第7話 四天王の恐怖
新たに姿を現した四体の鬼。
セイラの聞き間違いでなければ、彼らはこう呼ばれていた。
『四天王』と。
「厄介ですわね……」
目の前に並ぶ四体は、それぞれ外見も雰囲気もまるで異なっている。
だが、共通しているものが一つだけあった。
四体とも、見る者にそう直感させるほどの異様な存在感を放っている。
ただでさえ、目の前には『統率者』である大凶丸がいる。
それだけでも十分に手一杯だというのに、ここへ来てさらに四体もの強敵が加わった。
状況は、最悪の方向へと傾き始めている。
「それでは、大凶丸様。何なりとご指示をお願いします」
四体の中で最初に口を開いたのは、赤い甲冑を身に纏った鬼だった。
「そうだな。さっさと目の前のあいつらを殺して、人間どもを皆殺しにいくぞ……朱天よ」
「御意……」
朱天と呼ばれた赤い鎧武者が立ち上がる。
そのまま背中に背負っていた太刀をゆっくりと抜き、セイラたちへ向かって構えを取った。
瞬間、ぞくり、とセイラの背筋を冷たいものが走る。
「……!」
視線を向けただけでわかる。
あの鬼は、かなり強い。
濃密な殺意を感じ取るだけで、これまで戦ってきた鬼たちとは明らかに格が違うことを理解させられる。
(こいつ……かなり強いですわね)
セイラは無意識のうちに身構えていた。
そんな彼女の反応を見ていたのか、別の鬼が楽しそうに声を上げる。
「あららぁ……朱天だけ抜け駆けだなんてずるいわよ。私にも楽しみを残しておいてね」
白無垢を纏った美しい女性の鬼だった。
「ふん……白織よ、貴様の楽しみなどどうでもよい。俺にとって重要なのは、大凶丸様の指示を遂行することのみと心得よ……」
「はいはい、相変わらずの堅物なんだから……」
どうやら彼女の名は白織というらしい。
雪のように白い髪。
透き通るような肌。
その頭には、鬼であることを証明する立派な角が生えている。
妖艶で美しい姿は、どこか人間離れしていた。
一見すれば、か弱い女性にしか見えない。
だが、その全身から放たれる異様な気配を、セイラは決して見逃してはいなかった。
(あの女性も、ただ者ではありませんわね……)
そして、もう一体。
全身を黒い布のような衣装で覆い、僅かに覗く両目だけが赤く不気味に輝いている。
よく見れば、その身体は地面からわずかに浮いていた。
ふわふわと漂うその姿は、まるで死神を思わせる。
頭には立派な漆黒の角。
間違いなく鬼だ。
その異様な姿にセイラが警戒を強めていると、最後の一体が場の空気を気にする様子もなく口を開いた。
「まあまあ、皆さん。久しぶりに四天王が集まったんですから、仲良くしましょうよ! ね? ね?」
「もう、山吹ったら相変わらずね?」
山吹と呼ばれたのは、小豆色の着物を身に纏った優男風の鬼だった。
張り詰めた空気を漂わせる他の三体とは対照的に、彼だけは無邪気な笑みを浮かべている。
その様子からは、いまいちやる気が感じられない。
だが、だからといって油断できる相手ではない。
この場にいる以上、彼もまた四天王の一角なのだ。
「まっ、さっさと始めちゃいましょう! 黒曜さん、残りも呼んじゃってください!」
「…………」
山吹に促されても、黒ずくめの鬼は何も答えない。
ただ、その赤い瞳だけが一段と強く輝いた。
次の瞬間、黒曜の背後に、黒い影が広がり始める。
「これは……さっきのと同じ……?」
セイラが目を見開く。
四天王が現れた時にも発生した、あの黒い影。
どうやら、あれは黒曜の能力だったらしい。
黒い影は瞬く間に広がり、やがて地面から天へ向かって柱のように立ち昇っていく。
その内部で何かが蠢いたかと思うと、影の中から、何かが次々と飛び出してきた。
「……え?」
それは、一体や二体ではなかった。
大鬼、小鬼。
それ以外にも、様々な姿をした鬼たちが次々と現れる。
まるで影そのものが、鬼を生み出しているかのようだった。
「そんな……まさか……」
あまりの光景に、セイラを始めとした冒険者たちは絶句する。
鬼たちは止まらない。
見る見るうちにその数を増やし、先ほどまでとは比較にならないほどの大軍勢が周囲を埋め尽くしていく。
「はっはぁ! さあ、俺たちのスタンピードはこれからが本番だぜぇ!」
大凶丸が大声で叫ぶ。
「気合入れろよ、お前らぁ!」
その声に呼応するように、無数の鬼たちが一斉に咆哮を上げた。
「「「「グオオオオオオオオオッ!!」」」」
あまりにも膨大な数から放たれた咆哮は、まるで衝撃波そのものだった。
大地が震える。
空気が震える。
その場にいる冒険者たちの身体まで震え上がる。
『統率者』である『修羅皇・大凶丸』。
その配下として君臨する四天王。
そして、無数の鬼によって構成された大軍勢。
スタンピードの中核を成す本体が、ついに姿を現した。
これまで何とか均衡を保っていた戦況は、わずかな時間で一変する。
セイラを始めとする冒険者たちは、かつてない窮地へと追い込まれていった。
◆
同じ頃、とある異空間。
「いけません……アベル、すぐに準備を。行きますよ!」
「……!? リゼル様、それは……スタンピードへ直接介入するということですか?」
「ええ。こうなってしまったからには仕方ありません。私たちが直接打って出ます!」
リゼルの言葉に、アベルは表情を険しくする。
「お言葉ですが……それは、理に反します。いくらリゼル様のお言葉といえど、承服することはできません」
「アベル……あなたは……」
毅然とした態度を崩さないアベルを見つめ、リゼルは何かを言いかける。
だが、すぐに口を閉ざした。
しばらく考え込んだ後、リゼルは懐から何かを取り出す。
そして、それをアベルへと差し出した。
「リゼル様、これは……?」
「これは、いつかあなたにも見せようと考えていたものです」
アベルが手に取ったのは、手のひらほどの大きさをした水晶玉だった。
透明な水晶の内部には、何かが封じ込められている。
その正体を確認した瞬間、アベルの表情から血の気が引いた。
「ま、まさか……これは……リゼル様!?」
「わかってもらえましたか?」
リゼルは静かにアベルを見つめる。
「あなたが先ほど言っていた『理』というものが、いかにちっぽけなものなのか……」
「あなたは……今まで、これを……」
アベルは水晶玉を握り締めたまま、絶句する。
その表情には驚愕だけではなく、困惑と恐怖さえ浮かんでいた。
「何ということだ……」
しばらく考え込んだ後、アベルはゆっくりと顔を上げる。
「リゼル様、わかりました」
その瞳には、先ほどまでの迷いはなかった。
「今回のスタンピード、我が力を存分にお使いください……」
「はい、ありがとうございます」
「そして、今まで知らなかったとはいえ、無礼な言動の数々……失礼いたしました」
「いえ、それに関しては私にも非が十分にありますので、気にしないでくださいね」
「はっ、有難きお言葉……もし可能であれば、今度すべての事情をご教授いただければと……」
「それは、スタンピードを無事に乗り越えたら……で良いでしょうか?」
「はい、それで十分です」
アベルは深々と頭を下げる。
「それでは、今から現地へ向かいます。アベルは最前線へ行き、冒険者たちを助けてください」
「リゼル様はどうされますか?」
「私は、先に行くところがあります」
リゼルは静かに杖を握る。
「私が行くまでの時間稼ぎは、お願いしますよ」
「はっ! 承知しました!」
アベルが力強く返事をした、その直後だった。
リゼルの持つ杖が、紫色の光を帯び始める。
これまで、間接的に冒険者たちを助けてきた不可思議な現象。
『紫光』
その力を司るリゼル。
そして、その従者であるアベル。
二人は今、これまでとは違う形で動き出そうとしていた。
空前絶後のスタンピード。
その脅威によって最大の危機を迎えつつあるセイラたち人類を救うために。
これまで決して表舞台へ姿を現すことのなかった二人が、ついに戦場へと介入する。
『鬼皇の死都』を巡る戦いは、さらに大きな局面へと動き始めていた。
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