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1話

 七月の終わり。午後、今日の最後の授業。

窓から差し込む日差しが、容赦なく床を焼いている。制服のシャツが汗で背中にこびりついていて鬱陶しい。首筋から、汗が流れ落ちる。

授業中だと言うのに、話を聞いているような生徒は一人も見当たらなかった。かという俺自身も、全く聞いていない。

授業を聞くのも面倒で、窓の外を眺めた。澄んだ青い空。白い入道雲。夏の景色が、どこまでも続いているように感じた。

その奥に、何かある気がした。見えない。感じない。それでも確かに…何かが、ある。

少しだけ、空気が重くなったような気がした。


 「黒瀬!!」

教師が突然自分の名前を叫んだ。慌てて返事をしようとしたら、ちょうどよくチャイムが鳴り響いた。

暑さによる汗と、冷や汗が入り混じって気持ちの悪い感触となる。

号令が終わると、クラスの友人たちがが笑い混じりながら話しかけてきた。

「何黄昏れてんだよ龍斗。授業聞けや」

「ぼーっとしてた。」

「アホか」

そうしたたわいのない会話をしながら、帰りの準備を進める。


 放課後。

部活も入ってないし、特に用事もないので帰ることにする。

アスファルトを照らす日光の下を、暑さでどうにかなりそうになりながら歩く。

俺の家は、周りのビルでできた影の中で、壁が黒光りしていた。

ただいま…と、心の中でつぶやく。()()からもうどれくらい経っただろう。返事のない部屋に、まだ言葉を投げかけてしまう。

重いリュックを下ろし、着替えもせずにベッドの上に横たわった。


 今日は一段と暑い日だな。そう考えていると、学校で感じた違和感が全身の、家の空気全体を、包み込んだ。

蝉の声が…止まった。エアコンをつけていないのに、空気が一気に冷える。うるさいほどの静寂が、耳を圧迫する

なんなんだ。

慌ててベットから起き上がりスマホを開いた矢先、画面上の圏外というふた文字が目に飛び込んできた。

こんな異常事態なのに、なぜか俺は恐怖を感じていないどころか、好奇心に溢れかえっていた。

そうしていると、インターホンの音が静寂を破った。普段ならば何の変哲もないインターホンの音。

しかし、この状況も相まってインターホンの無機質なピッチの合っていない機械音が、異様なほど不気味に感じられた。

外を覗くと、ただの大人の男の人だった。杞憂だったかもしれない。玄関に向かうと、男の人が口を開く。

「黒瀬龍斗さんですね」

「はい」

「選ばれました。」

バキッ!!!

鍵のかかったドアが、まるで紙のように弾け飛んだ。

男が、玄関に立っている。

ありえない。人間の力じゃ…いや、そんなこと考えている場合じゃない。

「さあ、我々のところへ来てください。」

意味のわからない。我々?何を言っているんだ。

逃げようともしたが、玄関の前に男が突っ立ってるんだから逃げれるわけもないか。

「抵抗の意思が見えるようでしたら、気絶して持っていきますよ」

なるほどね。要するに俺、結構ピンチな状況ってこと?

警察呼んだら普通に暴力振るわれそうだし、詰んだ。

「返事がないようですので、力づくで連れさせていただきますね。」

ズッ。

鈍い音。腹部が、燃えるように熱い。男が、俺の腹にナイフを刺している。目のピントが合わない。死を感じたが、ある違和感によってそれはかき消された。

痛みを感じない。ならば、この腹の奥で燃えるような熱はなんだ?

視界の端が、黒く染まっていく。

息が荒くなるどころか妙に落ち着いている。

何が起こっているのかはわからない。

でも、この感覚は、俺を感じたことのない気持ちにさせる。

ずっと、どこかで待っていた感覚。

刹那、男が俺の腹に突き刺さっているナイフを手放し、慌てたように数歩後ろに下がった。

いつの間にか、ナイフが地面に転がっている。血が流れるはずの傷口から、黒い液体と煙が混ざったようなものが滲み出していた。それが俺を、覆い尽くしていく。

それが視界を遮った先にある男の顔に浮かんでいたのは、初めて見る種類の感情だった。

黒い何かが俺に纏わりついていく。全身にそれが張り付くと、弾け飛んで消えていった。

痛みはない。呼吸が軽い。視界が、澄んでいる。

新しい自分に生まれ変わった気がした。

玄関の曇ったガラスに自分が映っている。

黒く艶のあった髪に、白い筋が走っている。顔には、見たこともない黒い模様が浮かび上がっていた。見慣れている顔のはずなのに、少し遠い。

…俺なのか?

「素晴らしい!!なんというポテンシャル!!!」

男が狂ったように叫ぶ。うるせえ。頭が、割れそうだ。

「俺を、どこに連れて行くつもりだ」

「その目的はもう終わりました!!まずは本部に戻って報告をすることにしましょう!!」

さっきと比べて変に高いテンションなので、気が狂う。

そしてなんか逃げようとしている。

驚くことに、男は一っ飛びで建物の2階程の高さまで飛び上がった。

逃がすかよ。あの男があんだけできるなら、俺もできるはず。

足に力を入れて飛び上がった瞬間、すでに俺は男の足を掴んでいた。

「なっ?!」

バカヤロー、こっちもおんなじこと思ってるわ。いきなりできるとは思わなかった。

男を地面に叩きつける。アスファルトがひび割れる。

アスファルト破壊するって。嘘だろ…、どんな馬鹿力だよ。

「馬鹿な…ここまで早いはずがない」

男が何か言っているが…それどころじゃない。着地……ミスる!

ドン!!!!!

見事に頭から突っ込んだ。結構痛い。でもよくこれで済んだな。

「フフ…ハハハハ」

「なに笑ってんだよ気持ち悪ぃ」

「忠告しておこう…黒瀬龍斗、貴様は''認識された''。一線を越えたな。もう後戻りはできないぞ」

何か意味ありげにつぶやいた瞬間、男の首筋に黒い模様が浮かぶ。

「待て、どういう意味だ!!!!!」

俺が言い終わる前に、男の体が内側から崩れ落ちた。砂のように、粒子となって。

風は吹いていない。なのに、灰色の粒が宙に散る。

夏の夕方なのに、蝉の音が全く聞こえなかった。

静寂に包まれた世界で、俺の鼓動だけがやけに大きく響いていた。



「対象:黒瀬龍斗。覚醒を確認。」






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