第32話:踊り子
予定以上の時間を費やしてしまった私たちは、
急いで食料の買い出しへと向かった。
しかし、これまで代金のやり取りは
全てカミラが行っていたため、
何が安くて何が高いのかもよくわからない……。
普段からもっとお金の使い方を
学んでおくべきだった。
私たちはヘレナのパン屋と別に
もう一軒ある老舗のパン屋で
巨大なライ麦パンをいくつか購入した。
それにチーズとバターも。
野菜売り場では小麦にエンドウ豆、
人参なども買った。これだけあれば
しばらくは大丈夫だろう。
あとは干し肉、これはカミラ行きつけの
肉屋で買うことにした。
大分重くなったバッグを背負いながら
大通りを歩いている途中、
一際眩しく輝く場所が目に入る。
それはキャラバンの馬車の周りに
準備された松明やランプの光だった。
石畳の上に赤と緑の色鮮やかな
キルト生地が敷かれ、複数の男たちが
何やら相談事をしている。
肌は浅黒く、目鼻立ちがはっきりしており、
異国の雰囲気を色濃く感じる光景だった。
少しの間見惚れていると、
やがて馬車の中から美しい装飾物に身を包んだ
一人の女性が現れた。
何段ものフリルが施された深紅のロングスカート。
真っ黒の中に金のラインが入った薄手のガウン。
胸元が美しく強調されるよう、脇腹辺りで
結ばれた七色のブラウス。
その下からのぞく小麦色の肌。
光が反射する美しい黒髪は後ろで一つに結われ、
白銀の髪飾りが揺れるたびに
キラキラとした残像を生み出した。
まだ十代だろうか、その女性はまるで
神話や宗教画から抜け出したような……
誰もが息をのむほどの美しさだった。
間違いない、この人物がロマの踊り子。
その場で棒立ちになっていた私を、
一人の男がぎこちなく注意した。
「ソコ、アブナイデスヨ。ドイテ」
私はハッと我に返って通りの端へ移動した。
一瞬目が合ったロマの女性がこちらに小さく
手を振る。切れ長でエキゾチックな瞳の周りに
星を砕いて散りばめたような碧いアイシャドウ。
ニコリと笑いかけるその表情は魔術的だった。
「何してるの? 早く行くわよ!」
メロディに袖を引っ張られ、
私は渋々肉屋への道を歩いた。
今夜城下町でダンスショーが行われる……
夢にまで見たあの光景をついに
間近で見ることが出来るのか。
身体の奥から興奮が押し寄せてきて、
顔まで火照ってくるのを感じた。
肉屋の店主は私たちを見るなり開口一番、
おや? 今日はカミラは一緒じゃないのかい?
と不思議そうに言った。
「カミラは今ちょっと出かけていて……」
「なんだ、そうか。子ども二人で大変だねぇ。
どれ、おまけしてあげるから好きなのを
持ってきな」
今日ルイーザ・ベルに来てわかったことがある。
それは様々なお店の人々がカミラのことを
慕っているということ。
商品を購入するときは笑みひとつ見せないし、
店頭で雑談をしている姿だって見たことがない。
それなのに彼らは口々に
今日はカミラはいないのかと、
残念そうにため息をつくのだった。
巨大なモモの干し肉を数本買い、
私たちはそれぞれの背負い袋に入れたが
既に容量オーバーのため、袋の口から
肉の端が突き出ている。私の場合、その隣に
先ほどもらった謎の棒も顔を出しており、
遠くから見ればまるで牛の希少部位でも
混じっているかのようだった。
「これで買い物は終わりね。それにしても
カミラがあんなに好かれていたなんて
意外だわ」
「うん……」
「カミラ、早く帰って来ないかな……」
メロディがそんなことを口ずさむなんて
想定外だったが、気持ちもわかる。
今日の占いで見た光景が背負い袋以上に
重く背中にのしかかってくるようだった。
夜の闇が広がるにつれて、ルイーザ・ベルに
灯る明かりの輝きは増していった。それは
空の細かな星々や月さえも
搔き消してしまうほどに。
多くの店が店頭の商品を片付け、
店じまいの準備を始めている。
金属がぶつかり合うような賑やかな音が
大通りに心地良く響く。そんな一時の喧騒を
縫うようにして、どこからか嗅いだことのない
スパイスのような香りが流れてきた。
お腹の底に響く楽器の試し打ちも聞こえてくる。
「城下町ルイーザ・ベルへお出での皆様!
間もなく踊り子ルルの最後の公演が始まるよ!
いい見物席は取れたかい? 酒は準備した?
さぁさぁ、今が最後のチャンスだよー!
すぐ横でショーが見られる酒場『金獅子』は
今だけお祭り価格だ!」
派手な黄色い服に身を包んだ
道化師のような男による喧伝が、
広場中に響き渡る。
このイベントが書き入れ時なのだろう。
実際に男の声に触発された人々が
酒場へ向かったり、堂々と通りの真ん中で
場所取りをし始めた。
私たちも急がないと……
そう思った頃には時すでに遅く、
馬車を取り囲むようにして多くの
人だかりが出来ていた。
背の高い大人たちに前方を遮られ、
ほとんど前が見えない。
「ちょっと! 全然見えないじゃない!」
メロディが苛立ちの声を上げる。
そうこうしている間にもギターや
ハープ、笛のような楽器の美しい音色、
打楽器の奏でる音が強まっていく。
まだ音楽の様相を呈してはいないが、
大通りに流れる熱気が
高まってきているのは確かだ。
このままではせっかくのショーも
まともに見ることは出来ない。
どこかほかに見える場所を探そうか……
そう思ったとき、メロディが驚きの声を上げた。




