第14話:カミラの指令
あれから一ヶ月、私とメロディは
とにかく家事に勤しんだ。
庭の草むしり、服の洗濯、食器洗い、
水汲み、ベリージャムの材料集め、
ジャムづくり、家の掃除……
食事以外のほとんどの時間を
家事に支配され、私たちは機械のように
同じ作業を繰り返した。
一番つらかったのは最初の一週間で、
全身が常に悲鳴を上げている状態だった。
夜になれば泥のように眠るので
せっかく買ってもらった本もろくに
読むことなく、もはや少しシャレた
インテリアの一部と化していた。
でも丁度二週間を過ぎたぐらいから
なんとなく身体に変化が起き始める。
細かった腕には多少の張りが出て、
家事の最中に息切れすることも
少なくなっていった。
メロディの方はといえば
もともとカミラのもとに居ただけあって、
私より随分慣れたものだった。
余裕がある状態だとよく私に
話しかけてきたため、最初のうちは
それが堪らなく鬱陶しかった。
「ねぇ! サイレントフォレストって
中はどうなってるの?」
「今疲れてるから……」
「もう、あんたホントに体力ないのね。
終の魔女のこと教えるって言ったくせに!」
「……」
怒るのも疲れるぐらいだったので
ほとんど無視のような状態だったが、
今思えばちょっとだけ可哀想だったかも。
それが今では作業をしながらでも
彼女と普通に会話が出来るまでに
なったのだから驚きだ。
この急激な成長はこの家が建つ場所も
関係しているように思う。
高い丘の上の薄い空気の中で
動き続けたことで、気付かないうちに
身体が環境の変化に順応してきているようだ。
そんなある日、私たちはカミラから
新しい依頼を受けることになった。
「そろそろあんたたちにも
金を稼いでもらうよ」
その言葉と共にテーブルの上に置かれたのは
ベリージャムの大瓶二つだった。
「これを一人ひとつ、売ってきな。
値段は銀貨5枚だ」
簡単に言うが、それはカミラが先日
城下町に卸してきた一瓶の半分ぐらいの量で、
4リットル~5リットルは入っているだろう。
とても家庭で使いきれるような代物ではない。
「売るってどこで?」
「表から坂を下って行けば小さな村がある。
そこに売り込むんだ」
そもそも誰かに物を売った経験なんてない。
私とメロディは顔を見合わせた。
「どうやって売るの?」
「それはあんたたちが考えるんだ。
売れるまで帰って来るんじゃないよ」
背を向けてキッチンに向かうカミラを
無言で見つめながら、ひとまず瓶を
抱えてみる。ひんやりと冷たくて重い。
そばには植物の蔓で編まれた
目の粗い籠が二つ並んでいた。
これに瓶を入れて、
持っていけということだろうか。
「早く行かないと日が暮れるよ。
夜になったら帰って来るのも一苦労だね」
急かすようなカミラの言葉に
私たちは不満を抱えながらも、
黙って準備をするしかなかった。
二人で家を出発するときも
カミラは見送ることすらなく、
かまどの大鍋でジャムを
じっくり煮詰め続けていた。
「なにあれ! 信じらんない!
こんなジャム割ってやろうかしら」
メロディは道中でカミラの態度に憤慨し、
道端の石を乱暴に蹴っ飛ばしていた。
「ねぇ、カミラって昔からああなの?」
「そう! 突然一方的に用事を押し付けて
自分は知らんぷり。ホントに腹立つ!」
重い瓶が入った籠はズシリと重く、
バランスを取るのが難しかった。
ようやく坂を下り終えると、道の両脇に
高い木々が並び始め、日の光を適度に遮断し始める。
「メロディはどうしてカミラと一緒に居るの?」
私が聞くとメロディは面倒そうに唸ったが、
足音がこだまする静かな森の空気に負けたのか
ポツポツと話し始めた。
「私は……養子としてカミラに貰われたの。
といっても期間限定だけど」
「それってどういうこと?」
「私は孤児院で育ったの。親は知らない。
晴れた日に孤児院の入口に置かれてたんだって」
驚いた。
私はこれまで、メロディのことを
てっきりどこかの高飛車なお嬢様かと
思っていたが、彼女は私以上に
孤独と近い存在だったようだ。
「5歳になった頃かな? 魔法が使えることが
わかって、結構有名になったのよ。
色んな人が私を養子にしたいってやってきた」
メロディの話しぶりは自慢げだったが
どこか寂しそうにも見えた。
「どいつもこいつも、私の魔法目当てだった。
中にはすっごいお金持ちだって居たわ!
でも私が例の呪いに掛かってるってわかると、
途端に顔色を変えて“やっぱりやめる”
なんて言ってさ」
メロディは籠を持ち直しながら話を続けた。
「何回か家を転々として……結局孤児院に戻ってね。
養子なんてこっちから願い下げって思って、
しばらくは来る人来る人に嫌がらせした。
そのせいで孤児院の評判も悪くなっちゃって
すっごく怒られたわ」
ジャムの重みが段々と両腕に堪えてきたが、
そんなことよりも私は彼女の話に興味津々だった。
「そんなときにカミラが来たの。
誰でもいいから家事の人手が欲しいって。
私は孤児院の厄介者だったから、
院長に無理やり引き合わされてさ」
「嫌じゃなかったの?」
「嫌に決まってるでしょ! 家事なんて
ごめんだし、何より恐そうだったし……。
でもカミラは“あんたで良い”って
スグに決めちゃったの」
「魔法について何も言われなかった?」
「逆よ。どうせ私の魔法が狙いなんでしょ?
って言ったら“そんなもの興味ない”ってさ!
まず体力を見たいってその日に
孤児院の庭を走らされて……」
メロディには悪いが私は思わず笑ってしまった。
「笑い事じゃないわよ! 汗だくになりながら
走ったら“まぁこんなもんか”って
ちょっと不満げな顔して!」
口では怒っていたが、その表情は
なんだか晴れやかだった。
「でも……カミラは私のことを
普通の子どもとして扱ってくれた。
だからちょっと安心したんだ。
あんなだけど感謝はしてる」
「そういえば最初に出会ったときは
居候とか言ってたけど……」
「当たり前でしょ! あんな辛気臭い家、
ずっと居る気なんかないわ!
だからあくまで住む場所が見つかるまでの
“居候”ってことで了承したんだから」
「ふうん……」
私にとってただ恐怖の存在だったカミラ。
しかしメロディの話を聞いていると
その印象が少し違って見えてきた。




