第6話:居候の魔女
(メロディ:AI生成)
丘を少し下った場所に澄んだ小さな川を見つけ、
私はそのへりにバスケットを置いて座り込んだ。
ここは丘の上と比べても空気が冷たくて気持ち良い。
せせらぎに耳を傾けるだけで
心が洗われるようだった。
1つずつ洗濯物を手に取り、冷たい川の水にさらす。
スープが跳ねたような跡があったり、
臭いがきつかったり、焦げ付いていたり、
油でベトベトになっていたり……。
改めてみると、とても独り暮らしの量とは思えない。
誰かほかに住んでいる人物がいるのだろうか?
と、そんなことを深く考えている余裕はないほど
こびりついた汚れは手ごわかった。
家事なんてやった経験がない。
ただ水に付けてゴシゴシと洗ってはみるが、
果たしてこれで合っているのかもわからない。
私は無心で作業をしながら現実逃避するように
色々なことを思い出していた。
かつての村での暮らし、優しかった両親、
賑やかなお祭り、美味しい手料理、
村人からの羨望のまなざし。
それらすべてが一瞬にして消え去ってしまった。
残ったのは深い森で出会った猫と魔女との
短い日々の思い出ぐらい。
それもいつか忘れてしまうのだろうか…。
少しずつ日が傾き始め、空が赤らんできた頃、
バスケットの中の洗濯物はようやく半分を終えた。
額の汗を拭い、ふと川向こうに目をやると
何かがそこに居た。巨大な熊だ。
思わず息をのみ、身体が固まる。
いつの間にか音もなく近付いていたのか……
向こう岸と言ってもそれほど深い川ではない。
その気になればあっという間に
こちらに走って来るだろう。
少し遅れてやってきた獣臭が
私を更に恐怖させた。
にらみ合いは十数秒続いたが、熊は一度視線を外して
地面の匂いを少し嗅ぐそぶりを見せた後、
ゆっくりこちらに近付いてきた。
川の流れが熊の足にぶつかるが、
全く動じずに真っ直ぐこちらへ歩いてくる。
助けを呼ぼうにもここからでは
カミラの家まで声が届かない。
それ以上に下手に刺激すれば
熊は途端に襲い掛かってきそうだ。
洗濯物を握りしめたままの左手が
恐怖で硬直している。
……助からない。
熊が目と鼻の先にやってきたとき、
背後からキラキラと輝く光が一直線に飛び出した。
それは熊の鼻先にぶつかると七色に弾け、
巨大な破裂音を響かせた。
周囲が一瞬昼間になったような激しい閃光に、
私も目を背ける。
熊はうなり声を上げながら方向転換し、
そのまま森の奥へと消えていった。
辺りが静寂に包まれてから、
私は必死に呼吸を整えた。
先ほどの光の影響でまだ熊の残像が
瞳の上に残っている。
「あんたがアルマ?」
甲高い声が背中から聞こえる。
振り向くとそこには私と同じか、
少し年下ぐらいの少女が仁王立ちしていた。
長くて美しいブロンドの髪、
大きな目と大きな口、つんと尖った鼻先。
手には小ぶりながらも豪華な装飾が施された
杖を持っている。
「災難だったわね! 熊に好かれちゃうなんて!」
少女が小馬鹿にするような口調で言い放つ。
あなたが助けてくれたの? と聞こうとすると、
少女が被せるように続ける。
「見た? 私の魔法! かっこいいでしょ」
少女が私の前まで近づき、自慢げに言う。
「うん、凄かった……」
差し出された手を握って立ち上がろうとしたが
私はそのままふらついて、彼女を道連れしながら
その場に倒れ込んでしまった。
「ちょっと! なに!?」
「ごめん、とても怖かったから……」
少女はすぐに立ち上がって、
着ていた花柄のワンピースをパンパンとはたいた。
「今度はちゃんと一人で立って!」
私がゆっくり立ち上がる間、少女はしきりに
髪の毛や襟元を撫でつけて整えていた。
「メロディよ。カミラの家に居候してるの。
これからよろしく」
多少高飛車な印象はあったが、
悪い子ではなさそうだ。
何より、これからカミラと二人きりになるのが
憂鬱だった私には、同年代の少女が
あの家に居るというだけでありがたい。
「私はアルマ。こちらこそよろしくね」
メロディはチラリと私の背後にある
洗濯物の束に目をやり、はぁとため息をついた。
「洗濯まだ終わってないの?
夜になったら熊よりも怖い魔物が出るよ。
早く済ませて!」
「手伝ってくれないの?」
私の言葉を聞くとメロディは突然不機嫌になった。
「はぁ? あんたが任された仕事でしょ?
甘えないでよ! 私は帰る」
さっとこちらに背を向けて、
来た道を足早に帰っていく。
独り残された私は一瞬茫然としたが、
また熊がやってくる前に済ませなければと
急いで洗濯を再開した。
幸いその後に動物がやってくることはなく、
日が完全に暮れる前にはなんとか
終わらせることが出来た。
しかし水を吸った洗濯物が詰まった
バスケットは重く、地面を引きずりながら
なんとか運んでいると、
再びメロディがこちらにやってきた。
「ちょっと! バスケットが傷むでしょ!
もう……」
そういって片方の持ち手に手を掛け、
二人で運ぶように促した。
上り坂は辛かったがメロディの手伝いもあって、
なんとか家に到着した。すっかり日が暮れている。
扉の錆びた取っ手に掛けられた
オイルランプが灯っており、
香ばしい料理の匂いがどこからともなく
漂ってきた。
「ただいま!」
メロディが扉を開くと、
キッチンに立つカミラの背中がチラリと見えた。
「アルマ、洗濯は終わった?」
「はい……」
「ご飯を食べたら夜のうちに干すんだよ」
カミラは私と目線すら合わせず、
事務的な口調で言った。
「メロディ、テーブルを片付けて」
「はい!」
メロディは先ほどまでとは打って変わって
礼儀正しく返事をし、慣れた手つきで
テーブルの上を濡れ布巾で拭き始めた。
よどみなくテキパキと動く様子は
子どもらしくないというか……
なんだか機械的に見えて気味が悪かった。




