第12話 希望は集う
俺とアイリーンさんは、ダンジョン統括省が手配した専用航空機で、スタンピードの発生現場へ向かっていた。
空港を無事に離陸し、アイリーンさんと並んで座席に腰を下ろしていた。
少なくとも、その時までは何も問題はなかった。
ところが、離陸してから間もなく、突然、機内に紫色の光が迸った。
「え?」
俺が声を漏らした直後だった。
いつの間にか、俺たちの目の前に一人の女性が立っていた。
いや、自分でも何を言っているのかわからない。
さっきまで誰もいなかった場所に、いきなり綺麗な女性が現れたのだ。
当然、俺たちだけじゃない。
機内にいた関係者全員が、一斉にその女性へ視線を向ける。
「な、何だ!?」
「いつの間に……!?」
機内が一気に騒然とする。
そんな中、その女性は慌てる様子もなく、ゆっくりと口を開いた。
「はじめまして……突然のご無礼、申し訳ございません。私はリゼルと申します。あなた方の言葉で『紫光』と呼ばれている光を司る者です」
「…………」
何だ、それ。
落ち着いた口調で説明されているせいで、一瞬だけ理解できそうな気がした。
だが、よく考えてみれば全然理解できない。
『紫光』を司る?
つまり、今まで何度も俺たちが目撃してきた、あの謎の現象を起こしていた張本人ってことか?
俺だけじゃない。
隣に座っていたアイリーンさんも、近くにいたかすみさんも、口を開いたまま固まっている。
当然だ、いきなり目の前に現れて、自分は『紫光』を司る者です、なんて言われてすぐ納得できる人間がいたら、そっちの方が凄い。
機内には、数秒ほど何とも言えない沈黙が流れた。
誰も次に何を言えばいいのかわからない。
俺も、この気まずい空気をどうにかしようと必死に頭を働かせていた。
だが、その沈黙を破ったのは俺ではなかった。
「ということは、これまで私たちが目撃してきた『紫光』という現象は、全てあなたが引き起こしていたということでしょうか?」
アイリーンさんだった。
さすがだ。
俺ならもう少しフリーズしていたと思う。
あの状況から、わずか数秒で冷静な質問を投げられるあたりは、やはりただ者ではない。
さすがは俺の相棒だ。
……なんて感心している場合じゃない。
いや、マジで。
「はい。これまであなた方の世界で発生してきた『紫光』と呼ばれる現象は、全て私が引き起こしてきたものに相違ありません」
「……それは、一体何が目的なの?」
続いて、かすみさんもようやく我に返ったらしい。
「それに、あなたは一体何者なのかしら?」
鋭い質問だった。
リゼルさんは一瞬だけ視線を伏せると、静かに答える。
「目的については……私に課せられた使命、としか申し上げられません。私自身についても、今はまだ明かすことができません」
「かなり抽象的な答えね。それで、こちらが納得できるとでも?」
「申し訳ありません。今は、それで納得していただくしかありません」
リゼルさんは申し訳なさそうにしながらも、決して口を濁しているわけではなかった。
「ですが、いつの日か必ず全てを明らかにするつもりです。それに……今は時間がありません」
「時間?」
かすみさんが反応する。
「それは、スタンピードのこと?」
「はい」
リゼルさんは迷うことなく頷いた。
「すでに『統率者』である『修羅皇・大凶丸』が地上へ出現しています。私の仲間が現地へ向かいましたが、現地の冒険者だけでは抑えきれない可能性が高いでしょう」
その言葉を聞いた瞬間、機内の空気が変わった。
「一刻も早く、さらなる戦力を現地へ送り込まなければなりません」
「なるほど……」
かすみさんが頷く。
「それが、あなたがここへ現れた目的というわけね」
どうやらそういうことらしい。
スタンピードを止めるために、リゼルさんは俺たちのところへやって来た。
そこまでは理解できる。
ただ――俺の中に、一つの嫌な予感が浮かんできた。
戦力の確保が目的、そして、今ここにいる俺たち。
まさか……
「というわけで、アイリーン・スカーレットさんと草薙ハヤトさんには、私の力で今すぐ現地へ向かっていただきたいのです」
「ですよねー!」
思わず声が出た。
やっぱりそうだった。
いや、わかってた。
絶対そういう話になると思ってたよ。
飛行機に乗って現地へ向かうだけでも結構な移動になると思っていたのに、まさかのさらなるショートカット。
しかも、その手段が『紫光』――どうやら俺は、今日まともに飛行機に乗っているだけでは終われないらしい。
「それが可能なら、むしろこちらとしても有難いわ」
かすみさんが即答する。
「ダンジョン統括省としても、あなた方二人には一刻も早く現地へ向かってもらいたいと考えているでしょうから」
……かすみさん、もう完全に行く気じゃん。
ということは、隣のアイリーンさんも当然――
「リゼルさん、とおっしゃいましたね?」
アイリーンさんが立ち上がる。
「それではお願いします。今すぐにでも、スタンピードの現場へ送ってください」
ですよね。
さすがアイリーンさん。
こういう時の行動力だけは、俺なんかとは比べものにならない。
こうなったら、俺の答えだって一つしかない。
「ハヤトさん! さあ、行きましょう!」
「はい! 望むところです!」
よっしゃ、こうなったら、やってやろうじゃないか。
「ご協力、感謝します」
リゼルさんが微笑む。
「それでは、私の『紫光』でお二人を現地へ送ります。どうか、よろしくお願いします」
「リゼルさんも一緒に行かないんですか?」
俺が尋ねると、リゼルさんは静かに首を横へ振った。
「はい。私は、もう少し他に行かなければならない場所がありますので」
「他に?」
「ええ。それが終わり次第、私も現地へ向かいます」
他に行く場所……俺たち以外にも、戦力として呼びに行く人がいるのだろうか。
それとも、別の目的があるのか。
気にはなったが、今は聞いている時間もなさそうだった。
リゼルさんが杖を頭上へ掲げる。
すると、機内に再び紫色の光が迸り始めた。
「さあ、お二人とも準備をお願いします」
紫色の光が、俺たちの身体を包み込んでいく。
「一瞬で現地へ到着しますので、どうかお気を付けください」
「わかりました」
俺とアイリーンさんは慌てて準備を整える。
装備を確認する。
アイテムも確認する。
忘れ物がないことを確認して、最後にアイリーンさんと顔を見合わせた。
準備は万全、俺がリゼルさんへ合図を送ると、彼女は小さく頷いた。
「それでは……よろしくお願いします」
その声は、それまで以上に強い意志を帯びていた。
「人々の未来を……あなた方に託します」
「任せてください!」
アイリーンさんが答える。
俺も力強く頷いた。
その直後、俺の視界が、一瞬で紫色に染まった。
◆
次に視界が戻った時。
俺の目の前には、凄まじい数の鬼がいた。
「……うわぁ」
思わず声が漏れる。
さっきまで飛行機の中にいたはずなのに、今は目の前が鬼、鬼、鬼。
状況の変化が激しすぎる。
後方からは、聞き慣れた声が聞こえてくる。
「ハヤトさん!」
「これは……!」
どうやら、セイラさんたちも無事らしい。
俺は目の前に広がる鬼の軍勢を見渡した。
なるほど、どうやら本当に、待ったなしらしい。
ここまで来た以上、もう考えている暇はない。
俺は剣を握り直す。
「よし……」
ここまで来たんだ。
こうなったら、とことん――
「やってやっかんな!」
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