第3話 『蒼氷の聖女』 VS 『黄雷の戦妃』
時刻は数時間前へ遡る。
自宅で体を休めていたセイラの元に、ダンジョン統括省から召集の連絡が入ったのは、夜中の二時を回ろうかという頃だった。
当初の指示は単純だった。
沖縄に出現した新たなSランクダンジョンへ、至急向かってほしいというもの。
早朝に出発して沖縄へ向かう準備を進めていたセイラの元へ、再び連絡が入った。
内容は、先程とは比べ物にならないほど緊迫したものだった。
――ダンジョン統括省本部へ、『黄牙団』が向かっている。
すぐに本部へ向かってほしい。
第三支部の鏑木支部長から直接受けた指示だった。
予定を大幅に変更させられたことに、セイラは内心かなり苛立った。
だが、連絡してきた鏑木の声から、事態が尋常ではないことも理解していた。
文句を言っている場合ではない。
セイラは清十郎を伴い、急遽東京へ向かった。
そして、超特急で霞ヶ関へ駆け付けた二人は、どうにか間に合った。
「劉愛蕾……まさか、本当にこんなところまで来ているとは驚きですわ」
鏑木支部長から聞かされた時には、俄かには信じられなかった。
だが、今こうして目の前に立っている。
間違いなく本人だ。
Sランク冒険者『黄牙団』クランオーナー、劉愛蕾。
「あたしもあんたのことは前から聞いているよ。『蒼氷の聖女』……一度、戦ってみたいと思ってたんだ」
「へえ……わたくしは、あなたの噂を聞いて、出来ることならお会いしたくないと割と本気で思っておりましたわ」
「あははは! あんた、面白いねぇ!」
何がそんなに面白いのか。
劉愛蕾は腹を抱えるほど大笑いしている。
対するセイラは、完全に引いていた。
Sランク冒険者同士。
本来ならば、互いの実力を認め合うような緊張感があって然るべきなのだろう。
しかし、目の前の女にはそんなものが一切ない。
「いやぁ、よく笑わせてもらったよ!」
ひとしきり笑った劉愛蕾は、突然セイラへ視線を戻した。
「それじゃあ、せっかくだし、あんたにもハンデをあげるよ! 一発だけ、あたしに全力の一撃をぶち込んでみな!」
「……はあ?」
セイラの眉がぴくりと動く。
「あなた……わたくしのことを舐めているんですの?」
先程、金剛寺に対して口にしたものと全く同じ提案。
無抵抗で一撃を受けてやる。
それをハンデだと言う。
セイラの中にある冒険者としての誇りが、明確に刺激された。
自分はSランク冒険者。
世界でも僅かな者しか辿り着けない、冒険者の頂点に立つ存在だ。
その自分に対して――ハンデ?
「いやいや、気を悪くしないでおくれよ。ただ、自分と同格と言われるあんたの実力を知りたいだけなんだ」
劉愛蕾は悪びれる様子もない。
「ほら、遠慮はいらない。全力で来なよ!」
「……そうですか」
セイラの表情から笑みが消えた。
持っていた杖をアイテムボックスへ収納する。
代わりに、両手を強く握り締めた。
魔導士としてではなく、格闘家として戦う。
それこそが、セイラの本領だった。
「清十郎!」
「はい、お嬢様」
「そこで飛んでいる鳥人間は、あなたに任せますわ!」
「承知しました」
「わたくしは今から、この女を――ぶちのめしますわ!」
「お任せくださいませ」
いつの間に抜いたのか。
清十郎はすでに刀を構えていた。
セイラから視線を外すことなく、上空の呉 凌峰を警戒している。
「いつの間に……くそ、面倒なのが来やがったなぁ」
上空からその光景を眺めていた呉 凌峰は、深いため息を吐いた。
陽動要員として、この場にいるはずだった。
ところが、気が付けば『龍殺の守護者』とまで呼ばれる男の相手をする羽目になっている。
だが、呉李静は無理に動こうとはしなかった。
清十郎もこちらを警戒しているだけで、攻撃してくる様子はない。
ならば、余計なことをする必要はない。
今は劉愛蕾とセイラの戦いを見届ける。
そう判断した。
呉李静が視線を戻す。
そこには、全身から青白い光を放つセイラの姿があった。
「これは……やばいな」
思わず呟く。
劉愛蕾の実力なら、誰よりも理解しているつもりだった。
これまで幾つもの戦場を共にし、その度に桁外れの力を見せつけられてきた。
だが、それを理解している呉 凌峰でさえ、目の前のセイラを見て警戒を覚えた。
あの攻撃は危険だ。
まともに受けるべきではない。
それが一目でわかる。
「いきなり『最終階層』では可哀想ですわね……」
セイラの周囲に漂っていた青白い光が、両腕へ集束していく。
「ですから、とりあえず……『第二階層』辺りで手を打ちますわ!」
霞ヶ関の中心で、絶対零度の凍気を撒き散らすわけにはいかない。
だからこそ選んだ。
自分が扱える力の中でも、周囲への影響を抑えられるものを。
青白い光が、両腕へ凝縮される。
同時に、周囲の気温が急激に低下していった。
「さ、寒い……」
金剛寺たちの口から漏れる吐息が白く染まる。
セイラはゆっくりと拳を引いた。
その構えは美しく、無駄がない。
だが、その拳に込められた力は――決して美しいだけのものではなかった。
「さあ……そろそろ行きますわよ!」
その瞬間。
「劉様ぁ!」
上空から呉 凌峰の叫び声が響いた。
「さすがに、それは喰らっちゃいけねぇ! 『霊亀』を使って下さい!」
『霊亀』……何らかの防御系スキルだろう。
しかし――
「馬鹿かよ!」
劉愛蕾が怒鳴り返す。
「相手がまだ最高位神器を使ってないのに、あたしだけそんな真似できるわけないだろうが!」
その一言に、周囲の冒険者たちが凍り付いた。
最高位神器
その単語を、ここにいる何人が理解しているのか。
だが、少なくとも一つだけわかった。
劉愛蕾は――最高位神器を持っている。
そして先程、呉 凌峰が口にした『霊亀』。
それも、おそらくその神器に関係する能力なのだろう。
セイラは構えを崩さない。
「馬鹿の相手は、もうコリゴリですわ」
青白い光が、拳へと集中する。
「これで……くたばってしまいなさいなぁっ!」
踏み込みと同時に、セイラの姿が掻き消えたかと思った直後――
「おっしゃぁ! こいやぁ!!」
劉愛蕾が胸を張った。
避けるつもりはなく、防ぐつもりすらない。
真正面から受け止めるつもりなのだ。
セイラの拳が、劉愛蕾の胸元へ突き刺さる。
――ドォンッ!!
凄まじい衝撃音。
次の瞬間、拳に凝縮されていた凍気が一気に解放された。
青白い冷気が周囲へ爆発的に広がり、劉愛蕾の姿ごと大地を凍結させていく。
瞬く間に巨大な氷塊が形成された。
「……すごい」
金剛寺は思わず呟いた。
ハヤトの配信を通して、セイラの能力については知っていた。
だが、実際に目の前で見ると、その迫力はまるで違う。
あれほどの攻撃を、無防備で受けて生きていられる生物など存在するのか。
そう思わせるほどの一撃だった。
「ふん……さすがに、これで終わりですわね」
セイラは拳を下ろした。
全ての凍気を攻撃へ注ぎ込んだため、先程まで身に纏っていた青白い光も消えている。
目の前に残っているのは、巨大な氷塊だけ。
そこから生命反応が感じられるとは、とても思えない。
「いやぁ……恐ろしいなぁ」
上空から、呉 凌峰の声が響いた。
「お嬢様の実力は思い知りましたか?」
清十郎が刀を構えたまま問い掛ける。
「あなたも、さっさと投降した方が賢明ですよ」
「ん?」
呉李静は少し困ったように頭を掻いた。
「いや、そうじゃないんだよなぁ」
「……何?」
「あんたんとこのお嬢さんは確かに恐ろしい。俺がまともに戦ったら、一瞬で殺されるだろうね」
呉李静は氷塊へ視線を向ける。
「だけどさ……」
その表情に浮かんだのは、妙な苦笑だった。
「やっぱり、うちの劉様って恐ろしい人なんだなぁって、改めて実感しちゃったんだよね」
「な……何を言っている!?」
清十郎が声を荒らげた、その瞬間だった。
――バチィッ!!
巨大な氷塊の内部で、閃光が走った。
氷の中心部から天へ向かって伸びる、一本の光。
次の瞬間――
ズガァァンッ!!
轟音が霞ヶ関一帯に響き渡った。
「これは……雷!?」
金剛寺が目を見開くと同時に、巨大な氷塊が内側から砕け散った。
大量の氷片が周囲へ飛び散る。
その中心に、劉愛蕾が立っていた。
その姿はまさかの無傷、服装すら乱れていない。
「悪いな」
劉愛蕾は首を軽く回しながら笑う。
「攻撃そのものは大丈夫だったんだけどさ。氷の中から自力で脱出できなくてな」
胸元を軽く叩く。
「思わずスキルを使っちまったよ」
誰も言葉を発することができなかった。
あの一撃を受けた。
しかも無抵抗で。
それなのに――無傷。
同じSランク冒険者。
同じ頂点に立つ者。
そう思っていた。
だが、目の前にいる二人の間には、あまりにも大きな隔たりがあった。
セイラと清十郎が到着したことで、助かったと思っていた冒険者たちの顔から、再び血の気が引いていく。
「まあ、あんたの攻撃はかなり凄かったよ」
劉愛蕾は胸元をパンパンと払いながら言う。
「一瞬、本気で受けたことを後悔しちゃったもんねぇ」
その言葉に、セイラの表情が険しくなる。
自分の全力を受けて――
「後悔しただけ」ですって?
そんなセイラの心情など知る由もなく、劉愛蕾は楽しそうに笑う。
「さて……」
その笑みが、獰猛なものへ変わった。
「次は、あたしの番だね」
全身から凄まじい闘気が噴き上がる。
「覚悟しなよぉ!」
「……っ」
セイラは反射的に構えを取り直した。
先程までとは違う。
今度は、こちらが攻撃を受ける側だ。
しかも相手は――自分の全力を真正面から受けて、ほぼ無傷だった怪物。
(これは……さすがに命懸けですわね)
セイラの額を、一筋の冷や汗が伝う。
(鏑木支部長……後で絶対に文句を言ってやりますわよ!)
目の前で笑う劉愛蕾を見据えながら、セイラはようやく理解した。
この女は、ただ強いのではない。
自分たちSランク冒険者が立っている場所より、さらに遥か上にいる。
そして今――その怪物との、本当の戦いが始まろうとしていた。
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