第22話:近衛師団
掛かり稽古が始まって二日後。
カミラが城へ訪問する日がやってきた。
ルイーザ城は城下町ルイーザ・ベルの
ほぼ中央に位置するが、高い城壁に
囲まれているため、一般市民が
自由に出入りすることは出来ない。
城の関係者や招待を受けた人物のみが
城門の奥へと入ることが出来る。
私たち三人はかつて買い物に行った時のような
余所行きの服……ではなく、動きやすい
チュニックに太い革のベルトを巻いた
簡素な服に身を包み、城への道を急いだ。
前回のような買い物目的ではないが、
あの場所へ行けるというだけで
私とメロディの心は静かに躍っていた。
そして驚いたことに、
あんなに息を切らしていた城下町への道のりが
今やまるで散歩道と変わらない。
もちろん押し車や荷物がないせいもあるが、
それにしても身体が羽のように軽い。
自分の成長を実感できる嬉しさに
私はこっそり一人でニヤついていた。
城下町の門をくぐるとあの懐かしい喧騒が
心地良く耳に届いてくる。
「寄り道している時間はないよ。
こっちだ」
カミラを先頭に、私たちは城下町の
様々な誘惑には目もくれず、真っ直ぐ
大通りを突き進んだ。途中でヘレナの
パン屋の前を通ると、何やら人だかりが
出来ていることに気付く。
その中心にはヘレナが居て
周囲の人々が彼女に寄り添い、
花や小物などを手渡している。
足を止めようにもカミラは視線を
一切動かさずに進んでいくため、
私もメロディも黙ってパン屋の横を
通り過ぎるしかなかった。
「ヘレナさんどうしたんだろう?」
「さあね、お店を辞めるとか?」
「……」
もし帰りに時間があれば
お店に寄ってみよう。
気持ちを切り替えて歩みを進めていくと、
ひときわ大きな城壁が遠くに見えてきた。
人々が行き交う広場の奥に位置しており、
この周囲には商店が見当たらない。
カミラは落とし格子で塞がれた
正面入り口の前に立ち、
城壁の上部から顔を出している
見張りの兵士に向かって話しかけた。
「近衛師団、杖術指南役のカミラだ」
「は! ただいま解錠いたします」
分厚い金属で出来た落とし格子が
鈍い音を立てながら垂直に上がっていく。
開ききったタイミングを見計らって
私たちは城壁の内部へと足を踏み入れた。
暗いトンネルを潜ると一気に視界が開け、
広大な芝生の地面が現れた。その中心を
分かつように石レンガが王宮へと
続く道を縁取っている。
風に揺れる鮮やかな緑色と青い香り。
幾人もの兵士が防具の擦れる音を響かせながら、
石の城壁に沿ってつくられた回廊の中を
ゆっくりと歩き、見回りを続けている。
「カミラ様、こちらへどうぞ」
先ほど門を開けた兵士が足早にやって来ると
私たちを近衛師団の訓練場まで先導してくれた。
広いレンガの一本道を真っ直ぐ歩き、
王宮の手前で左右に分かれた道を進むと
開けた中庭が現れる。そこでは数十人の兵士が
既に練習用の杖と装備を整えて待ち構えていた。
「カミラ様、本日もよろしくお願いいたします」
「ああ。練習はちゃんと続けているかい?」
「はい!」
「そうか。では全員で型を
やってみせておくれ」
兵士たちの気持ちの良い返事が響く。
私とメロディはどうしていいかわからず、
カミラの陰に隠れてじっとしていた。
兵士たちは適度に距離を保って
規則正しく並ぶと、全員が同じ構えをとり
そこから流れるように
振り下ろし・薙ぎ払い・突き
といったあらゆる攻撃動作を繰り返した。
その光景は掛け声も相まって、
まるで大気が揺れるような物凄い迫力だった。
背が高く逞しい男性の兵士が一堂に会して
形作る力強さからは、カミラの流れるような
美しい動きとは違った魅力を感じた。
「よろしい。しっかり稽古を
続けていたようだね」
「カミラ様! バイコーンを一人で
倒されたというのは本当ですか?」
一人の兵士が声を上げると
カミラは微妙な表情を返した。
「……誰に聞いた?」
「え? いや……」
「誰だ?」
カミラが兵士に詰め寄る。
何やら怪しい雲行きのところで、
一人の人物が声高らかに名乗り出た。
「私だよ、カミラさん」
そこに居たのは以前草むしりの最中に
家まで訪ねてきた、あの初老の男だった。
「ヴァーノン……」
「何故そんなに怒っているんだ?
名誉なことじゃないか! 怪物を倒すなんて」
ヴァーノンと呼ばれた男が後ろを振り返り
カミラを讃えるよう合図すると、
兵士たちは大きな声でカミラの名前を連呼した。
「みたまえ。兵士の士気も
上がるというものだよ」
「……」
カミラは明らかに苛立ちながら、
兵士たちに今すぐやめろと怒鳴りつけた。
その場にいる誰よりもカミラの声の方が大きく、
大の大人たちが一瞬で静まり返る様からは、
バカバカしさすら感じられた。
「今から掛かり稽古を始める。
一人ずつ私に打ってこい」
カミラはヴァーノンをぐいっと横に押し退けると
中庭の中央に仁王立ちになり、
持ってきた杖を袋から出した。
その巨大さに似合わず、まるで木の枝でも
弄ぶかのように軽々と取り扱うカミラ。
重力がどこかへ消えたような奇妙な光景だ。
「第三師団部隊長、カール。お願いします!」
兵士たちの中でも体格の良い部隊長が
規則正しい礼をした後、カミラの前に名乗り出た。
カールは長い杖の中心部を両手で持ち、
槍のような構えを取った。
「いいよ、来な」
カミラの声に合わせるようにして
カールが突進する。凄まじい速さの
連続突きを繰り出すが、カミラは軽々と
全ての突きを避けた。
次は長いリーチを活かした薙ぎ払い。
杖を器用に回しながら、上下左右様々な
方向から襲い掛かる。
どれも力強い一撃ではあるが、
カミラの絶妙な杖さばきで
上手く衝撃を消されている。
業を煮やしたカールは、今度は地面に
杖を突き立て、高く上空に飛び上がると
落下のスピードを乗せながら杖を振り下ろす。
瞬間、雷のような閃光が走った。
カミラはその一撃を避けることなく、
真下から杖で受けた。木と木がぶつかる
高い音と、まるで水が弾け飛ぶような
不思議な音が辺りに木霊する。
音と光が消えた頃、カールの杖は
真っ二つに折れ、蹲ったその右肩には
カミラの杖先がそっと触れていた。
「参りました」
「また腕を上げたようだね。でもあんたは
力に頼りすぎている。精進しなさい」
カミラが手を貸してカールを
立ち上がらせると、周囲から歓声が上がった。
「ねえ、今の魔法じゃない?」
私は先ほどの光を伴う一撃が気になり、
メロディに尋ねた。
「きっとそうね。でも驚くことじゃないわ!
杖術は元々魔法使いが戦うために
編み出されたの武術だもの。それに
王国の兵士なら魔法が使えたって
不思議じゃないでしょ」
「魔法も使えて杖術もあそこまで
鍛えているなんて、何だかズルい」
「ま、そうは言っても結局カミラの
敵ではないけどね!」
メロディは自分のことのように
自慢げに話した。そうだ、きっとここにいる
誰よりも“私たちのカミラ”が一番強い。




