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ALMA -とある魔女のお話-  作者: ROBO
第二章 半分の魔法

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20/25

第20話:リカルド冒険記

メロディはその日の昼前に目を覚まし、

朝の草むしりや洗濯物を

取り込んでいないことに

ひどく焦っている様子だった。


しかしこの日はカミラの許しで

私たちは家事の当番から外され、

それぞれゆっくり自分の時間を

過ごす自由を与えられた。


昨日までふらつきがあったメロディも

今日はすっかり元気そうで、

丸一日休日を与えられたことに

飛び跳ねて喜んだ。


ただ、まだ病み上がりということもあり

外出の許可は貰えなかったため、

私は読書。メロディは杖を磨いたり、

瞑想したり……二階でゴロゴロしたりしていた。


城下町で買ってもらって以来

開いていなかった本、

『リカルド冒険記』

にようやく目を通す。


そこにはリカルドと名乗る人物の

様々な手記がまとめられており、

各章が訪れた場所毎に分けられていた。


竜のいびき響く洞穴について

難破船に潜むセイレーンについて

砂漠を揺るがす巨大ワームについて

浮遊都市ヴィエコ・ヴィエントについて


どれも非常に興味をそそられるタイトルで

まずはどこから読もうかと目次を

なぞっていたときだった。


“霧深き森の魔女について”


衝撃的なタイトルが目に入る。

私はすぐさまそのページを開いた。


それは私がかつてルビーランドの戦いに

兵として参戦したときの話だ。

所属部隊はほぼ全滅、おまけに脇腹を

矢で撃たれながら、私は必死で戦場から逃れた。


意識が朦朧とする中、

とにかく喧騒から真逆の深い森の奥へと

歩みを進めたのだが気付くと意識を失っていた。


次に目を覚ましたのは

朱いレンガ造りの家の中で、

壁面にはいくつもの太いツタが這っている。


まず気が付いたのは部屋の中で焚かれた

セージの香り。天井では重なり合う魔法円が

奇怪な紋様を描き出していた。


警戒しながら周囲を見渡すと

すぐ隣で一人の美しい黒髪の女性が

私を見下ろしていることに気付く。


黒いローブに身を包み、

目深に被ったとんがり帽子の奥には

碧く輝く二つの瞳が見えた。その女性は

自分は魔女だと言い、身体が治ったら

すぐにここを出て行くようにと忠告した。


この場所はどこかと尋ねても

魔女は何も答えることなく、ただ私のことを

じっと見つめるだけだった。


私がそこに運び込まれて

二日と経ってはいないだろうが、

驚いたことに脇腹の矢傷は

もうほとんどふさがっており、

全身を襲っていた気怠さも嘘のように

なくなっていた。


目が覚めてからそこで過ごした時間は

ほんの半日程度だっただろう。

その間私からいくつかの質問をしたのだが、

彼女はそのほとんどに答えてはくれなかった。


ただ、私の傷ついた防具を見て

『私は戦争が嫌いだ』と

悲しそうに話していたのが印象的だった。


出て行く朝に恵んでもらった

ガーリックとミルクのスープは、

私が生涯食べてきたどの食事よりも

絶品だったのだが、今ではすっかり

その味を思い出すことが出来ない。


あの名も知らぬ魔女は今も

どこかの森の中に住み続けているのだろうか。

その後私は幾度もあの場所を探してみたのだが

再び彼女と出会うことは出来なかった。


読んでいて手が震えてくるほどに

私は興奮していた。

それがサイレントフォレストでの

自身の体験と瓜二つだったのだから。


しかしルビーランドの戦いは

今から百年以上前の出来事だ。

古い地層から美しいルビーが

採掘されることからその名が付いた、

ここから遥か東に位置する大陸。


私が滝から落ちて流れ着いた場所とは

離れすぎている。クロエやドロシーのような

森に住む魔女が他にも居るのだろうか?

それにしては余りにも状況が似すぎていた。


碧く輝く二つの瞳という記述も……

猫の姿ではあったが、どうしても

ドロシーのことを思い出してしまう。


冒険記には更に続きがあった。


あの森には各地を旅した私ですら

見たことのない不思議な生態系が

出来上がっていた。


その中心には質素な家に暮らし、

必要な分だけの命を拝受し、

日々祈りを捧げるあの魔女の姿がある。


人々が愚かな争いを続ける横で彼女は一人

別の時間の中で生きているようだ。


いつかもしあの場所に辿り着けた者が

居たのなら、ぜひ彼女に伝えて欲しい。

貴女の誇り高き生き様はこの冒険者リカルドが

生涯をかけて語り継いでゆくと。


私は何だか胸がいっぱいになり、

閉じた本を抱きかかえた。クロエやドロシーに

もう一度出会えた気がして、本当に嬉しかった。


その魔女が彼女たちと関係しているかはわからない。

でもきっとあの出会いには意味があった。

たとえ何年掛かったとしても私はもう一度

彼女たちに会わなければ。

そんな想いが再びあふれ出す。


「アルマ! お昼だって!

 カミラが呼んでるよ」


メロディの声にハッと我に返る。

分厚い『リカルド冒険記』を

そっとベッドの上に置き、

急いで一階へ続く階段を下りた。

メロディは既にテーブルに着いており、

行儀よく背筋を伸ばして私を待っていた。


皿の上には大きな何かの肉の

ローストが一つずつ乗っており、

ローズマリーと粒胡椒の上から

茶色いソースがかかっている。


「これどうしたの!?」

「栄養を付けないとと思ってね。

 朝採ってきたんだ」

「採ってきた?」

「野兎だよ。甘みがあって柔らかい。

 元気が出るよ」


その香しい匂いに思わずお腹が鳴る。

バイコーンの一件から

ろくに食べていなかったせいで、

身体が即座に反応しているようだ。

メロディの隣に座って皿の上を眺める。


しかしそのまま齧り付きたい衝動の前に

リカルド冒険記の一節を思い出した。


「待って。カミラ、お願いがあるの」

「なに?」

「食べる前にお祈りをさせて欲しい……です」

「……」


カミラは一瞬呆れたような表情をしたが、

小さく二回首を縦に振った。

私は両掌を組み、目を瞑る。


「母なる自然よ。今日も恵みをお与えいただき、

 感謝します」


あのときの言葉がスラスラと出てきた。

カミラは一緒に祈りはしなかったが、

メロディは見様見真似で私と同じように

祈りを捧げてくれたようだ。


祈りが終わると同時に

私たちは待ってましたとばかりに

ロースト肉に齧り付いた。


新鮮な肉はハーブの香りも相まって

臭みが一切なく、肉質も柔らかい。

そして何よりもソース、これが相性抜群だった。


「ねぇカミラ、このソースは何?」

「それはグレイビーソース。肉汁をベースに

 玉ねぎと赤ワインを煮込んだものだよ」

「私、これならいくらでも飲めるわ!」


メロディが嬉しそうにローストを食べる姿を

カミラは柔らかい表情で眺めていた。

いつもはほとんど会話のない食事風景が

今日はまるで違う。


普通なら違和感があるのかもしれない。

でも私たちはあの村での経験を通じて

心の繋がりを感じることが出来た。

だからこそなんだかこの光景が

ごく自然なことのように思えて仕方がない。


私は一口一口を噛みしめるように、

今無事に生きていることに感謝した。

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