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『紅蓮の魔女』と『神速の配信者』  作者: 我王 華純
第三章 地獄の鬼たちと新たな希望
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第1話 スタンピード発生

お待たせしました。


今回から第三部となります。


スタンピード編です。

前から書いてみたかったので、気合入ってますよ!


 ――スタンピード。


 それは、ダンジョン内部に存在するモンスターが、何らかの原因によってダンジョンの外へと溢れ出す現象を指す。


 日本国内においても、その発生件数こそ決して多くはないものの、いくつかの事例が記録されている。


 その中でも最も有名なのが、かつて日本中を震撼させた『地龍ベルベイル』の事件だろう。


 この事件によって、一人の冒険者が『龍殺の守護者』として、その名を世界に轟かせることになった。


 そう、轟 清十郎である。


 そもそも、通常のダンジョンに存在するモンスターが、ダンジョンの外へ出ることはない。


 それが全世界共通の認識であり、これまで長きにわたって覆ることのなかった絶対的な常識でもあった。


 しかし――極めて稀に、その常識が破られる。


 何故、スタンピードが発生するのか。


 何をきっかけとして起こるのか。


 どのダンジョンで、いつ発生するのか。


 その法則は未だに解明されていない。


 そのため、人々はスタンピードを台風や地震と同じく、人類には完全に制御することのできない災害の一つとして認識し、恐れている。


 もしも溢れ出したモンスターたちが、人の暮らす市街地にまで到達してしまえば、その被害は想像を絶するものになる。


 だからこそ、ダンジョン統括省や冒険者ギルドといった専門機関が設立され、世界中のダンジョンは厳重な管理下に置かれている。


 新たに発見されたダンジョンには監視体制が敷かれ、昼夜を問わず異常がないか確認される。


 万が一スタンピードが発生したとしても、可能な限り早期に発見し、冒険者を派遣することで被害を最小限に抑える。


 それが現在の人類が取ることのできる、唯一にして最善の対策だった。


 だが――今回ばかりは、その前提そのものが崩れていた。


 何故なら、今回のスタンピードはグランドダンジョンの出現直後に発生したからだ。


 出現したばかりのダンジョンには、当然ながら十分な監視体制が整っていない。


 そのため、ダンジョン内部の異変を察知することも、そこから溢れ出したモンスターに対して即座に冒険者を派遣することもできない。


 そして、さらに最悪なのは――その発生源がグランドダンジョンだということだった。


 AランクダンジョンやSランクダンジョンと比較しても、グランドダンジョンに存在するモンスターの脅威度は桁違いに高い。


 そんなグランドダンジョンを起因とするスタンピードなど、これまで人類は一度として経験したことがない。


 つまり今回の事件は――『ダンジョン出現直後のスタンピード』


 そして、『グランドダンジョンを起因とするスタンピード』


 という、未だ人類が経験したことのない二つの異常事態が同時に発生した、まさに未曾有の災害だった。


 そんな未知の脅威に対して、ダンジョン統括省と冒険者ギルドに所属する者たちは、持てる戦力の全てを投入して立ち向かおうとしていた。


 ◆


 「はぁ……はぁ……いくらなんでも、キリが無いぞ……」


 「おい! 気を抜くな! まだまだ出てくるぞ!」


 富士山麓。


 新たに出現したグランドダンジョン『鬼皇の死都』の周辺では、すでに激しい戦闘が繰り広げられていた。


 ダンジョンから次々と姿を現すモンスターたち。


 その姿形は様々だった。


 三メートルを超える巨躯を持つ人型のモンスターもいれば、子供ほどの小柄な個体もいる。


 狼のような四足歩行の獣型モンスターまで存在していた。


 しかし、そんな彼らには一つだけ共通点があった。


 頭部から伸びる、禍々しい一本の角。


 その姿を目にした冒険者たちは、誰もが同じ言葉を思い浮かべていた。


 ――鬼。


 まるで地獄から這い出してきたかのような鬼の群れが、数百にも及ぶ勢いでダンジョンから押し寄せてくる。


 最初に襲われたのは、ダンジョン周辺の封鎖作業に当たっていた軍の部隊だった。


 ダンジョン統括省直轄の部隊だけあって、兵士たちは鍛え抜かれている。


 しかし、相手がダンジョンから出現したモンスターとなれば話は別だった。


 通常の銃火器など、モンスターに対してはほとんど意味を持たない。


 有効なのは、冒険者が扱うスキルや神器、そして魔法といった、ダンジョンのモンスターに対抗するための特殊な力だけだ。


 もちろん、ダンジョン統括省直属の部隊には、モンスターとの戦闘を想定して冒険者と同等のスキルや装備を与えられた精鋭も存在する。


 だが、今回この場所に派遣されていた部隊は、あくまでグランドダンジョン周辺の封鎖を目的とした部隊。


 そんな彼らだけで、この数のモンスターを相手にするのは不可能だった。


 ――本来ならば。


 「おらぁあああっ!!」


 だが、兵士たちに犠牲者が出ることはなかった。


 ダンジョン統括省の要請によって、軍には一つの冒険者クランが同行していたからだ。


 その名は――『金剛の刃』。


 先日の『黄牙団』によるダンジョン統括省本部襲撃事件において、いち早く現場へ駆け付けたクランである。


 Sランク冒険者である劉 愛蕾を相手にした際には、その実力差をまざまざと見せつけられた。


 しかし、それでも『金剛の刃』の評価が落ちることはなかった。


 Sランク冒険者こそ所属していないものの、その総合力は極めて高く、日本国内でも有数のトップクランとして知られている。


 並のモンスターを相手にするのであれば、その戦力は十分すぎるほどだった。


 そして今、その評価に違わぬ戦いを見せていた。


 最前線で両手剣を豪快に振り回しているのは、『金剛の刃』クランオーナー――金剛寺 アキラ。


 その手に握られているのは、Aランク神器『金剛刃・ヴァジュラ』。


 巨大な刃が振り抜かれるたび、鬼の身体が吹き飛び、地面へと叩き付けられていく。


 「よぉし! 団長に続けぇ!」


 「「おおおおおっ!!」」


 アキラの後方から、クランメンバーたちが一斉に続く。


 敵の数は圧倒的だった。


 常に一人で複数体を相手にしなければならない状況にもかかわらず、それを可能にしているのは、個々の冒険者としての圧倒的な実力差だった。


 数では劣るが、一体一体の戦闘能力ではこちらが上。


 その差を最大限に活かし、鬼の群れを少しずつ押し返していく。


 ダンジョンの奥からは依然として新たな鬼が湧き続けている。


 それでも、それを上回る速度で討伐することで、ほんの僅かではあるが敵の数は減少へと転じ始めていた。


 「このまま行けるぞ! スタンピードを抑え込めるかもしれねぇ! みんな、このまま押し込むぞ!」


 「「おおっ!!」」


 アキラの叫びに、団員たちが応える。


 もしかすると――本当に自分たちだけで、この危機を食い止められるかもしれない。


 あの『黄牙団』による襲撃でさえ、満足に戦果を上げられなかった自分たちが。


 Sランクダンジョンやグランドダンジョンの攻略において、常にSランク冒険者たちの後塵を拝してきた自分たちが。


 もし、このグランドダンジョンから発生したスタンピードを自分たちの手で食い止めることができたなら――。


 世間の評価は、一気に変わる。


 アキラは証明したかった。


 自分たちのクランの実力を。


 団員たちの結束を。


 そして――『金剛の刃』というクランの存在意義を。


 もちろん、スタンピードを食い止め、人々を守りたいという気持ちに嘘はない。


 冒険者として、人々のために戦いたい。


 その想いは本物だった。


 だが、その一方で、この戦いを自分たちが飛躍するための好機だと考えていたこともまた事実だった。


 だからこそ――。


 「……なんだと!?」


 一瞬だけ、アキラの意識が前方から逸れた瞬間だった。


 先ほどまで勢いが衰えたように見えていた鬼の群れのさらに奥――ダンジョンの方向から、一筋の何かが凄まじい速度で飛来した。


 「――っ!」


 それはアキラの右肩を直撃した。


 「ぐああああっ!!」


 激痛と共に身体が吹き飛ぶ。


 そして――空中を舞う一本の腕。


 「だ、団長!?」


 一瞬、何が起こったのか誰も理解できなかった。


 だが、歴戦の冒険者たちはすぐさま状況を理解する。


 「遠距離攻撃だ!」


 「タンク職は団長の前へ! 急げ!」


 「ヒーラーは団長を回復! 他は散開して次の攻撃に備えろ!」


 「了解! エクスヒール!」


 混乱は一瞬だった。


 それぞれが即座に役割を遂行し、崩れかけた陣形を立て直していく。


 アキラもまた、痛みに顔を歪めながら立ち上がった。


 回復魔法によって、右腕を即座に治療する。


 しかし――


 「……っ」


 アキラは目の前の光景を見て、言葉を失った。


 ダンジョンの入口から現れたのは、これまで戦っていた鬼たちとは明らかに異なる存在だった。


 十メートル近い巨体を誇る大鬼。


 巨大な斧を担いだ重装歩兵のような鬼。


 両手に長剣を携え、全身を甲冑で覆った鬼。


 そして――巨大な馬型モンスターに跨り、弓を構える鬼。


 先ほどアキラの右腕を奪ったのも、おそらくあの弓を持った鬼だ。


 その一体一体から放たれる威圧感は、先ほどまでの鬼とは比較にならない。


 『金剛の刃』の団員たちは、長年の冒険者経験によって、相手の強さをある程度見極める眼を持っている。


 だからこそ、理解してしまった。


 ――あれは、自分たちが相手にしていい領域のモンスターではない。


 しかも、その凶悪な鬼たちは一体や二体ではない。


 それぞれが数十体単位で群れを形成し、こちらへ向かってくる。


 「……これが、本隊かよ」


 アキラの額を冷たい汗が伝った。


 今まで戦っていた鬼たちは、あくまでも先兵。


 ここからが――本当のスタンピードだった。


 「……まずい」


 誰かが呟いた。


 その言葉を否定できる者は、一人もいなかった。


 このまま戦えば――クランが全滅する。


 アキラは歯を食いしばった。


 焦っていた。


 功を焦った。


 自分たちの力を証明したいという気持ちに囚われ、冷静な判断を失っていた。


 もう少し慎重になっていれば。


 もう少し周囲を警戒していれば。


 団員たちを、こんな危険な場所へ追い込むことなどなかったかもしれない。


 世間からの評価が欲しい。


 クランの地位を上げたい。


 そんな気持ちを優先した結果、仲間たちの命を危険に晒してしまった。


 ――何がクランオーナーだ。


 アキラは自分自身に怒りを覚えた。


 そして、絶望しかけた――その時だった。


 「よく頑張りましたわ」


 凛とした声が響いた。


 「……え?」


 次の瞬間。


 空から巨大な氷塊が降り注いだ。


 「なっ……!?」


 それは一つや二つではない。


 視界を埋め尽くすほどの氷塊が、まるで天から降り注ぐ隕石群のように鬼の軍勢へと叩き付けられていく。


 氷属性極大魔法――【クリスタル・アバランチ】。


 圧倒的な魔力によって生み出された氷塊の雨が、鬼の軍勢を一方的に蹂躙していく。


 その光景を前に、アキラたちはただ呆然と立ち尽くしていた。


 そして、その中心へ、一人の女性がふわりと舞い降りる。


 銀白の髪、凛とした佇まい。


 そして、彼女を取り巻く冷気。


 その姿を見た瞬間、アキラは息を呑んだ。


 「お疲れ様です。後はお任せください」


 「……!?」


 その女性の姿に気を取られていたアキラだったが、すぐ隣から別の声が聞こえてきた。


 「もう大丈夫ですよ」


 「あなたは……」


 いつの間に現れたのか。


 一人の男性がアキラの隣に立っていた。


 そして彼は穏やかな口調で告げる。


 「ここからは、私とお嬢様が請け負います」


 そう言うと、男性はアキラに背を向けた。


 腰に携えていた刀を抜く。


 そして、未だ氷の雨によって蹂躙され続けている鬼の軍勢へ向かって、ゆっくりと歩き始める。


 アキラは、その背中を見つめていた。


 恐らく、この光景を一生忘れることはないだろう。


 自分たちではどうすることもできなかった絶望的な状況。


 そこへ颯爽と現れ、まるで何事もなかったかのように戦場を支配していく二人。


 自分と仲間たちの命を救ってくれた二人の姿を――。


 『蒼氷の聖女』、星羅・バーンシュタイン。


 そして――『龍殺の守護者』、轟 清十郎を。

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