12 偽りの聖女
王都中央魔法学園。
王族機関が直営する、国内最高峰の魔法学園だ。
王侯貴族の子弟はもちろん、優れた魔法の才能を持つ者だけが門を叩くことを許される名門校だ。
その大講堂には、新入生と保護者、各貴族の当主まで集まり、華やかな入学式が執り行われていた。
「新入生代表!主席合格、レオン・ヴァレンシュタイン。」
割れんばかりの拍手。
気品ある制服へ身を包んだレオンが壇上へ歩き出る。
会場のあちこちから感嘆の声が漏れた。
母・リリアは最前列の席に座り、誇らしげに息子の晴れ姿を見守っている。
羨望の眼差しを一身に浴びながら、レオンは演台へと向かう。
ステージ中央の拡声魔導器の前に立つと、一枚の羊皮紙を取り出した。
「えっと……。」
びっしりと書かれた原稿。
「本日は、えいよ?……ある主席入学の……。」
静まり返る会場。
「王国の……あの……発展に寄与し……。」
言葉が続かないレオン。
「せいしん……?いや、精進する……。」
視線が泳ぐ。
挨拶文は、長年サレマと共にヴァレンシュタイン家を支えた執事長が書かされたものだった。
子供でも読める完璧だったはずの挨拶文は、何度もリリアの修正が入り、ようやくレオンに渡されたのは昨日の夜だった。
会場がざわつき始めた。
「どうしたのかしら……。」
「体調でも悪いのでしょうか。」
心配する教員と来賓たち。
「……っく。」
うまく話せない自分に、レオンは唇を噛む。
焦れば焦るほど、言葉が出てこない。
(何をしているの、あの子……。)
そんなレオンの失態に、リリアの表情は、もはや子を見守る母の顔では無かった。
(あの執事のじじい、帰ったら即刻クビだわ)
司会がフォローに入ろうと、緞帳から顔を出したその時だった。
「レオン。」
最前列のリリアがスッと立ち上がる。
「お、お母様?」
リリアは優雅な笑みを浮かべながら、そのまま壇上へ上がっていった。
そのスムーズな動きに、教師たちも止める隙がない。
「皆様、申し訳ありません。」
レオンの横に立つと、会場へ向かって深々と頭を下げた。
「この子には、幼い頃から毎日、勉強と魔法の鍛錬ばかりさせてきました。」
困ったように笑う。
「でも、それも無理はありません。」
あえて、一呼吸置く。
「次期ヴァレンシュタイン家を……いづれは、王国の責務を背負って立つ者として!」
会場が静まり返る。
「私は母として、人生を……全てを捧げて参りました。」
いつの間にか手にしていたハンカチで、目元を押さえる。
「まだ未熟な子ですが、皆の手本として邁進していく所存です。」
涙声。
その姿に、会場から大きな拍手が起こった。
「どうなる事かと思ったが……。」
「立派なお母様ですわ。」
「神童を育てる方は、やはり違う。」
歓声の中、何が起きたのか分からないまま、レオンだけが壇上で立ち尽くしていた。
「リリア様、素敵な演説でした!」
気づけばその拍手は、自分ではなく母親へ送られていた。
———入学式終了後。
リリアの元には、入学生の貴族ママたちが次々と押し寄せていた。
「神童を育てるコツをお聞きしたいわ。」
称賛。
「あれほどの魔力量はやはり血筋もあるのでしょうね。」
称賛。
「レオン様なら宮廷魔導師筆頭も夢ではありませんわ。」
称賛の嵐。
「いいえ、とんでもありません。」
だが、その表情と態度は子を育てる母としてあくまでも謙虚だった。
「いくら血筋が良くても……教育というものは、満足したらそこで終わりですもの。」
夫人たちが感心したように頷く。
彼女らにとって、大事なのは話している内容ではない。
‟誰が”話しているかが重要なのだ。
リリアが誇らしげに視線を向けた先には、入学生たちに囲まれるレオンがいた。
「主席合格に甘えず、最高の環境と家庭教師を揃え、この子の才能をさらに伸ばしてあげたいと思っています。」
その言葉に、貴族ママたちから感嘆の声が上がる。
「神童というのは、母の努力の賜物なのですね。」
「そんなにご苦労なさってるのに、誰よりもお美しいなんて。まさに聖女ですわ」
リリアは控えめに首を振る。
「レオンの為なら……犠牲にした十年なんてあっという間でしたわ。」
献身的な姿勢と、慈愛。
憂いを帯びたその美しさは、誰が見ても聖女のそれだった。
でも―――。
誰も知らない。
その努力も。
その成果も。
その十年も。
すべて、姉が捧げたものだったことを。
リリアは、祝福の視線を一身に浴びながら、この日最高の笑顔を振りまいた。
・・・・・
その頃―――。
入学式を終えた教員室では、新任教師の紹介が行われていた。
「ノアール講師。初日から遅刻とは困りますね。」
黒縁眼鏡の少し頼りなさげな青年が、勢いよく頭を下げた。
「す、すみません!」
新任教師『ノアール』として潜り込んだノアだ。
リリアと鉢合わせないよう、入学式が終わるまで学園へ姿を見せなかったのも、サレマの指示である。
「まあ、教員会に間に合っただけ良しとしましょう。」
教頭は小さくため息をつくと、教員たちへ向き直った。
「紹介します。明日から新入生の魔法実習を担当する、ノアール講師です。」
ノアは一歩前へ出る。
「ノアールです。よろしくお願いいたします。」
「彼は若いですが、魔法理論に関しては実力者です。」
その紹介に、教員たちが小さくざわめいた。
「ずいぶん若いな。」
「本当に大丈夫なのか?」
教員たちの疑いの視線に、ノアは作り笑いで返す。
その時だった。
教頭が一枚の名簿をノアに差し出す。
「ノアール先生。」
「はい。」
「担当していただくクラスですが、主席入学の生徒も所属する特Aクラスです。」
ノアは名簿を開くと、連なる名前にサッと目を通した。
「くれぐれも、生徒たちの模範となるようお願いいたします。」
「し、承知しました!」
・・・
遠く離れたアルディス家。
地下にある魔導研究室では、六枚の魔導モニターが静かに輝いていた。
その一枚には、教員室の光景が映し出されている。
中央の席へ腰掛けたサレマは、モニター越しに名簿へ記された一つの名前を見つめる。
―――レオン・ヴァレンシュタイン。
サレマの目が、獲物を捉えたように細められた。
「私の十年、返してもらうわ。」




