第23話:不穏
その後もカミラは凄まじい掛かり稽古を
幾度もこなしたが、息切れなどはほとんど
見受けられなった。
その技のキレ、力強さ、優雅さ……
どれもがまさに完璧で、気付けば私たちは
その姿にずっと見入っていた。
魔法を使える兵士も多く、稽古の最中に
炎や氷、電撃などの色鮮やかな光が
飛び散り、ショーを見ているかのように
鮮やかだが、その中で一番存在感を
放っていたのはカミラだ。
「あんたたちもいい機会だ。
しっかり見ておくんだよ」
カミラはそう言いながら、ときにはわざと
大振りの技や相手の魔法をいなす姿を
私たちに見せつけるようにしていた。
掛かり稽古が終わった後もカミラのもとに
駆け寄る兵士は後を絶たず、様々な質問に
一つひとつ丁寧に応えている。
「やぁやぁメロディ」
いつの間にかヴァーノンが私たちの
背後に立っており、声を掛けてきた。
「君もバイコーンと戦ったと聞いたよ。
素晴らしいじゃないか!」
「え……私……」
メロディは微妙な表情を返した。
「凄い奮闘ぶりだったそうだね。
炸裂魔法が得意なのかな?」
「えっと……」
いつもとは違うメロディの様子に
私は咄嗟に手を繋いだ。
「カミラのところへ行こう」
メロディを引き寄せ、本能的に
ヴァーノンから距離を置く。
あの小さな村で起きた出来事を
どうしてこの男は知っているのだろう?
それもカミラの戦いだけでなく
メロディの魔法のことまで知っていた。
私が来る以前からも何度か家に
訪問してきていたそうだし……
何だか嫌な予感がした。
少し苦い顔をしたまま俯いている
メロディを連れ、カミラの服の裾を
小さく引っ張る。気づいたカミラが
すぐにこちらを振り向いた。
「どうした?」
「あの人、村で起きたことを
全部知っているみたい」
カミラが睨みを利かせると、
ヴァーノンは肩をすくめて呆れたような
ポーズを見せた。
「もう行くよ。ヴァーノン、あんたは
この子たちにとって害だ。二度と近付くなよ」
カミラの強い言葉に対しても
ヴァーノンはその場で薄笑いを
浮かべるだけだった。
兵士たちの敬礼を後に訓練場を離れ、
元来た門から再び王都に出る。
城下町まで戻ってきた頃にはメロディにも
いつもの笑顔が戻り、周囲を見渡す余裕が出てきた。
「あんたたち、私は用事があるから
少しそこら辺で時間を潰しなさい。
二時間後に石門の前で待ち合わせよう。
これを持っていきな」
カミラが手渡したのは銀貨4枚だった。
「こんなに! いいの?」
メロディの瞳がわかりやすく輝く。
「私が居ない間は必ず二人で過ごすんだ。
人通りの多い場所でね」
「どうして?」
「どうしてもだよ」
カミラがぶっきらぼうにメロディの頭を撫でる。
思いがけなくその場で自由になった私たちは
まずはヘレナのパン屋へ行き、腹ごしらえを
しようという意見で一致した。
大通り沿いから漂って来る芳しい香りで、
パン屋の場所はすぐにわかったのだが
来るときにあった人だかりは
もうすっかりなくなっている。
パン屋に入ると以前にも顔を合わせた
従業員がこちらに気付いて声を掛けてくれた。
「やあ! 君たちは蛇蜘蛛から
婦人を助けた子たちだろ?」
「はい。パンを買いに来ました」
「ああ、そうか。残念ながら今日は
あまり数がないんだよ……」
そう言われてから周囲を見渡してみると
以前あった棚一杯の煌びやかな
菓子パンたちが、ライムギパンや
プレッツェルなどに取って代わられている。
「え! これだけ? 菓子パンはないの?」
「君たちがおやつに出来るとしたら
蜂蜜パンぐらいだね。
丁度余ったのが二つあるよ」
「でもどうしてこんなに
パンを減らしたんですか?」
「実はこの店も暫くの間閉めることになってね。
今日で最後なんだよ」
私とメロディは顔を見合わせた。
「どうして? ヘレナさんは?」
「ヘレナは……兵士に志願してね。
ついさっきここを発ったところだよ。
彼女がいないと自慢のパンが焼けないから」
「兵士に? どうして……」
強い胸騒ぎがした。
「ヘレナの故郷はアウシュラなんだ。
長らくルイーザ・ベルの領地だったが、
そこに隣国が侵攻してきたらしい」
「アウシュラですって!?」
メロディが目を見開いて驚いている。
「知ってるの?」
「ええ……魔法使いが統治する国よ。
前にお金持ちの家に養子にいったことが
あるって言ったでしょ? その母方の
実家がアウシュラだったの。そこでは
凄く優しいおばあちゃんが一人で
過ごしてた」
「おばあちゃん?」
「今はもう養子じゃないから違うけどね。
アルマがやってたお祈りもそこで見たのよ?
とても古いおまじないだって言ってた」
様々な想いが入り混じり、
メロディの声は僅かに上ずっていた。
「彼女責任感が強いから、どうしても
放っておけなかったみたいだよ。
特に火の魔女は戦い向きだから、
軍も重宝するんだろう」
「でも侵攻なんて大事件なのに、初めて聞いた。
本当のことなの?」
「ああ、確かに本当だよ。先週うちの店に
軍のお偉いさんがわざわざやってきたんだよ。
名前は何て言ったっけな……」
私は咄嗟にある人物の名前を口にした。
「ヴァーノン?」
「ああ! そうだった!
お嬢ちゃんどうして知っているんだい?」
「え! あいつ偉かったの?」
メロディが間の抜けた声を出す。
バイコーンの一件のといい、カミラの
ヴァーノンに対する態度といい、
何か妙な感じがする。
私はメロディに尋ねた。
「ねぇ、アウシュラってここから遠い?」
「そうね……まぁ馬車を使えば三日ぐらいで
着くんじゃない?」
「ヘレナさんが心配。嫌な予感がするの」
「アウシュラには高名な魔法使いが
たくさん居たはずだし、軍だって
兵を派遣しているはずだから……
大丈夫のはずよ」
メロディは自分に言い聞かせるように
そう返事をしたが、不安を隠し切れないでいた。
私たちは取り敢えず蜂蜜パンを
安く買わせてもらい、軒下に設置された
テーブル席に着いて黙々と頬張った。
かつて聞こえていたカミラの
明るい呼び込みや、店先に行列する
老若男女の姿はない。
味は抜群に美味しかったが
次にいつ食べられるかがわからない今、
一口一口に寂しさが募った。




