第17話:母親
メロディは苦しそうな表情で
その場に仰向けに倒れたまま、
小さく呻いている。
「メロディ! 大丈夫!?」
「痛い……」
その両目からは大粒の涙が
ポロポロと零れていた。
突進をまともに受けたうえ、
かなりの高さから地面に打ち付けられたのだ。
出血はないようだがとても無事とは言えない。
骨や内臓も心配だ。
私は何も出来ずメロディの手を握った。
バイコーンはすぐ近くから私を狙っている。
一巻の終わり……そう思ったとき、
何かがバイコーンの身体を横から突き飛ばした。
それは二メートル近くある長く太い樫の杖。
見たことのない不思議な文様が
隅々まで彫られており、
くるりと円を描くように丸まった先端には
鳥の頭を模した銀細工が施されていた。
バイコーンの視線がこちらから逸れ、
自分を攻撃した何者かに向かう。
そこに立っていたのは長い髪を後ろで結い、
服の袖をたくし上げたカミラだった。
家事の途中で出てきたような軽装に
似つかわしくない仰々しい杖を構え、
戦闘態勢を取っている。
「随分遅いと思ったら
こんなことになってるなんて。
メロディの様子は?」
「出血はないけどとても苦しそう。
骨が折れてるかも……」
カミラは杖を強く握り直した。
「よくも私の娘に!」
次の瞬間、先ほどよりも鋭い突きが
バイコーンの額に命中する。
続けて三発の連撃を受け、怯んだ隙に
カミラは巨大な杖を振りまわし、
遠心力を使って渾身の一撃を放った。
骨が砕けるような激しい音と同時に
バイコーンの強烈な叫び声が周囲にこだまする。
しかし次の瞬間、頭を激しく振りながら
カミラに向かって突進した。
近距離からの強大な一撃。
しかしその攻撃は杖の絶妙な
コントロールによっていなされ、
行き場を失った力は村の外周を塞ぐ
太い木の幹に激しく打ち付けられた。
ミシミシと嫌な音が鳴る。
カミラは止まることなく、バイコーンの背後から
何発もの打撃を浴びせた。
風切り音を轟かせながら巨大な杖が
縦横無尽に動き回る様がまるで
踊りのように見え、こんな状況にも関わらず
私の胸は高鳴った。
バイコーンはたまらずカミラから
距離を取り、少し考えるように
立ち止まっていたが、やがて力なく
その場に座り込んだ。
カミラはその姿を見届けた後、
一目散にこちらへやってきた。
「メロディ!」
メロディの隣に屈むと慣れた手つきで
呼吸や脈を確認してから、お腹や背中を
指先で軽く押す。
「うっ!!」
声にならない叫びをあげるメロディを見て
カミラは真剣な表情を浮かべた。
「だれか! この村に医者はいない!?
娘が大変なんです!」
シンと静まり返った村の一角で、
その声は確実に村人に聞こえているはずだ。
ただ、反応して家の中から出てくる人物は
一人もいない。おそらくまだバイコーンを
恐れているのだろう。
「子どもがバイコーンと戦って
怪我をしたんだぞ! 助けろよ!」
カミラの怒号が飛ぶ。私はとにかく
メロディの手を握り、天に祈った。
私を庇ってバイコーンの前に出たメロディ……
どうか、どうか無事で……
「アルマ? それは……」
ずっと目をつむっていた私に
カミラが話しかける。目を開けると
私とメロディを繋ぐ手と手が
薄っすら輝いているように見えた。
これが一体何かはわからないが
先ほどよりもメロディの苦しそうな表情が
少し和らいでいる気がする。
私は直感的にその手で
メロディのお腹の辺りをさすった。
自分自身の中にある何かが
彼女の身体に流れ込んでいくような
不思議な感覚が続く。
「温かい……」
メロディがそう呟き、目を瞑ったまま
私の手の上に自分の手を重ねた。
ああ、きっとこれでメロディは大丈夫。
何だかわからないけれどそんな気がして
私はホッと胸を撫でおろした。
それと同時に段々と意識が遠のき、
そのまま気を失ってしまったようだ。
◇
次に気が付いたとき、私は知らない家の
床の上に横たわっていた。背には分厚い毛皮が
敷かれている。煙の匂いとパチパチという音に
横を向くと、部屋の中央にある囲炉裏で
煌々と炎が燃え上がっていた。
外はすっかり暗くなっており、
月明かりが地面のレンガに
青白い光を落としている。
ここは私たちが村長の娘と出会った
あの集会所のようだ。
頭には濡れた布巾が乗っており、
ひんやりと気持ちが良い。
ゆっくり上半身を起こすと
僅かに頭痛が残っている。
「アルマ!」
物音に気付いたのか、
カミラが建物の奥から
私のもとまで飛んできた。
「意識が戻ったの?」
私の頬や額に触れながら
体温を確認しているようだ。
「私は……あ! メロディは?」
「メロディなら大丈夫よ」
カミラが後ろに目配せしたため、
振りむいてみると、私のすぐ隣に
もう一つ毛皮が敷かれ、その上で
心地良さそうに寝息を立てている
メロディが居た。
「良かった……」
「アルマ、気分はどう?」
「少し頭が痛いけど……大丈夫です」
「そう……」
カミラはそっと私の背中に手を回し
優しく抱き寄せた。
驚いて思わず身体が硬直する。
「このまま目が覚めなかったら
どうしようかと思った……」
カミラの大きな手が私の頭を優しく撫でる。
私は少し戸惑いながらもその逞しい身体に
寄りかかった。
普段こんなに近くに寄ったことがないため
気が付かなかったが、カミラの匂いは
お母さんの匂いとよく似ていた。
私はそのままバレない様に声を殺して泣いた。
カミラはきっと気付いていたのだろう。
身体を更にぐっと近づけるようにして、
ポンポンと背中を叩いてくれた。
早くサイレントフォレストへ行きたい。
そのことばかり考えていたのは
クロエやドロシーに会いたい想いが
募っていたからだ。
でもそれ以上に
「この人もいつか私を捨てるのだろう」
という不安が大きかった。
あんなに冷たくされ、突き放されたら
誰だってそう思う。
でも実際カミラはメロディや私を
大切な存在として想ってくれていたようだった。
しばらく抱き合って泣いた後、
少し落ち着いてから
私は気になっていたことを聞いてみた。
「私が気を失った後、どうなったんですか?」
カミラは長い溜息をついた後、
事の顛末を一つずつ説明してくれた。




