第9話:城下町へ
カミラは束ねた髪を頭の後ろで結い上げ、
汚れひとつない真っ黒なマントルを羽織った。
厳しい目つきが相まって、
普段以上に近寄りがたい雰囲気がある。
「城下町なんてなかなか行けないのよ!
ラッキー!」
「でも遊びじゃないって言ってたよ?」
「そんなの知ってるわよ。
こんな何もない場所にいるより何倍もマシだわ!」
カミラを含めた私たち3人は
丘を下って城下町へと向かった。
丘の上から見た時はすぐそばに感じたものの、
実際にはけもの道を片道二時間以上歩く重労働で、
私は二人についていくのがやっとだった。
おまけに手作りジャムの入った大びんを
いくつも乗せた古い手押し車もセットだ。
森の中ではリスや野兎などの小動物が
そこら中を走り回っており、とにかく賑やか。
羽音のうるさい虫がぶつかってくるのも
かなりのストレスだったし、これならまだカミラの家で
草むしりをしていた方が良いとすら思った。
二人とも手押し車を押す私を一向に手伝おうとはせず
黙々と歩くものだから、道中私は後ろから
何度も呼びかけて休憩をねだった。
結局許された機会は二度だけ。
「もう! ほんとに体力がないんだから」
いちいち嫌味を言うメロディに
イライラしながらも、その怒りを糧に
なんとか踏ん張って荒れた獣道を歩き続ける。
確かに私には体力がない……
だからこそ少しでも身体を鍛え、
一人で生きていく力を身に付けなければ。
そうしたら一刻も早く
サイレントフォレストへ行くんだ。
そうこうしているうちにやっと森が開け、
草が刈り取られた後の整備された道が見えてきた。
ここまでくれば大分歩きやすいだけでなく、
両脇の木々の間を勢いよく通る風が快適だった。
町の入口には巨大な石造りの門があり、
人が自由に出入りできるよう
分厚い扉が全開になっている。
毎日磨かれているのか、真っ白な石門は
光を反射する程美しく、上から施された
金の装飾が仰々しい。
門の近くに待機した兵士は私たち3人を一瞥したが、
何か話しかけてくる様子もない。門をくぐった途端、
人々の活気の良い声と石畳を走る足音が
けたたましく耳に入ってきた。
でもそれを不快に感じたのはほんの一瞬。
次にはまるで異世界に踏み入れたような
ワクワク感が全身を包み込む。
数多く並ぶ露天商、宿屋にレストラン、
酒場に服屋、鍛冶屋に本屋……
様々な店が所狭しと並び、大通りの両脇を固める。
噴水の傍では大道芸が行われており、
小さな人だかりが出来ていた。
看板には夜に行われる街頭音楽と
踊りのショーについての連絡が
絵付きで打ち付けられており、
立ち止まって見入っていた私の背中を
メロディが手のひらでパンと叩いた。
「カミラに置いて行かれるよ!」
そういうメロディ自身も頬が紅潮しており、
必死で興奮を押さえつけているようだ。
カミラは周囲には目もくれずに
一直線に大通りを進み、
突き当たりを曲がった先の
ひときわ大きなレストランに入っていった。
ウォールナットがふんだんに使われた品の良い外観、
三角屋根から突き出た巨大な煙突、
鼻をくすぐる美味しそうな香り……
私とメロディは吸い込まれるようにお店の入口を通った。
奥ではカミラがこちらを見ながら
急かすように手招きしている。
カウンターを挟んだ向かいには
店主と思わしき初老の男性が立っていた。
「いつもありがとう、カミラ。
今回も最高の出来かい?」
「ええ、もちろん。味見をしてみる?」
私が手押し車を横に付けると、
カミラは大きなジャムの瓶を軽々と持ち上げて
カウンターテーブルの上に並べた。
「味見は結構。信頼しているからね」
「そう? 全部で3つ。少しおまけしておいたわ」
「いつも助かるよ」
男性から貨幣がたっぷり詰まった革袋を渡されると、
カミラは中身も確認せずに小さく
「ありがとう」とだけ言って受け取った。
「いくよ。次は買い出しだ」
革袋を慣れた手つきで上着のポケットに詰め、
早足で店の入り口を出て行くカミラを
私たちは追いかけた。
軽くなった手押し車は凸凹の地面の上を走ると
ガンガンと音を立てた。
カミラが次に向かったのは、
真っ黄色の派手な標章が掲げられた肉屋だった。
近付くだけでスパイスの刺激的な香りと
豚肉の甘い匂いが食欲をそそる。
小さな店内には塩漬けされたベーコンや
ソーセージ、ハムなどが所狭しと並んでおり、
人々が外まで行列をなしていた。
カミラは店の外からチラリと店主に目配せをし、
指で小さく合図を送る。
すると魔法のように店の裏から巨大な骨付き肉が
若い店員によって運ばれてきた。
軽くなったばかりの手押し車に
再び重力が加わると同時に、
私の気持ちは少し重くなる。
カミラは店員と一言も言葉を交わさず、
銀貨を一枚渡すと再び早足で別の店へ歩き出した。
「いつもあんななの?」
私の問いにメロディは黙って頷き、
すぐにカミラの後に続いた。
肉の乗った手押し車はバランスが難しく、
二人についていくのは一苦労だ。
「ねえ! 魔法で何とかならないの?」
私は堪らず小さいながらも苛立ちを含んだ声で
メロディの背中に呼びかけた。
「お肉を軽くしろって? ムリムリ」
「今更だけどなんで私ばっかり
これを押してるの? 交代してよ!」
「はあ? あんたは新入りでしょ?
私だって今までずっとやって来たんだから!」
私たちのちょっとした言い争いを見て
周囲の人々がクスクスと笑っている。
いつの間にか声が大きくなっていたようだ。
腕組みしたカミラが少し先からこちらを睨んでいた。
「情けない。私があんたらの歳の頃には、
その何倍も重いズタ袋を担いだもんさ!」
「……」
「さっさとしな。次遅れたら二人とも罰だ」
カミラはプイッと再び背中を向け、さっさと歩きだした。
それを見たメロディがしぶしぶ私の隣に来て、
押し車の持ち手の片方を持ってくれた。
歩き出しは少しバランスが難しかったが、
一度慣れれば一人よりも随分と楽だった。
次に私たちが向かったのは
大きな竈のあるパン屋だった。
生地の焼ける香ばしい香りと甘い砂糖の匂い……
とにかく香ってくるものすべてが幸せだった。
カミラは大きなライムギパンいくつかと
グラナパダーノのブロック、ついでに
乾燥パスタの束も購入し、無造作に手押し車に乗せた。
店頭には砂糖がまぶされた揚げ菓子や、
キャラメリゼされた柔らかいパンなど
魅力的なものばかりが並んでいたが
予想通りカミラは見向きもせずに店を出た。




