第18話:事の顛末
私が気を失うと、メロディもそのまま
気を失ったらしい。カミラはとにかく
医者に見せるため、近くの家のドアを
強くノックしたが、誰も出てこないことに
腹を立て、勢いよく蹴破った。
そこにいた初老の住人は
ドア越しに聞き耳を立てていたようで、
強烈な蹴りと一緒に室内へ倒れ込んだそうだ。
医者まで案内しろというカミラの命令に
「まだバイコーンが死んでいない!」と
反論したそうだが、
「バイコーンと同じ目に会いたいか」
という脅しにあっさり屈して、
医者の居る家を案内した。
バイコーンはその間も
地面に寝そべったまま、
襲って来る様子はない。
医者の家は真向かいにあり、
一部始終を見ていた医者は
蹴破られてはたまらないと
自らドアを開けた。
医者はまずメロディの触診をしたが
驚いたのは「内臓も骨もまったく問題ない」
という返事だったそうだ。
実際にそのときのメロディの顔色は
吹っ飛ばされた直後の真っ青なものとは異なり、
血色も良かったとのこと。
続けて私も診てもらったが、こちらも
まったく問題ないと言われた。
半信半疑ではあったが、
医師の困惑した表情を見て
とても嘘には見えなかったという。
その後私たちは安静にできるよう
集会所に運ばれた。その間に
バイコーンの様子を見に行くと、
まだ同じ場所に横たわったままで
じっとカミラを見つめていた。
近付いても逃げたり暴れたりする
素振りはなく、思った以上に
穏やかだったそうだ。
カミラは杖を構えたが、
バイコーンの真っ直ぐな瞳からは
悪意を感じず、どうしてもとどめを
刺す気にはなれなかったという。
「もうここへ来てはいけない」と
静かに諭すと、バイコーンはしばらく
カミラを見つめた後にゆっくりと
立ち上がって、森の奥へ消えて行った。
その姿を見届けるとようやく人々が
家々から姿を現し、近付いてきた。
「ありがとう! あなたのお陰で
村は救われました!」
「あなたは私たちの救世主だ!」
口々に出てくる無責任な賞賛の声に
嫌気がさしたカミラは、村の代表者を
呼びつけた。
そこに現れたのは例の村長の娘。
早速ジャムを銀貨十枚で買うと
言ってきたが、カミラは納得しなかった。
「ダメだね。あんたらはいい年して
子どもを危険な目に合わせたんだ。
銀貨十枚じゃ割に合わない。
一瓶金貨二枚、合わせて金貨四枚だ」
それを聞いて相手は少し渋ったものの、
結局承諾し金貨4枚を支払った。
「バイコーンがこんな場所まで来るのは
普通じゃない。何か心当たりが
あるんじゃないか?」
カミラはそう問い質したが
身に覚えはないという。しかし
村長の姿が一向に見えないため
どこにいるのか尋ねたところ、
数日前から行方不明なのだそうだ。
バイコーンが現れ始めたのも
村長が姿を消した後からだという。
結局真相は分からなかったが、
ひとまず私たちはバイコーンと対峙して
無事に生き延びることが出来た。
カミラの助けがなければひょっとしたら
命も危うかったかもしれない。
「アルマ……」
カミラはひとしきり伝え終えた後、
真剣な表情で私に語り掛けた。
「あんたが使ったのは確かに魔法だった。
今までにもあんな経験はあったかい?」
私は首を横に振る。
「そうか……。おそらくだがあれは
私の妹が扱うドレインとは真逆の魔法だ」
「真逆の魔法?」
「ドレインは動植物から生気を吸い取る魔法だ。
奪って力に変えるだけ。確かに強い魔法だが、
私は戦うことしか能のない連中の
野蛮な魔法だと思ってる。でもあんたのは違う。
自分の力を与える魔法……いや、“吸わせる魔法”
と言った方が近いかもしれない」
私はカミラの言っていることが
よくわからなかった。
「私もあれと一緒に育ったからよく知ってる。
ドレインは生気を吸い取る工程と
自身のマナに還元する工程の二つを経て
完成する魔法だ。アルマ、あんたにはその
還元する工程だけが残ってしまった。
だから魔法使い相手には自身の生気を
“吸われてしまう”。それが結果として
メロディを救ったんだと私は思う」
つまりあれは私が何かを唱えたのではなく
メロディが私の生気を吸い取った……
ということのようだ。
ひょっとしたら私にも魔法が使えたのかと
ほんの少し期待したのだが、
思い過ごしだったらしい。
私の表情からカミラは何かを悟った様子で
優しく頭を撫でてくれた。
「いいかい? 魔法ってのはマナだったり
生気だったり……何かを奪ったり、使ったりして
生み出されるものさ。でもアルマのは違う。
とても優しくて尊い魔法だよ。良かったね」
“良かったね”
その一言を聞いたとき、ずっと抱えていた
胸の中の重荷が少し軽くなった気がした。
「カミラさんは……」
「カミラでいいよ。敬語もやめていい」
「……カミラは魔女じゃないの?
お母さんと姉妹なんでしょ?」
「私は連れ子だったから片親が違うんだ。
アルマと同じだよ」
魔女でないことには薄々気付いていたが、
カミラも私と同じように“半分だけ”だったようだ。
「今日はここに泊まると言いたいところだが、
また魔物が来る心配もある。
メロディが目覚めたら家へ帰るよ。
それまで横になっていなさい」
私が頷くとカミラは隣へ移動し、
眠っているメロディの額を優しく撫でた。
再び仰向けに寝転ぶと、囲炉裏から立ち上る
煙の筋がゆっくりと集会所の高い天井へ
吸い込まれていくのが見える。
もう決別したと思っていた魔法の世界と
身体の中に流れるあの忌々しい魔女の血……
それが思いもよらない形で再び私の前に
現れることになるとは。
メロディを救えたことは嬉しい。
でもその感情だけでは整理できない
戸惑いがあったことも事実だ。
とにかく……もう考えるのはよそう。
今日は大変な一日だった。それなのに
「早く帰って洗濯しないと」なんて
真っ先に考えている自分は、
すっかりあの家での生活に
染まってしまったようだ。




