とはまるで別物だった。


『……下品ったらないわね。』


 クロードの耳に、サレマのぼやきが流れる。


 ———カチャッ。


 そして、応接間の扉がゆっくりと開いた。


「お待たせいたしましたわ。」


 過剰な宝飾品を身につけた女が、優雅な笑みを浮かべながら姿を現した。


「わたくしが、このヴァレンシュタイン家の女主人、リリア・ヴァレンシュタインですわ。」


 クロードは丁寧に一礼した。


「初めまして。ご子息の家庭教師募集を拝見し、お伺いしました。クロ……。」


 短く咳払いをする。


「失礼……クレイスと申します。」


 顔を上げた拍子に、彼の金髪は豪華なシャンデリアの光に反射し、キラキラと光彩を振りまいた。


「クレイス……様……。」


 リリアの表情がみるみる緩む。


「素敵なお顔――いえ、お名前ですこと。」


 言いながら距離を詰め、その腕へ自然に触れようとするリリア。


 クロードは笑顔を崩さぬまま、半歩だけ身体を引いた。


(……よし。)


 クロードは心の中で安堵する。


 ・・・


「気付かれていないわね。」


 モニター越しに見守るサレマも、小さく息を吐いた。


 ・・・


 リリアは慌ててメイドを呼びつけた。


 ほどなくして、若いメイドが息を切らしながら応接間へ駆け込んでくる。


「失礼いたしま――」


 メイドがワゴンを置こうとした瞬間、リリアの笑顔がわずかに曇った。


「あなた。」


 柔らかな声だった。


「このお茶……何かしら?」


 メイドの肩がびくりと震える。


「そ、それは奥様がお決めになった来賓用の――」


「誰が”大事なお客様”へ、お出ししていいと言ったの?」


 笑みを崩さぬまま、リリアはティーカップをそっと持ち上げる。


「私の顔に泥を塗るつもり?」


「も、申し訳ございません……!」


 メイドは青ざめながら頭を下げた。


「謝る暇があるなら、最高級の茶葉とお菓子を持っていらして?」


「は、はい!」


「……走って。」


 逃げるように部屋を飛び出すメイドを見送りながら、リリアは何事もなかったかのようにクロードへ微笑みかけた。


「メイドが失礼いたしましたわ。」


 思わず作り笑いをしながら、目を伏せるクロード。


「使用人の教育が、まだ行き届いておりませんの。」


 そんなリリアの様子を見ながら、クロードの脳裏に王都へ向かう馬車での出来事が蘇る。


 ・・・・・


「それにしてもクロード、ねーさんの無茶によく付き合うよね。」


 向かいに座るノアが、感心したように笑う。


 クロードは苦笑しながら窓の外へ目を向けた。


 リリアがまだヴァレンシュタイン家にいた頃のことだった。


『キモイのよ、この豚!』


 彼女はサレマや両親の目が届かない場所でだけ、クロードへ牙を剥いた。


『無能!役立たず!お給金泥棒!』


 使用人たちの前で笑い者にされ、仕事を否定され、存在自体を否定される毎日。


 裸にされられて、馬小屋に閉じ込められたこともあった。


『あんたにはここがお似合いよ!』


 聞くに堪えない侮辱といじめの数々。


 それでもクロードは、誰にも打ち明けることはなかった。


 証拠が残らない姑息なやり口というのもあったが、身内のことで主人へ余計な心配をかけたくなかったからだ。


「でも、本当は……。」


 クロードは静かに微笑む。


「サレマ様は、薄々お気づきだったのかもしれません。」


「もし、そうであればと、私にも与えてくださったのでしょう。」 


 ———復讐する機会を。


 そこまで聞くと、ノアは納得するしかなかった。


「ねーさんなら、あり得るなー。それ。」


 ・・・・・


「それでは、私の経歴を――。」


 クロードが経歴書を手に口を開きかけた、その時だった。


「採用。」


 リリアは即座に立ち上がる。


「即採用ですわ。」


 クロードは思わず目を瞬かせた。


「……え?」


「細かい話なんて必要ありませんわ。」


 そう言って、手元の呼び鈴を鳴らす。


「書類を用意させますので、少しお待ちを。」


 リリアは、満面の笑みで紅茶に口をつけた。

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