第8話 天から降る紫光
時は少し戻り、ダンジョン統括省本部――
スタンピード発生の報を受け、可能な限りの冒険者を現地へ派遣したものの、状況は一向に好転しない。
本部では職員たちが慌ただしく行き交い、混乱の中で対応に追われていた。
彼らにできることは限られている。
軍の派遣手配。
そして、スタンピードの被害が及ぶ可能性のある近隣住民の避難。
冒険者の手配をはじめとした、モンスターそのものへの対処は冒険者ギルドが担うことになる。
本来ならば、それで問題はなかった。
だが、現在は少し事情が変わりつつあった。
その原因となったのは、ダンジョン統括省研究部門の主任、『平賀孝丸』だった。
スタンピード発生直後、彼から本部へ届けられた報告は、混乱の最中にいた上層部を騒然とさせるには十分すぎる内容だった。
それは、彼が秘密裏に開発を進めていた『対モンスター用兵器』についての報告だった。
平賀が独断で開発していた『藍染』。
その存在を初めて知らされたダンジョン統括省の上層部は、驚愕を隠せなかった。
自分たちが把握していないところで、これほどの兵器が開発されていたこと。
そして、その兵器が今回のスタンピードへ投入可能な状態にあること。
その二つの事実は、ダンジョン統括省に大きな衝撃を与えた。
だが、彼らをさらに驚かせる報告がもう一つ存在した。
平賀が開発していたのは、『藍染』だけではなかったのだ。
もう一つの兵器。
それも、一機だけのオーダーメイド兵器ではない。
すでに相当数が生産されている、完全な量産型だった。
その名も――『第四世代型量産式対迷宮対モンスター殲滅兵器・紺鉄』
銃火器と全身を覆うプロテクターを一式とした、対モンスター用兵器。
冒険者でなくとも装着することが可能でありながら、並のモンスターであれば単独で十分に渡り合えるだけの性能を備えている。
しかも、それがすでに百式近く生産されていた。
もちろん、本来ならば重大な問題である。
研究部門の主任が独断で開発を進め、予算を流用し、上層部の許可を得ることなく大量生産まで行っていたのだ。
通常であれば、平賀の行動は厳しく追及されて然るべきものだった。
ただし、今は、通常ではなかった。
グランドダンジョンからスタンピードが発生し、国内有数の冒険者たちを投入してもなお、事態を収束させられていない。
そんな状況において、これほど心強い報告が他にあるだろうか。
結果として、『紺鉄』は問題視されるどころか、緊急時の切り札として扱われることになった。
通常の認可も、煩雑な指揮系統も、今だけは全て後回し。
完成している機体は可能な限り急いで軍へと引き渡され、スタンピードの最前線へ投入されることが決定した。
こうして、平賀が独断で生み出した兵器は、皮肉にも日本を救うための戦力として実戦投入されることになったのである。
◆
舞台は再び、スタンピードの最前線へ。
そこでは、鬼たちによる大攻勢が始まっていた。
黒曜が生み出した影のゲートから次々と現れる鬼の大軍勢。
その勢いは凄まじく、もはやセイラをはじめとする少数の冒険者だけでは対処しきれない規模にまで膨れ上がっていた。
鬼の群れによって戦場は完全に分断され、冒険者同士の連携すらままならない。
しかも、そんな状況を見計らったかのように、四天王までもが個々の冒険者へ襲い掛かっている。
まさに、最悪の状況だった。
「くっ……! 負けてたまるものですか! 清十郎! 清十郎はどこですの!?」
「お、お嬢様ぁ! 私はここです!」
鬼たちがひしめく戦場で、二人は互いの名前を叫びながら何とか位置を確認しようとする。
だが、次々と襲い掛かってくる鬼たちによって視界は遮られ、声を頼りに大まかな位置を把握することしかできない。
「こうなったら……『氷結地獄・第二階層』!」
セイラは迷わなかった。
『氷結地獄』の第二階層を発動させる。
両腕と両脚に青白い光が集束し、周囲の空気すら凍り付かせるほどの凄まじい闘気が全身から噴き上がる。
セイラは一瞬だけ目を閉じ、精神を研ぎ澄ませた。
「はぁぁあああああっ!!」
凝縮された闘気を、一気に解き放つ。
轟音と共に放たれた一撃は、正面に群がっていた鬼たちをまとめて吹き飛ばした。
視界を埋め尽くしていた鬼の群れが一瞬で消し飛び、セイラの前方に大きな空間が生まれる。
その先に見えたのは――
「清十郎!」
「……っ!?」
清十郎だった。
そして、その目の前には、真紅の鎧を纏った鬼が立っている。
四天王――朱天。
その手には大太刀が握られており、今まさに清十郎へ向けて振り下ろされようとしていた。
「気を付けなさい!」
「つォオオオオッ!」
セイラの叫びに反応し、清十郎が咄嗟に身を翻す。
次の瞬間、彼が立っていた場所へ朱天の斬撃が叩き込まれた。
地面が大きく裂ける。
「負けるかぁ!」
清十郎はそのまま踏み込み、カウンター気味に斬撃を放つが――
「……!」
朱天は、それを紙一重でかわした。
清十郎の刃が空を切る。
その動きに一切の無駄がない。
「やはり……かなり強いな」
清十郎が体勢を立て直したところへ、セイラが駆け寄る。
これで二対一。
ようやくこちらが有利になった。
そう思った、その時だった。
「うふふふ、私も混ぜてちょうだいなぁ!」
妖艶な声が響く。
直後、白無垢を纏った女性が二人の間へと飛び込んできた。
四天王――白織。
彼女は両手を前へ突き出す。
すると、その掌から無数の白い糸が放たれた。
「これは……蜘蛛の糸か!?」
清十郎が咄嗟に刀を振るう。
銀色の斬撃が無数の糸をまとめて切り裂いた。
その光景を見た白織が、驚いたように目を細める。
「へえ……私の糸を斬っちゃうなんて、なかなかの剣士じゃない」
「ふん。蜘蛛のモンスターなら、これまでに何度も斬り殺してきた……お前も同じ運命を辿らせてやろう」
その言葉を聞いた瞬間だった。
白織の表情から笑みが消える。
「……今、何て言った?」
「蜘蛛のモンスターだと言った」
「私を……そんじょそこらの蜘蛛なんかと一緒にするんじゃないよぉ!」
白織の怒声が戦場を震わせた。
彼女の正体は、鬼タイプのモンスターの中でも上位種に位置する『鬼蜘蛛』。
屈強な鬼たちを従える四天王の一角である彼女にとって、他の蜘蛛型モンスターと同列に扱われることは、到底許せるものではなかったらしい。
先ほどまでの妖絶な美女という印象は完全に消え失せている。
そこに立っていたのは、怒りに牙を剥く一匹の鬼だった。
「この『鬼蜘蛛の白織』を……舐めるんじゃないよぉ!」
白織が口を大きく開く。
その奥から、先ほどとは比較にならないほど大量の糸が吐き出された。
「清十郎、下がりなさい!」
セイラが前へ出る。
『第二階層』によって凝縮された闘気を、迫り来る糸の束へ叩き込んだ。
瞬間――
パキパキパキッ!
無数の糸が凍結し、そのまま砕け散っていく。
「切り捨て……御免!」
だが、セイラが息をつく暇もなかった。
凍結した糸を突き破るように、朱天が突進してくる。
上段に構えられた大太刀が、セイラへ向けて振り下ろされた。
「ぬうん!」
その斬撃を清十郎が受け止める。
激突した二人の武器が火花を散らし、凄まじい衝撃が周囲へと広がった。
朱天が押し込めば、清十郎が受け流す。
その隙を白織が狙えば、セイラが迎撃する。
二人の冒険者と二体の四天王。
互いに一歩も譲らない、一進一退の攻防が繰り広げられていた。
だが――
「くそ……まずいですわね」
セイラの表情に焦りが浮かぶ。
「ええ。他の冒険者たちも無事なら良いのですが」
戦場は、完全に分断されていた。
『九頭竜』の二人も、『金剛の刃』のメンバーたちも、溢れ返る鬼の群れに阻まれ、今どこで戦っているのかすら分からない。
しかも、目の前には朱天と白織。
その背後には、残る四天王と『統率者』である大凶丸が控えている。
この二体を倒してから救援へ向かう。
それが理想だ。
だが、その頃には手遅れになっている可能性が高い。
セイラは一瞬だけ周囲を見渡した。
鬼の群れ、倒れている冒険者、遠くから聞こえる戦闘音。
そして、こちらへ迫り続ける四天王。
このままでは、全員を救うことはできない。
ならば――
「こうなったら……『最終階層』を使うしか……」
「お嬢様!」
清十郎が声を荒らげる。
「それを今使ってしまえば、あの鬼の親玉を倒す手段がなくなってしまいます!」
「分かっていますわ!」
セイラも理解している。
『最終階層』は、最高位神器『アークセラフィエル』が持つ最大の切り札。
この戦場を一気に覆すことができるほどの力を秘めている。
だが、それを使えば大凶丸との戦いで切れる手札がなくなる。
スタンピードを終わらせるためには、大凶丸を倒さなければならない。
「それでも、他の冒険者の皆さんを救うには……もう、これしかありませんわ!」
セイラが『アークセラフィエル』へ意識を集中させる。
清十郎は、それを止めることができなかった。
セイラが何を優先する人間なのか、誰よりもよく知っているからだ。
彼女にとって、スタンピードを終わらせることも重要だった。
だが、それ以上に目の前で助けを求めている人間を見捨てることができない。
それが、『蒼氷の聖女』セイラという冒険者だった。
「くそ……これまでか」
清十郎が、半ば諦めにも似た感情を抱いた、その瞬間だった。
『よく踏ん張りました。後は私が、この場を受け持ちます』
凛とした男性の声が、戦場全体へ響き渡った。
「……え?」
セイラが顔を上げる。
その直後――
空から、紫色の光が降り注いだ。
最初は一本だった光が、二本、三本と増えていく。
やがて無数の紫光となって戦場へ降り注ぎ、鬼たちを、冒険者たちを、そして四天王たちをも包み込んでいく。
その光景を目にしたセイラは、驚きに目を見開いた。
「この光は……」
誰もが知っている。
これまで何度も、絶体絶命の状況に陥った冒険者たちを救ってきた謎の現象。
『紫光』
だが、今までとは明らかに違う。
その光は、これまでのように間接的に戦場へ干渉するものではなかった。
まるで意思を持っているかのように、戦場そのものを覆い尽くしていく。
そして――
「間に合って良かったです」
再び、あの声が響く。
その声を聞いた瞬間、セイラの表情に驚きが浮かんだ。
「まさか……」
紫色の光が、一際強く輝く。
空間そのものが震え、戦場にいた全員が一斉に空を見上げる。
これまで姿を見せることなく、人類を救い続けてきた『紫光』の正体。
その主が、ついに戦場へ姿を現そうとしていた。
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