第6話 絶望は続く
「――あれはやばい」
そんなことを誰かが呟いた。
グランドダンジョン『鬼皇の死都』から発生したスタンピード、そこに唐突に出現したのは一匹の大鬼だった。
そして、その姿を見て誰もが直感してしまったのだ、あの鬼はヤバ過ぎると。
「そんな……これほどとは……」
Aランク冒険者であるアキラの目から見ても新たに出現した大凶丸は異様な存在に見えた。
彼も冒険者歴は長く、様々な強敵と戦ってきたのだが、そのどれもが目の前にいる鬼と比べたら取るに足らない存在に思えてしまう。
今までの自分は一体何だったのか?そんなことまで考えてしまうほどの強さを持っているだろうと、簡単に予想できてしまった。
そして、その恐怖はその場の全ての冒険者も同様に感じていたのだった。
今の今までスタンピードに対する対応としては順調の一言だった。
グランドダンジョンから発生したものとはいえ、Sランク冒険者のセイラを始めとした名だたる冒険者たちの活躍によって、十分に対処できていたのだ。
そして、その状況は冒険者たちにとっても自信になり、冒険者として人々を守る役目を全うできている、そんな自分を誇らしげに思う者も多かった。
しかし、たった今、それら全てを吹き飛ばすような絶望が全員を襲った。
やはり、グランドダンジョンは甘くなかった。
ある者は、自らの考えの甘さを痛感し、またある者はこの場にいる自分の運命を呪った。
そして、それはAランク冒険者である、不知火、水鏡も同様だった。
全員の足は竦み、その闘志も消え去ろうとしていたその時……
「氷結地獄!」
「目覚めよ……『銀嶺』!」
誰よりも最前線に立ち、誰よりも大凶丸の近くにて対峙している二人が鷹揚にスキルの発動を宣言する。
鮮烈な青白い光が、銀色の闘気の奔流が、一気に二人を包み込み、全員の目を釘付けにする。
「ここは、わたくしたちに任せなさい!」
「ええ、あなたたちは速やかに退却し、ダンジョン統括省に連絡、迎撃の体勢を整えてください!」
「そ、そんなことをしたら……」
二人が述べているのは、この場で殿を務めるということ。
それは、自らを犠牲にしてでも他の全員を逃がすという決意に他ならなかった。
「いや、駄目だ!それだけは駄目に決まっている!」
アキラは吠える。
確かにそれを実行すれば、自分たちが助かる可能性はかなり高くなるだろう。
しかし、自分たちも冒険者だ、もちろんそれなりに矜持も持ち合わせている。
自らが助かるために同じ冒険者を犠牲にすることなど出来るはずがない。
ましてや、セイラはSランク冒険者、清十郎も『龍殺の守護者』として、それと同等クラスの知名度を誇る、言わば人類の宝のような存在だ。
そんな存在を犠牲にしてまで生き残るくらいならば……
「唸れ……『ヴァジュラ』!」
アキラは決断する。
自分たちだけおめおめと逃げることはできないと。せめて自らの最大の攻撃を放ち一矢報いて見せると。このまま、何も出来ずに手をこまねいているだけならば何のために冒険者になったのだ、と。
Aランク神器『金剛刃・ヴァジュラ』へ自らのHPを装填し、黄金の光が発せられる。
これにより、アキラの攻撃力は数倍に跳ね上がる。
「はん!お前もなかなかの漢じゃねえか!俺も……付き合ってやるぜ!」
「ええ……はあ、仕方ないですよねぇ」
黄金に光る薙刀を構えるアキラの両隣りに、不知火と水鏡が陣取る。
共にAランク冒険者として肩を並べる者同士、気持ち的には通じる所は多分にある。
三人が力を合わせれば、きっと何らかの手は打てるはず。
Sランク冒険者であるセイラほどでは無いにしろ、この状況を何とか打開できるだけのきっかけにでもなれば御の字だ。
「駄目ですわ!下がりなさい!」
三人の耳に聞こえてきたのは、セイラによる制止の言葉。
しかも、かなり切羽詰まった必死の叫び声だった。
「ハハハハ!何だよ!来ねえのか?せっかく一瞬で殺してやろうかと思ったのによぉ!」
邪悪な笑い声と共にドス黒い闘気が辺りを包み込始める。
大凶丸が持つ刀はその黒い闘気を纏い、全長が三メートル近いリーチを持つ巨大な大刀へと変化してしまった。
大凶丸はこれを腰を低くしながら軽々と持ち上げ、上段に構える。
すると一瞬にして辺り一面が黒い闘気の海のようになり……
「……くう!」
次の瞬間、その大刀が地面に叩きつけられるように振るわれると、闘気が迸り周囲に凄まじい衝撃波が走る。
あまりの威力にセイラや清十郎はもちろん、その後ろにいたアキラ、不知火、水鏡、そしてその他の冒険者たちも残らず吹き飛ばされてしまう。
それは、一種の全方位攻撃、もちろんその周囲にいた鬼たちも埃でも吹き飛ばしたかのように一掃されてしまった。
「ふん……他愛もねぇな。まあ人間なんてこんなもんか?」
その場に立っているのは大凶丸ただ一人、刀を肩に載せながら退屈そうに周囲を見渡す。
今の一撃で大凶丸が放っていたドス黒い闘気は全て霧散してしまった。
セイラも清十郎も、そしてその他の冒険者たち、さらには大凶丸の部下である鬼たちも、残らず吹き飛ばしてしまった、大凶丸はそう確信したが……
「……まだ……ですわよ……」
声がする方へ大凶丸が振り返ると、そこには満身創痍で立ち上がるセイラの姿があった。
「ほう、今の一撃で死なないとはなぁ……ん?ああ、アークセラフィエルの力か、それなら納得だ」
同じ『統率者』の一人だった『極天使・アークセラフィエル』の能力を理解している大凶丸からすれば、その力を宿した最高位神器を所持しているセイラが生き残っていることにも得心がいった。
「勝負は……これからですわぁ!」
そのまま、闘気を放出し、青白い光を纏い始める。
すると、その後ろに倒れ伏していた清十郎を始めとする冒険者たちも何とか立ち上がり始める。
今の一撃で全員が大ダメージを受けてしまった、しかし、セイラと清十郎がギリギリのタイミングで各々の闘気を展開させてことで、何とか命を繋げることができたのだ。
「エリアヒール!」
「慈愛の祈り!」
『金剛の刃』所属の冒険者の中で司祭と祈祷師のジョブについている者がそれぞ全体回復のスキルを使用する。
重ね掛けされた回復スキルはセイラたちの傷をみるみる回復していった。
「さあ、次はこっちの番ですわよ!」
そう言いながら構えを取るセイラの姿を見て、大凶丸はフン、と鼻を鳴らすと……
「残念ながらお前らのターンなんぞ来ねえよ。見ろ、俺の部下たちが揃ったみたいだぜ」
その言葉をきっかけにして、大凶丸の背後に黒い影が広がり出す。
まずは、地面に十メートル程度の円形の影が出現したかと思うと、上に向かって昇り始め、最終的には影でできた柱のような形へと変化してしまった。
そして、その影の中から何者たちかが、歩いてくるのが見える。
その数は四つ。
血のような真っ赤な色をした甲冑を付けた鎧武者。
白無垢を着込んだ美しい女性。
全身を真っ黒な布で覆った死神のような者。
そして、最後に出てきたのは小豆色の着物を着たいかにも優男といった感じの男性だった。
見た目も佇まいもバラバラの面々だが、それぞれがただ者では無いような雰囲気を醸し出している。
「お待たせしました大凶丸様、我ら四天王ここに揃いましてございます」
先頭に立っていた鎧武者は、そう言いながら主へ向かって膝をついたのだった。
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