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『紅蓮の魔女』と『神速の配信者』  作者: 我王 華純
第二章 集う宿星たち
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第34話 新たな固有スキル


 目の前には、覚醒したドゥーベの猛毒に蝕まれ、海へ落下しようとしているアトランティカの姿があった。


 全身から青黒い血液を噴き出させながら、苦しそうにもがき続けている。


 その蛇のような下半身を激しくくねらせ、のたうち回りながら落下していく様子は、まさに阿鼻叫喚と呼ぶに相応しい光景だった。


 このままでは、再び海中へ沈み、その能力によって完全回復を果たしてしまうだろう。


 ……いや、それだけではない。これまでと同じように、復活と同時にさらなるパワーアップを遂げてしまう可能性が高い。


 それだけは何としてでも阻止しなければならない。


 アトランティカも、そのことは理解しているのだろう。あれほど激しく暴れているにもかかわらず、重力に逆らって飛び上がろうとはせず、ただひたすら海面へ向かって落下している。


 そして、とうとうその巨体は一直線に海へ落下――することはなかった。


 アトランティカが落下するはずだった海面、その十メートルほど上空に突如として巨大なワープゲートが出現したのだ。


 その大きさは、今や全長百メートルにも届こうかというアトランティカの巨体が、丸ごと収まってしまうほどだった。


 もちろん、これは俺の能力によって出現させたもの。


 セプテントリオンの能力の一つ――ミザールの転移能力だ。


 本来なら人間一人を転移させる程度の大きさが限界だったワープゲートも、覚醒したミザールであれば、この規模まで拡張することができる。


 ……まあ、一言で表現するなら、当然のように『ぶっ壊れ』だ。


 〈いや、『神速』さん、あんた……〉


 〈そんな能力を持ってる冒険者、もう人外だろ……〉


 〈ああ……着々とアイリーンさんに近付いてるんだな……〉


 〈俺たちの『神速』さんは、もういないのかもしれない……〉


 〈まあ、とにかく今はできるだけ応援してあげようぜ……〉


 いや、コメント欄がお通夜みたいになってるんだけど!?


 まあ、もし俺が逆の立場で誰かの配信を見ていて、こんな光景を見せられたら……


 うん、間違いなく脱力するな。


 我ながら理解できないくらい、とんでもない能力だもん。


 やっぱり凄いな、最高位神器(グランドレガリア)。


 まさか俺なんかが、こんな力を扱うことになるなんてなぁ……。


 未だに現実感のない状況ではあるが、残念ながらこれは夢でも何でもない。


 俺は――アイリーンさんと一緒に、あいつをぶっ倒すんだ。


 〈いや、でもあのボス、一体どこに行ったんだ?〉


 〈本当だな……まさか、これで終わり?〉


 〈いや、そんなはずないだろ〉


 〈さすがにこのボスフロアのどこかだろうな〉


 〈じゃあ、どこに行ったんだ? 海の中じゃないだろうし……〉


 〈そうだよな……この状況で『神速』さんの能力で飛ばすとしたら……〉


 巨大なワープゲートによって転移させられたアトランティカが、一体どこへ消えたのか。


 コメント欄では、視聴者たちが様々な憶測を飛ばし始めている。


 まあ、それはすぐにわかるさ。


 この海だらけのボスフロアで、アトランティカを海へ落とさずに転移させられる場所なんて――一つしかないのだから。


 直後、海上に出現していたワープゲートと全く同じ大きさのゲートが、遥か上空に出現した。


 当然、先ほどのゲートと対になる出口だ。


 そして、その出口が現れた場所は――俺たちがいる地点から遥か上空。


 数百メートル……いや、それ以上の高さだ。


 次の瞬間、そのゲートからアトランティカの巨体が吐き出された。


 もちろん、ワープゲートへ吸い込まれる直前と全く同じ状態だ。


 全身から青黒い血液を噴き出し、苦しそうにもがき続けている。


 そして、そのまま再び海面へ向かって落下を始めた。


 アトランティカも、自分が置かれている状況を理解できていないのだろう。


 一瞬だけ空中で硬直したかと思えば、すぐに蛇のような下半身を激しく暴れさせながら、再び海へ向かって落下していく。


 ……なんというか、物凄く滑稽に見えるな、これ。


 『ハヤトさん! 凄いです! ……これなら!』


 目の前で起こった光景に驚きながらも、アイリーンさんは興奮を隠しきれない様子だった。


 〈す、すげぇえええ!〉


 〈た、確かにこれなら……!〉


 〈ああ、あの化け物を倒せるかもしれない……!〉


 〈能力も凄いけど、『神速』さんの判断力も半端ないよな……〉


 〈それは前から凄いと思ってた!〉


 〈私も、何気にこれって才能だと思うよ〉


 さっきまでのお通夜はどうした。


 新たな俺の才能についてまで、急に議論が始まってるじゃないか。


 その手のひら返し……俺はそんな皆のこと、嫌いじゃないぜ!


 『ハヤトさん! 後は私の最強の魔法で、あいつを吹き飛ばします!』


 「おお! アイリーンさんの最強の魔法! それは凄いですね!」


 『はい! なので、ハヤトさんにはあと三分!』


 「……はい?」


 『ですから、あと三分間、あいつが海へ落ちないように時間を稼いでほしいんです!』


 ……はいい!?


 あと三分!?


 まあまあ長いぞ、それ。


 現在、アトランティカは上空数百メートルから自由落下している。


 もう少し時間が掛かるとはいえ、あの巨体だ。


 三分もあれば、間違いなく海へ落ちてしまうだろう。


 というか、それ以前に三分どころか、遥かに短い時間で海面へ到達するはずだ。


 もう一度ミザールを使って、同じ場所へ転移させる?


 ……いや、それは無理だ。


 覚醒したミザールには使用回数やクールタイムによる制限は存在しない。


 だが、ワープゲートの出現場所には、いくつかの制約があった。


 一度ワープゲートを出現させた場所には、しばらくの間、再びゲートを出現させることができないのだ。


 しかも、少しだけ位置をずらして……なんていう融通も利かない。


 つまり、ミザール以外の方法で、あのアトランティカの落下を何とか阻止しなければならない。


 ……いや、全く方法が思いつかないんだけど。


 『いけますか? ハヤトさん……』


 そんな俺の内心を知ってか知らずか、アイリーンさんが心配そうにこちらを見つめてくる。


 魔神の姿へ変貌している今でも、その瞳だけはいつものアイリーンさんと変わらない。


 真っ直ぐに俺を見据えている。


 ……まあ、こんな状況でも俺の答えは一つしかないんだけどね。


 「はい! 任せてください!」


 よっしゃぁ!


 やったるわ!


 見切り発車上等!


 こんな無茶苦茶な状況くらい乗り越えられなければ、アイリーンさんの隣で戦うなんて到底無理なんだから!


 『ありがとうございます! それでは私は……準備に入ります――【大賢者スキル】……発動』


 そう言った瞬間、アイリーンさんの周囲に神々しい光を放つ魔法陣が次々と展開され始めた。


 今まで見たこともないスキルを次々と使用し始めるアイリーンさんに、若干の戸惑いを覚えながらも、俺は視線をアトランティカへ戻す。


 『射程範囲極限拡張スキル、使用……完了まであと二分。魔法威力極限上昇スキル、使用……完了まであと三分。極大魔法同時使用スキル……完了まであと二分』


 ……何か、背後からとんでもない単語が次々と聞こえてくるんだけど。


 しかし、今の俺の役割は落下してくるアトランティカを何とかすることだ。


 遥か上空から自由落下しているあの巨体が海面へ到達するまで、残された時間は僅か。


 それまでに、何としてでも対処方法を見つけなければならない。


 『極大魔法合成処理スキル、使用……合成対象魔法は【ボルガニックレイザー】【ブレイジング・スフィア】【プロミネンスウォール】【クリムゾン・メテオ】……』


 ……いや、それにしても物騒な情報が聞こえてきすぎる。


 気になって仕方がない。


 でも――無視するしかない。


 アトランティカを何とかする。


 今の俺に必要なのは、それだけだ。


 アイリーンさんが持てる最大火力を叩き込もうとしていることは、なんとなく理解できる。


 なら、俺は俺で目の前の問題に集中しよう。


 ……とはいえ、俺にできることも限られている。


 今の俺が使える攻撃手段の中で、今回の状況に適しているものは――


 やはり、アリオトだろう。


 覚醒したアリオトの炎は、とてつもない威力を誇る。


 だが、それで落下してくるアトランティカを止めるのは難しい。


 大きなダメージを与えることはできるだろうが、今の俺にはその力を精密に制御する技術が足りない。


 下手をすれば、攻撃によってアトランティカの落下速度をさらに速めてしまう可能性すらある。


 その他のセプテントリオンの能力を考えてみても、ミザールを除けば今回の状況に適したものは見当たらない。


 せめてアイテムが使えれば、超衝撃爆弾(スーパーインパルス)を使って、もう一度あいつを上空へ吹き飛ばすという手もあった。


 つくづく、アイテム使用禁止が悔やまれるぜ。


 ……となると。


 打つ手がないじゃないか。


 一瞬、自暴自棄になりそうになる。


 その時だった。


 『……【グランド・エクスプロージョン】【イグナイト・ブレイド】【デトネーション・ファイアボール】……』


 背後から聞こえてきたアイリーンさんの詠唱に、俺はハッと我に返った。


 ……いや、まだ諦めるのは早い。


 何かあるはずだ。


 俺にできることが。


 何か――何か方法が。


 縋るような気持ちで自分の手札を確認するため、俺が最初に取った行動は――ステータスの確認だった。


 最高位神器(グランドレガリア)の能力で打つ手がないのなら、自分自身のスキルで何とかするしかない。


 なったばかりとはいえ、俺も超級職の端くれだ。


 もしかしたら、この状況を打開できるだけの力が自分の中に眠っているかもしれない。


 俺はすぐさま端末を操作し、自分のステータスを確認する。


 そして――


 「……ん?」


 そこに、今まで存在しなかったスキルが表示されていることに気付いた。


 その名は――


 『配信裂覇』


 ……いや。


 すごい名前だな、これ。


 こんなスキル、今まで存在していなかったはずだ。


 どうして突然……?


 まさか――


 俺は急いで端末を操作し、そのスキルの詳細を確認する。


 そこに表示されていたのは、次のような説明だった。


 【配信裂覇】


 新たな決意に目覚めし時に解放される、『配信王』の固有スキルの一つ。


 強力無比な攻撃を放つことが可能となる。


 その威力は、配信を視聴している人数が多いほど上昇する。


 「……マジかよ」


 期せずして獲得した、新たなスキル。


 その力は――本当の意味で、とんでもないものだった。

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