第36話:ならず者
脂汗が頬を伝う。バレた?
隣部屋は相変わらず沈黙している。
私は出来る限り音を立てないよう、
月明りを頼りにメロディのベッドへ向かった。
「メロディ……起きて」
「うぅん……なに? まだ真っ暗じゃない……」
「大きい声は出さないで。ここは危険かも。
とにかく服を着て早く逃げないと」
「危険? 何を言ってるの?」
廊下で扉の開く音が聞こえた。
私は咄嗟にメロディの口を塞ぎ、動きを止める。
ガツガツという男の大きな靴音が
隣の部屋からこちらに向かって響いてくる。
音は私たちの部屋の前で止まった。
体温が数度下がるような感覚。
メロディも何かを察した様子で、
黙ったままドアの方向を見つめていた。
乱暴な音と共に扉が揺れる。
確実に誰かが外から開けようとしている。
鍵を閉めているため開きはしないが、
それはしつこく何度か繰り返された。
やがて男は諦めたのか、靴音が徐々に遠ざかり
一階へ続く階段を下りて行く音が聞こえてきた。
「なに……今の?」
「詳しいことは後で話すから、
すぐにここを出る準備をしよう」
「……わかったわ」
私たちは服を着替え、
散らばっていた荷物を慎重にリュックへ戻した。
さて、どこから逃げるか。
ドアを開ければ音でバレてしまうし、
なんとかして一階へ降りたところで
きっと誰かと鉢合わせてしまう。
こうなったら窓から逃げるしかないか……
そう考えていた次の瞬間、
一階から大きめの物音が響いた。
「ちょっと! やめとくれよ!」
店主の女性の声だ。
「うるせえ! てめぇも死にてえか!」
静寂を切り裂くけたたましい足音が
二階へ上がってくる。間違いない、
男がマスターキーを奪って
この部屋に向かっているのだ。
私は咄嗟にメロディの服を引っ張り、
二人で窓際に避難した。
直後部屋の鍵はいとも簡単に開き、
古い扉が乱暴に押し開けられる。
先頭に入ってきたのは二メートル近い
筋骨隆々の男だった。無骨な鉄の胸当ての上から
ひどく毛羽立った狼のベストを羽織り、
長髪を後ろで一つに結っている。
顔には複数の傷があり、直感で
戦場に身を置く者であることがわかった。
その後ろから身を乗り出しているのは
こちらも大柄の男で、ベストを
羽織っていない以外はもう一人と同じ服装。
胸当ては丁寧に手入れされており、
廊下の燭台の明かりが反射してキラリと光っていた。
体系は痩せ型だが首が異常に太く、
頬骨も発達しており、爬虫類のような
見た目をしている。
「なんだ? ガキが二人?」
勢い勇んで入ってきた男たちだったが、
私たちの姿を見て呆気に取られたようだ。
こいつらが盗み聞きを? ただのガキだぜ?
そんな小声の問答が聞こえてくる。
しめた、このまま無知な振りをすれば
トラブルにならないかもしれない。
そう思った矢先、男二人を押し退けるようにして
ヴァーノンが私たちの前にやってきた。
「おやおや、カミラさんとこの二人組じゃあないか。
こんなところで何をしている?」
表情は柔らかいものの、その言葉の節々から
彼の苛立ちが伝わってくる。
「はぁ!? こんな時間に部屋に押し入ってきて
その言い草はなに? 何をしているかって、
宿に泊まってただけよ!」
メロディが言い返す。ヴァーノンは
気にも留めない様子で部屋の中をぐるりと見回した。
「カミラはいないようだな、
ということは二人きりか」
「ヴァーノンさん、こいつらは何なんですか?」
「杖術指南役のカミラんとこの養子だ。
ガキでも魔女だ、何を考えているかわからん」
ヴァーノンは一度下がると
後ろの待機している女性の店主に何かを話し、
硬貨らしきものを何枚か手渡した。
すると店主はこちらを一瞥した後、
何も言わずに一階へと降りて行く。
嫌な予感が頭を過ぎった。
ヴァーノンがこちらに向き直り、
満面の笑みで話し始める。
「さあ、店主は何も見ていないそうだ。
残念だが君たちには我々と来てもらう。
抵抗しない方がいいぞ、
傷物になりたくはないだろう?」
その声を聞いた男二人がにやりと口角を上げ、
腰に下げた曲刀を鞘から引き抜く。大分歪んで
色褪せてはいるものの、刃の先端には
まだ月光を跳ね返す輝きが残っていた。
「私たちをどうする気?」
「心配するな、悪いようにはしないさ。
子ども好きな顧客はいくらでもいるんでね。
しかもそっちの金髪は魔女ときた。
運が良ければ金持ちの家に買われるかもな」
「最低……」
メロディがヴァーノンに鋭い視線を向けながら
杖を構える。私もバッグから棒状の
魔道具を引き抜き、構えた。
武器は持ってきていないので、
これを使うほかない。
男たちはバカにしたような表情だったが
メロディの杖を意識しているのか、
私たちと一定の距離を保っている。
「お前たち。あれは魔女でも出来損ないだ。
恐がることはない、やっちまえ!」
ヴァーノンの一声で男たちがこちらへ向かって来る。
その瞬間、メロディが杖先から強い光を放った。
室内が閃光に包まれ、相手の足が止まる。
今だ。メロディが作ってくれたチャンス、
迷っている暇はない。私は棒を力強く握り、
男のスグそばまで踏み込んだ。
とっても恐い……でもやらなきゃ!




