第7話:味のしない食事
少しするとカミラが大皿に乗った
ローストポークをテーブルの中央にドンと置き、
続いて別皿によそわれた大麦の粥、
茹でたポテトが配られた。
どの料理にも自家製と思われる
ベリージャムが添えられている。
メインとなるローストポークからは
湯気が立ち上っており、香しい
肉の匂いの中に、時折爽やかな
ローズマリーが見え隠れする。
冷徹に見えたカミラだったが、
その手の込んだ料理を前に
多少の人間味を感じられた気がして、
私はひそかに安堵した。
「ほら座って。ちゃっちゃと食べるよ」
全員がテーブルにつくと私は自然と目を閉じた。
「母なる自然よ……」
そう言いかけた時、はっと気づく。
ここはもうサイレントフォレストではない。
目を開くとフォークを手にした二人が
じっとこちらを見つめていた。
「辛気臭いのはやめな。祈りなんて必要ない」
カミラの声はわかりやすく苛立っていた。
「ごめんなさい」
張り詰めた空気の中、
フォークと皿のこすれる音が響く。
私も続いて料理を食べた。
美味しかった……のだと思う。
でも正直、食事を楽しむ余裕なんてなかった。
体を包み込む寂しさから、
こみ上げてきそうな涙を我慢するので
精一杯だったから。
食事を済ませた後、私は洗濯物を干すために
再び裏口から外に出た。
壁から飛び出た金属のフックと
枝葉の刈られた長い樹木を繋いだロープ。
どうやらここに洗濯物を干すらしい。
風はほとんど吹いておらず、
作業は思いの外ラクに済んだ。
満点の星空にたくさんの星座が浮いている。
ふと丘の下の森の向こうに目をやると、
煌々と輝く街の明かりが見えた。
目を凝らすと高い時計塔や
教会のようなものも確認できる。
おそらく城下町だろうということはわかったが、
ほとんど村から出ずに育った私には
縁もゆかりもない場所だった。
空になったバスケットを持って
家に戻った私だったが、扉を開くと
メロディが目の前に現れ、
私の手を取って再び外に連れ出した。
「え?」
「井戸に水を汲みに行くから手伝って」
そう早口で言いながらドアに掛かったオイルランプを
乱暴に取ると、左手でぐいぐい私の手を引っ張る。
「わかったから離して!」
少し進んだところで強めに振り払うと、
メロディは驚いた表情で立ち止まった。
僅かな沈黙が流れる。
「……さっきのお祈りだけど」
メロディがポツリと呟く。
「あれ、すっごく古いやつ。
やってた人は私のおばあちゃんぐらい。
どうして知ってるの?」
「サイレントフォレストでやってたから……」
「そこって“終の魔女”が居るところよね?」
メロディは目を大きく開いて口に手を当てた。
「会ったの?」
「その魔女かどうかは知らないけど……」
「本当に居たんだ……」
メロディの表情には驚きと畏怖、
そして少しの期待が入り混じっていた。
「ねえ、どんな姿だったの?
まるで死神みたいって噂だし……」
「水を汲みに行くんじゃないの?」
大切な人を馬鹿にされたような気がして、
私は話を切り上げようと歩き出したが
メロディは私のすぐ横にピタリと
くっつきながら会話を続けた。
「怒らないでよ! 単純に興味があるだけ!
どんな人だった?」
私は無言で歩き出した。
「そっちじゃないわ、井戸はあっち!」
メロディが指さす方には古い屋根のついた
小さな井戸がぽっかり地面に空いていた。
「私さっきあなたを助けたでしょ?
教えてくれたっていいじゃない」
メロディは文句を言いながらも慣れた手つきで
井戸桶に水を汲み入れる。
あか抜けた見た目をしていても、
時折見せる逞しさはカミラの教育の
賜物なのだろうか?
「わかった。じゃあそっちは
カミラのことを教えて」
私は水のたまった二つの桶のうち
一つを手に持ってメロディと向き合った。
「交換条件ってこと? ……いいよ。
こんな辛気臭いとこだけど
せっかく出会えたんだから、
仲良くしましょ?」
私たちは二人並んで家に戻り、
洗い物を終えてからそそくさと寝室に向かった。
寝室は二階にあり、本来は物置として
つくられたような狭いスペースだ。
一人なら難なく使えそうだが、
二人で川の字に横たわるとかなり窮屈で
メロディはぶつぶつと文句を言った。
二階は暗く、部屋には小さなランプが
置いてあったため、私が火をつけようとすると
メロディは無言で首を横に振った。
「さっさと寝なさい。明日も早いよ」
カミラが一階から不機嫌そうに声を張る。
私たちは年季の入った薄い毛布にくるまって
音を立てないようにした。
その後もしばらく一階の明かりは消えず
カミラの服が擦れる音が聞こえていたが、
やがて暗くなったかと思うと、
カミラの動く気配も消えた。
「……もう寝たかな?」
私は早速メロディからカミラのことを聞き出そうと
小声で話しかけたが、隣から聞こえてきたのは
気持ちよさそうな寝息だった。
こんなに寝心地が悪い場所で
よく眠れるなと呆れながらも、
私は仰向けになって天井を見上げた。
三角屋根の内側に嵌ったステンドグラスから
月明かりが入って来る。メロディが寝返りを打つと、
毛布から細かな埃がゆっくりと舞い上り、
しばらく光の中を泳いだ。
私はいつまでここで暮らせばいいのだろう?
一生ここから出られないのだろうか。
急に様々な不安が襲ってきて、
胸が押しつぶされそうになる。
もう一度クロエやドロシーに会いたい。
今なら……逃げ出せるかも。
メロディが起きないように
ゆっくりと毛布から抜け出ると、
私は音を立てないように階段を降りて
一階へ向かった。




