第13話:キャラバンの光
水色の上に茜色を塗り進めるようにして
雲が早く流れては去っていく。
頬に当たる風が汗を冷やし、
体温を僅かに下げてくれた。
後ろから聞こえるバタンという音で
カミラが先に家の中へ
入って行ったことが分かった。
それから少ししてメロディが私に話しかける。
「あんたは魔法が使えないのよね?」
「うん」
「どうして? 魔女じゃないの?」
「……」
私は何も答えられなかった。
「まぁいいわ。私も同じようなものだから」
「同じようなもの?」
「私は呪われているの。
マナを吸収できない体質なんだ」
魔法使いは外界に無数に存在する
“マナ”と呼ばれる魔力の源を集め、
魔法を唱える依り代として扱う。
マナは生き物ではなく、永続的に
空気中を漂う酸素のようなもの。
魔法使いはこのマナを
酸素とは別に体内に蓄え、
循環させられる存在だ。
このマナに意志が宿った存在が
“オド”だと言われている。
「そんな呪い、私は聞いたことないよ」
「……そう。そうだよね」
メロディは私の返事に少し落胆した様子で、
力のない声を返した。
「でも私と出会ったとき、魔法を使ってた」
「当たり前でしょ。魔女は体内で
マナを生成できるんだから、
ちょっとぐらいは使えるよ」
確かに魔法使いは外界からマナを
吸収できるだけでなく、自身の体内でも
僅かにマナを生成できると聞く。
ただ、それはあくまで補助的な能力であり
実際に魔導書すら開けない量だとすれば……
「ねぇメロディ。あのときはありがとう。
あの魔法がなかったら私、熊に
食べられちゃってたかも」
「急になによ?」
「だって魔力が少ないのに……
頑張ってやってくれたんでしょう?」
私はただお礼を言いたかったのだが
メロディは少しムッとした様子で
上半身を起こした。
「はぁ!? あれぐらい簡単よ!
失礼な奴ね!」
「そっか、なら良かった。
私は魔力とかよくわからないから」
「……」
メロディは居心地悪そうに立ち上がって
家の裏に向かったかと思うと、
スグに元の場所に戻ってきた。
手には愛用の杖が握られている。
「見てなさいよ」
メロディが杖の先端に
埋め込まれた宝石を撫でた後に
勢いよく振りかざす。
あのときと同じように
真っ白に煌く閃光が飛び出し、
遠くにあった小さめの岩めがけて炸裂した。
鈴を落としたような高く細かな音が
辺りに響き渡る。
七色の光が白煙を残しながら
空気に溶けて消えた。岩の表面には
僅かな焦げ跡が確認できる。
「もう一回……」
メロディが再び杖を振りかざそうとした瞬間
ドアが勢いよく開かれ、カミラの怒号が
響いた。
「うるさい! いい加減にしな!
もう休憩は終わりだよ!
さっさと荷物を家に運ぶんだ!」
驚いて飛び起きた私と
腕を上げたまま真っ青になっているメロディ。
静寂の中、乾いた風が
二人の間を通り過ぎていった。
◇
押し車から肉や野菜、パンを降ろし
すべてをキッチン周辺に運び終えると
両腕はもうパンパンだった。
カミラが用意してくれた
夕飯を食べるため椅子に座る。
脱力した全身がそのまま椅子の中まで
沈み込んでしまいそうな感覚だ。
その日の夕飯は買ってきた食材ではなく
作り置きの粥とポタージュ、茹でたポテト、
そしていつものベリージャム。
初日の食事と比べると質素だったが
たくさん掻いた汗と疲労のせいか、
塩が振られただけのポテトが
とてつもなく美味しく感じた。
夕飯後に私とメロディは休むことなく
三人分の食器と洗濯物を川で洗い、
裏庭に干した。
ろくに動かない両腕で行う
これらの作業は本当に大変で、
通常の二倍~三倍は時間が掛かっただろう。
終わる頃にはすっかり空も黒くなっていた。
空になったバスケットを片付けて
家に戻ろうとすると、
メロディが少し離れた場所から
手招きしていることに気付く。
側に寄って指さす先に目をやると
城下町に灯る明かりが見えた。
「耳を澄ましてみて!」
メロディに言われるがままに
息を殺して音に集中すると
ビオラやアコーディオン、
打楽器が奏でる異国の音楽が
わずかに届いてきた。
森の奥で瞬くオレンジの光。
音楽の盛り上がりに合わせて僅かに揺らめき、
夜の闇を翻弄している。
「凄い!」
私は喜びでその場に小さく飛び跳ねた。
あの町の中心でキャラバンを見られなかったのは
残念だったが、眼下の光の瞬きはとても幻想的で
まるで絵本の見開きページを
眺めているような不思議な感覚だった。
私たちは城下町が良く見える場所に
並んで座って、静かにその光景を眺めた。
「ねぇ、貰ったパンを食べない?」
「でもパンはさっきキッチンに……」
メロディはいたずらっぽく笑いながら
井戸の裏へ行き、二つのパンを手に持って
戻ってきた。
「隠しておいたの?」
「だって美味しいうちに食べたいじゃない!」
メロディはポンと一つを投げて渡すと
私の隣にドカッと座った。
「感謝しなさいよ」
「うん、ありがとう!」
ひと仕事終えた後で丁度小腹が
空き始めていたところだ。
大きなスーシュカにかぶりつくと
真っ赤なベリーシロップがとろりと溢れ、
まさに至福の味だった。
私たちはパンを片手に
そのまま少しの間ショーの様子を眺めていたが、
カミラに気付かれればまた怒られそうなので
パンを食べ終わったタイミングで
早々に退散した。
僅かな時間だったし、
交わした言葉もそれほど多くはない。
でもそのときの私とメロディは、
何年も一緒に過ごしてきた親友のように思えた。
目まぐるしく過ぎていった城下町での一日。
サイレントフォレストで過ごした時間と
同じように、私はきっとこの大切な日を
忘れることはないだろう。




