第2話 激突!鬼たちとの攻防
星羅と清十郎が戦場に到着したことにより、それまで劣勢に立たされていた戦況は一変していた。
「せいやぁ!」
星羅は大地を踏みしめると、目の前に立ちはだかる甲冑姿の鬼へ向けて、強烈な正拳突きを叩き込んだ。
鈍い衝撃音と共に拳が甲冑を貫き、その巨体が大きく吹き飛んでいく。
しかし、間髪入れずに別の鬼が迫ってきた。
十メートル近い巨体を誇る大鬼だ。
「グオオオオオッ!!」
大気を震わせるほどの咆哮を上げながら、右腕を大きく振りかぶる。
その拳が、星羅目掛けて振り下ろされた。
「おおっとぉ、そんな大振り……」
星羅は軽く身体を捻るだけで、その一撃を紙一重で躱す。
直後、拳が大地へと叩き付けられ、凄まじい轟音と共に地面が大きく陥没した。
「わたくしに、当たるわけがありませんわぁあ!」
星羅はそのまま大鬼の手首を両手で掴む。
そして――
「そぉれっ!」
まるで巨大なぬいぐるみでも扱うかのように、その巨体を一気に引き上げた。
身体を大きく回転させ、遠心力を最大限に乗せて放り投げる。
「グオッ――!?」
巨体が宙を舞った。
それはまるで巨大な砲弾。
凄まじい速度で飛んでいった大鬼は、進路上にいた鬼たちを次々と巻き込みながら、遥か彼方へと吹き飛ばされていく。
だが、星羅に息をつく暇すら与えない。
その横合いから、巨大な斧を振りかぶった重装歩兵型の鬼が突進してきた。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「ええ、問題――」
星羅が言い終えるより早く、鬼の斧が振り下ろされる。
しかし、その刃が星羅へ届くことはなかった。
「――ありません」
次の瞬間、重装歩兵型の鬼の身体が甲冑ごと真っ二つに斬り裂かれていた。
その傍らには、いつの間にか清十郎が立っている。
「ありがとうございます」
「いえいえ、この程度ならば、お嬢様ならご自分で何とかなされたでしょうけど……」
清十郎はそう言いながら刀を振り、付着した血を払う。
「ええ、恐らくは。でも、この戦いは長期戦になるでしょうね」
星羅は周囲を見渡す。
「お互いに助け合いながら戦っていきましょう」
「承知しました」
二人が正面へ視線を戻す。
そこには、未だ数え切れないほどの鬼たちがひしめいていた。
「しかし……結構な数を倒したはずなのに、まだまだ減りませんね」
清十郎が嘆くように呟く。
その背後には、すでに百体を優に超える鬼の死骸が積み重なっていた。
星羅と清十郎が戦場に到着してから、まだ五分程度しか経過していない。
その僅かな時間で、二人はこれほどの数の鬼を撃破していた。
周囲で戦っていた冒険者たちが驚きを隠せないのも当然だった。
中でも、『金剛の刃』クランオーナーである金剛寺 アキラは、目の前の光景を呆然と見つめていた。
「……やっぱり、この二人は化け物かよ」
以前、ダンジョン統括省本部で『黄牙団』と対峙した時にも感じたことだった。
Sランク冒険者である星羅が規格外なのは分かる。
だが、それ以上にアキラが驚いているのは――自分と同じAランク冒険者であるはずの清十郎だった。
同じAランク。
それにもかかわらず、戦闘能力には明らかな差がある。
しかも厄介なのは、それだけではない。
この二人は、お互いのことを知り尽くしている。
一人が動けば、もう一人がその意図を理解して動く。
攻撃を仕掛ければ、もう一人がその隙を補う。
まるで一人の人間が二つの身体を操っているかのような、異常な連携だった。
個々の戦闘能力だけでも圧倒的。
それが二人揃うことで、さらに相乗効果を生み出している。
「悔しいが……さすが、としか言いようがないな」
アキラがそう呟いている間にも、二人の戦いは続いていた。
星羅が正面から鬼を吹き飛ばし、その隙を突いて清十郎が別の鬼を斬り伏せる。
清十郎が敵陣を切り裂けば、星羅がそこへ魔法を叩き込む。
その一連の動きには、一切の無駄がなかった。
「さあ、ぼさっとしてないで!」
星羅が振り返ることなく声を張り上げる。
「あなた方の役目は、わたくしたちが撃ち漏らしたモンスターを倒すことですわよ!」
「……っ!」
アキラは我に返った。
いくら星羅と清十郎が強いとはいえ、相手は数百体にも及ぶ鬼の群れ。
全てを二人だけで処理することなど不可能だ。
実際、二人の攻撃を掻い潜ってくる鬼も僅かながら存在する。
「行くぞ! 俺たちも続け!」
「「おおっ!」」
アキラたち『金剛の刃』が迎え撃つ。
星羅と清十郎が正面から鬼の大軍を削り、その後方で『金剛の刃』が撃ち漏らした鬼を確実に仕留めていく。
その数は、数分間で僅か数体。
これほどの強敵を相手にしていることを考えれば、驚異的な戦果だった。
何より、星羅と清十郎が万全の状態で戦っている限り、こちらが押し切られる可能性は低い。
「よし……もうすぐ他のクランや冒険者たちも応援に駆け付けてくれる」
アキラは戦場を見渡した。
「このまま行ければ……」
グランドダンジョンを起因として発生した、未曾有のスタンピード。
人類史上でも類を見ない危機だった。
しかし、最序盤の戦況は予想以上に順調だった。
星羅と清十郎の参戦。
そして、後方から続々と駆け付けるであろう冒険者たち。
このまま戦力が整えば、スタンピードを抑え込める。
アキラは、そう考えていた。
相手がグランドダンジョンのモンスターである以上、この先にさらなる強敵が待ち構えていることも理解している。
それでも――今だけは。
この優勢な戦況を維持できていることに、アキラは僅かな安堵を覚えていた。
◆
――同刻。
グランドダンジョン『鬼皇の死都』最奥部。
このダンジョンは、いわゆる巨大都市型のダンジョンだった。
かつて巨大な都市だったのか。
あるいは、最初からそういう姿をしていたのか。
巨大な建造物が無数に立ち並ぶ都市。
だが、その全ては朽ち果て、廃墟と化している。
崩れ落ちた高層建築。
ひび割れた大通り。
瓦礫に覆われた街並み。
その死んだ都市の至るところを、様々な種類の鬼たちが徘徊していた。
現在、地上へと押し寄せている鬼たちは、そのほんの一部に過ぎない。
この死都には、さらに多くの鬼が存在している。
そして、その全ての鬼たちの頂点に君臨する存在がいた。
グランドダンジョン『鬼皇の死都』のボスであり、『統率者』の一人。
『修羅皇』――大凶丸
その大凶丸は、自らの居城にある玉座へふんぞり返り、不機嫌そうに頬杖を突いていた。
「おおい! 何だこの体たらくはよぉ!」
大凶丸が怒鳴り声を上げる。
「せっかくスタンピードなんてことになってるってのに、何で俺はこんなところにいなきゃならねぇんだ!?」
「仕方ないじゃないですか」
そう答えたのは、大凶丸の側近を務める細身の鬼だった。
優男を思わせる容姿をしているが、その雰囲気からは隠し切れない鬼としての威圧感が滲み出ている。
「いくらスタンピードが発生したからといって、いきなり大凶丸様が出て行っていいわけではありません。物事には順序というものがあるんですから」
「そんなことは知ったこっちゃねーんだよ!」
大凶丸が玉座の肘掛けを乱暴に叩く。
「現に俺の部下どもが、人間如きにやられちまってるじゃねぇか! だったら、さっさと俺が出て行って人間どもを残らずぶち殺した方が早ぇだろうがよぉ!」
「いやいや、前にも言ったじゃないですか」
側近は呆れたように肩を竦める。
「万が一、あなたが倒されてしまったら、このダンジョンも踏破判定されてしまうんです。それだけは何があっても避けなければならないんですよ」
「ああん!?」
大凶丸がギロリと側近を睨み付ける。
「お前、俺が人間如きに後れを取るとでも思ってやがるのか?」
「そういう意味では――」
「ふざけたこと言ってやがると、お前からぶっ飛ばすぞ、コラァ!」
側近の言葉を遮り、大凶丸が立ち上がる。
「もう知らねぇ! 俺は行く! 止められるもんなら止めてみやがれ!」
ドンッ!!
拳が玉座の肘掛けを叩き砕いた。
そして、そのまま大凶丸は玉座の間から出ていこうとする。
『統率者』
それは、ただの強力なモンスターを意味する言葉ではない。
大凶丸は、この『鬼皇の死都』において最強の存在。
その気になれば、この場にいる者が力ずくで止めることなど不可能だった。
「ちょ、ちょっと大凶丸様!」
しかし、大凶丸は聞く耳を持たない。
ドシン、ドシンと大きな足音を響かせながら、その巨体が玉座の間から遠ざかっていく。
「もう……子供みたいなことばかり言いやがって……!」
側近は頭を抱えた。
「おい! 残りの四天王を集めろ!」
そして、遠ざかっていく大凶丸の背中を見ながら叫ぶ。
「こうなったら、こっちも外へ出るぞ!」
「はぁ……」
側近は大きなため息を吐く。
自分の忠告など一切聞かず、地上へ向かってしまった鬼の王。
それを追うため、側近もまた残された戦力を集め始める。
――この時、地上の冒険者たちは、まだ知らなかった。
『鬼皇の死都』に存在する最高戦力が、すでに動き始めていることを。
そして――大凶丸の短絡的な行動によって、冒険者と鬼たちの全面衝突が、当初の想定よりも遥かに早く訪れようとしていることを。
グランドダンジョン『鬼皇の死都』を舞台としたスタンピードは――ここから、さらに予測不能な展開へと突入していくことになる。
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