第3話:不思議な家
(ドロシー:AI生成)
次に気が付いたとき、私の周囲は
オレンジ色のキャンドルの灯りで
照らされていた。
入口のステンドグラスから差し込んでいた
陽光は月明りに変わり、外の虫たちの声が
静かにこだましている。
火の揺らめきに照らされ、
椅子に腰かけたクロエの姿が見えた。
目を閉じてうたた寝をしているようで、
耳を澄ますと小さな寝息が聞こえる。
帽子は壁に掛けられており、
露になった美しく白い髪は
頭の上で団子状に結われていた。
私は今度は自分自身の身体に視線を落とす。
全身を襲っていた痛みはもうほとんど
なくなっていたが、身体の各所に
白い包帯が巻かれており、
まだ満足に動かすことはできない。
ボロボロだったリネンのローブも、
真新しいポンチョに変わっていた。
首から上だけを動かして周囲を見渡すと
乾燥ハーブが入ったいくつもの瓶や
年代物のかまど、木製の調理器具、
何が入っているかわからない陶器の壺、
紐で吊るされた肉や魚の干物……
小さなスペースを上手く活用し、
大量の雑貨が小綺麗に整頓されていた。
「気が付いたのね」
声のする天井へ目をやると、
壁から突き出した樹の板の上に
あの黒猫が座っていた。
私はなんと応えれば良いのかわからず、
静かに頷いた。
「言葉を話す猫は初めて?」
猫は板の上からぴょんと飛び降りると、
私のベッドの空いたスペースに音もなく着地した。
「あなた、名前は?」
「……アルマ」
「ふうん……。傷の具合から見て滝の上から
落ちてきたみたいだけど、どうして?」
昨夜の一連の出来事を上手く説明できる自信がなく
しばらく沈黙していると、それを察してか
黒猫は続けて話し始めた。
「アルマは魔女? ……いいえ、半分だけね」
黒猫は視線を動かしながら私の全身を隈なく観察し、
時折うんうんと頷いた。
「魔力はない……。なんとなくわかったわ。
どこかの村から逃げたか、捨てられたか。
10歳の女の子にひどい仕打ちをするものね」
自分の名前以外口に出していないにも関わらず、
黒猫はどんどん私の身に起きた出来事を
言い当てていった。
「あら、ごめんなさい。
自己紹介がまだだったわね。
私はクロエの母のドロシーよ」
ドロシーはすっと立ち上がると私の顔の横に近付き、
くんくんとにおいを嗅いだ後、再び腰を下ろした。
「ここは普通の人間では近づけない場所。
外の人々からは“サイレントフォレスト”
と呼ばれているわ。聞いたことあるかしら?」
私が両親から魔女としての教育を受け始めたのは
3歳の頃。その中でサイレントフォレストについては
嫌というほど説明を受けた。
私が元々住んでいた村の近辺の森には、
神秘的な力とされる“オド”が流れており、
動物も植物も通常とは異なる
独自の進化を遂げている。
サイレントフォレストという名は
森全体を指すのではなくとある一画、
流れたオドが滞留する場所のことをそう呼んだ。
強すぎるオドはときに生物にとって害にもなるため
禁足地に指定されており、
私も入ったことはなかった。
実際に森に足を踏み入れて発狂してしまったり、
行方をくらませた村人の話は後を絶たない。
そしてその禁足地には
“魔女”が棲んでいるという噂も……。
「先に言っておくけど、ここは安全よ。
今あなたが意識を保てているのは、
森があなたを受け入れた証拠。
安心してゆっくり休みなさい」
気持ちは少し落ち着いたものの、
昨日今日起きた出来事を私はまだ
受け入れることが出来なかった。
聞きたいことは山ほどあったし、
話すべきこともあったのだと思う。
しかし私がそれを行動に起こすには
まだ時間が必要だった。
私はドロシーの言う通り再び眠りにつき、
たくさんの夢を見た。
天井の紋様のおかげなのかはわからないが、
どれも心休まるものばかりだったことは
覚えている。
次に目を覚ますと、
室内には明るい陽の光が差し込んでいた。
コトコトと何かが煮えるような音と、
小気味良い包丁の音。
寝返りをうった先に、せっせと何かを準備する
クロエの背中が見えた。
「気が付いた? 良かった!
ちょうどお昼の時間だよ」
焙り焼きになった赤茶色い肉と
平たいパンが乗った大皿、とろみのある
黄色いスープで満たされたコップ、
別の皿の上には大盛りのサラダと煮豆が寄り添う。
それぞれが三等分に取り分けられ、
テーブルの上に乗っていた。
香ばしいニンニクとハーブ、
そして甘いミルクのような香りが鼻に届き、
私は反射的に身体を起こした。
全身を襲っていた痛みは嘘のように消え、
ベッドから降りる際も動きづらさを
感じることはなかった。
「その椅子に座ってて!
お母さーん、お昼できたよ!」
座るよう促された木製の椅子には、
木綿でできた心地良い肌触りの
毛布が掛けられていた。
天井の一部がパタンと音を立てて開き、
ドロシーがのそのそと入ってくる。
「あら、すっかり元気そうね。アルマ」
ドロシーはピョンと私の斜め前の椅子に飛び乗った。
クロエが最後のスプーンをテーブルに並べ終えると、
私の向かいの椅子に座る。
「お腹空いたでしょ? 好きなだけ食べてね」
クロエは私にニッコリ笑いかけた後、
静かに目をつむってお祈りを始めた。
ドロシーもそれに合わせて目を閉じる。
「母なる自然よ。今日も恵みをお与えいただき、
感謝します」
一瞬の静寂が終わると、
クロエはスプーンを手に取った。
ドロシーもテーブルに前足を掛けるようにして
立ち上がり、器用にスプーンを握る。
「いただきましょう」
出会ったばかりで何も知らない人々と囲む
奇妙な食卓。本来ならば素直に受け入れがたい
ものではあったが、この香しい匂いの中、
空腹に打ち勝つことなど到底できなかった。
「いただきます」
2人に続き、私もスプーンを取って
スープを口に運ぶ。ミルクの甘みの中に
見え隠れする刺激的なガーリックの香り。
さらに濃厚なバターがそれらを
まろやかに包み込む絶品だ。
熱すぎない温度も相まって、
私はあっという間にそれを飲み干した。
身体の隅々がポカポカと温まってくる。
「あはは、そんなに急いで
食べなくても大丈夫だよ」
クロエがそう言って笑う。
先ほどは気付かなかったが、
大盛りのサラダはレタスやベビーリーフ、
ミニトマトのほかに見たことのない
黄色い果実が和えられていた。
少し崩れた分厚い表皮の中に色鮮やかな
赤い透明の粒々が並んでいる。
「それが気になるの?」
首から掛けたナプキンで
上品に口元を拭きながらドロシーが言った。
まるで人のような動作だったが、
それはあたかも当然のようにスムーズだった。
「“モック”はこの森でだけ採れる果物。
皮は厚いけど痛みやすいから
採ったその日に食べるの。
香りはレモン、味は桃に似ているかしら」
オニオンソースで和えられた野菜と一緒に、
私はモックを頬張った。ジュワッと溢れる果汁からは
強い柑橘系の香りと優しい甘味を感じた。
後味に癖がなく、具材全体を包むような
一体感を演出している。
美味しくて私は続けて二口、三口と
サラダを口に運んだ。
一度焼いてから煮ることで、
香ばしさと甘味を出した付け合わせの煮豆も
手が止まらなくなるほどに美味しい。
食を進めるごとに身体に力が
漲るような感覚さえある。
最後に食べたのは焙り肉。
表面は堅いが中はしっとりと柔らかく、
脂のうま味もしっかり閉じ込められていた。
豚とも牛とも違う、
初めて感じる独特の香りがあり
噛みしめながら考えていると、
ドロシーが再び話し始めた。
「それは“ジィ”の肉よ。霧を食べる哺乳類。
モックと同じでこの辺りでしか獲れない
希少種なの」
空腹だったことを抜きにしても
ここで口にするものはどれも
うっとりするほど美味しく、
これまでで最も幸せな食事といっても
過言ではなかった。
3人で一通り食事を済ませ、
一息ついた頃にクロエが言った。
「美味しかった? 元気が出たでしょ?」
クロエの屈託のない笑顔につられ、
私は少し恥ずかしくなりながらも頭を縦に振った。
「怪我が良くなるまでここに居て良いからね」
その言葉を聞き、ホッとした私は
気になっていたことを思い切って尋ねた。
「クロエさんやドロシーさんは魔法使いですか?」




