第24話:二人なら
いくらヘレナが心配とはいえ、
現時点で私たちに出来ることはなく
いつまでも意気消沈してはいられない。
「ねぇ、次は前に行ったあの本屋さんに
行ってみよう?」
「何よアルマ、もう前の本を読み終わったの?
ほら、なんちゃら冒険記……」
「まだ読み終わってないよ!
私じゃなくてメロディの魔導書のこと……」
「ああ、もういいの! 魔導書は諦めた!」
私のマナはあれが限界。開けられっこないわ」
メロディは即答だった。
「でも……もう一度だけやってみよう?
私試したい事があるの」
私の真剣な目線に根負けしたのか、
少し沈黙した後メロディは頷いた。
口の周りについたパンくずをハンカチで
拭いた後、私たちは巨大な木製看板を
目印に書店へと向かう。
店先には相変わらず古本の詰まった
木箱が並んでおり、数人のお客が
その場に屈んで一冊ずつを物色していた。
書店の中は相変わらず静けさと
うっすら甘い匂いに満ちており、
一歩入り込むとまるで別世界だ。
『閃光と炸裂の魔法について』の書籍は
前回来た時と同じ場所に置いてあった。
メロディが手を伸ばすが、以前のような
希望と自信に満ちた表情はない。
金の箔押しの豪華な装丁は、
私の『リカルド冒険記』とは大きな違いだ。
「本当にやるの?」
「当たり前でしょ。そのために来たんだから!」
そう言いながら自分自身の積極性に驚いた。
いつもならこういうのはメロディの
役割だったはずなのに……
メロディは気乗りしない様子で
表紙に手をかざす。文様が以前にも増して
輝いているように見えたが、やはりまだ
ページを捲ることは出来ないようだ。
「やっぱり無理だよ」
「待って!」
私はメロディの手の上に自分の手を重ねた。
「私の魔力を取って!」
「魔力を取る? どうやって?」
「わかんないけど、吸収するようなイメージで!」
メロディは最初かなり戸惑っていたものの、
目を閉じて何かに集中し始めた。
次の瞬間、文様がこれまでにない程輝いたかと思うと
本の表紙が勢いよく開く。
腕を伝った衝撃から、メロディは
本をその場で落としてしまった。
あまりに一瞬の出来事で私たちはお互いに
何かいけないことをしてしまったような、
焦りに駆られていた。
「今……開いた?」
「うん。開いた……」
メロディが恐る恐る魔導書を拾い上げる。
物音に反応した幾人かのお客が、
こちらに怪訝な視線を送ってきていた。
メロディがもう一度魔導書の表紙を
開いてみると、今度は普通の書籍と
同じようにペラペラと心地良い音を立てて
ページが捲れていく。
声もなくニッコリと笑う表情から
彼女の喜びが伝わってきて、
私もドキドキするほど嬉しかった。
「ありがとう、アルマ」
メロディが今度は目に涙を浮かべて
その場に泣き出しそうだったので、
私は急いで店主のもとへ誘導し、
本を購入させた。
専門書ということもあり、二人分の銀貨は
ほとんどなくなってしまったが
そんなことはどうでもよかった。
メロディの怪我を治すことが出来た
あのときから、私はこの方法を試したくて
ずっとウズウズしていたのだ。
メロディは書店を出た後も
誰にも渡さないと言わんばかりに、
買った魔導書をずっと胸に抱きながら
慎重に歩いていた。
「私、アルマにお返しがしたい!」
「そんなの良いよ。私も嬉しいんだから」
「ううん、絶対お返しする。アルマが
欲しいもの、私が絶対あげるわ!」
私たちは二人で笑い合いながら
残ったお金で何をするかを相談し、
『魔法使いのスープ』と呼ばれる
城下町名物の軽食をいただくことにした。
それはたっぷりのカボチャペーストと
玉ねぎを牛乳で甘く煮込み、
最後にライムギパンのパン粉と
濃厚なチェダーチーズを混ぜ合わせた
ソースをかけた一品だった。
一口頬張るとカボチャの甘みと
チーズの香りが広がる、幸せいっぱいの味。
サイレントフォレストでの食事を
思い出すような、感動的な出会いだった。
私たちは一杯では足りず、二杯ずつ
食べたのだが、チーズとカボチャの重みが
後から胃に襲い掛かってきて、
お互いに苦しみながらなんとか完食。
「美味しいけどもうしばらくは
食べなくていいね」
そんなバカバカしいことをしている間に
あっという間に二時間が経ったため、
私たちはカロリー過多による多少の
気持ち悪さを感じながら、石門の前まで急いだ。
カミラはまだ来ておらず、ほっと胸を撫でおろす。
しかしその後カミラが戻ってきたのは
さらに一時間ほど経過した後だった。
「遅くなって悪かったね」
その表情は疲れきっていて、
声を掛けるのもためらうほどだった。
「何かあったの……?」
「……帰るよ」
何も答えず、さっさと門を出て行くカミラを
私たちは急いで追いかけた。
これまで大きく見えていた背中が
この時はとても小さく、
丸まっているように見えた。
きっと何かがあったのだろう。
おそらくあのヴァーノンという男と
関係があるに違いない。
でも……私たちはそれ以上カミラに
答えを求めることが出来なかった。
三人で家へと帰る夕暮れ時、
メロディが抱えている魔導書が
薄闇の中でぼんやり輝いている。
「それ、買ったのかい?」
カミラがメロディに問いかけた。
「うん……ダメだった?」
「あの金で何を買うのも自由さ。
ずっと欲しかったんだろ?」
「うん! アルマが手伝ってくれたの!
二人で手を繋いだら開けたのよ?」
「そうか」
カミラは道の途中で立ち止まると
おもむろに振り返り、私たちの頭を撫でた。
「いいかい? あんたたち二人は
不思議な縁で結ばれている。
離れちゃダメだよ?」
「?」
「私は明日から数日留守にする。
その間あの家を頼んだよ」
「え!」
私とメロディは思わず声を上げた。
「どこへ行くの?」
「ちょっとした野暮用だよ」
「いつ帰って来るの?」
「二週間か……早ければ一週間か」
「そんなに!?」
「金は置いていくから、食材の調達や
料理は自分たちでやるんだ。いいね?」
「私たちも一緒に行ったらダメなの?」
「ダメだ!」
突然カミラの語気が強くなる。
「……すぐに帰って来るから、
大人しく待っていてくれ」
かつて私はこんな人と一緒に暮らすのは
とても耐えられないと、
家出まで決行しようとした。
でも今、カミラが居なくなると思うと
胸にぽっかりと穴が開いたような
寂しさを感じる。
「わかったわ! 大丈夫よ。
私たちなら心配いらないわ、ね?」
メロディが私の腕を小突いた。
カミラの態度からもう何を言っても
無駄だということを理解したのだろう。
「うん……わかった。でも気を付けて」
「……ああ、わかったよ」
杖術の達人であるカミラに限って
万が一にも心配する必要などない。
それでも嫌な胸騒ぎがするのはどうしてだろう?
◇
翌日の朝食はこんがりと焼いたライムギパンと
たっぷりのジャム、そして玉ねぎのスープ。
私たちは三人で食卓を囲んだが、
目立った会話は無かった。
「じゃあ行ってくる」
黒いローブに身を包み、杖を持って
足早に遠ざかっていくカミラの姿を
私たちは寝ぼけ眼で見送った。
現実感のない奇妙な感覚。
その日は風のない良く晴れた朝だった。




