第2話 『黄牙団』の恐怖
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「ふん、一先ず陽動は成功と言ったところか……」
上空から地上を見下ろしながら、男は小さく呟いた。
彼の名は、呉 凌峰。
Sランククラン『黄牙団』に所属するAランク冒険者であり、クラン内序列は第三位。クランオーナーである劉愛蕾の側近として、その左腕とも呼ばれている男だ。
現在、彼は自らの神器――『天凱翼』を装備し、数十メートル上空を悠々と飛翔していた。
背中に展開された巨大な翼が風を捉え、彼の身体を空中に留めている。
その手には大型のライフル銃。
銃口は眼下に集まった冒険者たちへ向けられているが、今のところ引き金を引く必要はなさそうだった。
「あーあ、あいつらも終わりだな。劉様の相手をさせられるとは可哀想に……」
呉李静は、どこか同情するような声を漏らした。
視線の先では、劉愛蕾がゆっくりと冒険者たちへ歩み寄っている。
その姿を見ただけで、相手側の冒険者たちが明らかに動揺しているのがわかる。
「あー……一、二……大体十人くらいか。三分も持たないだろうな」
念のためライフルの照準を中央の男へ合わせる。
薙刀を構えているところを見る限り、あの男が集団の中では最も実力が高いのだろう。
だが、呉李静にとっては、それすら大した問題には思えなかった。
劉愛蕾が本気になれば、あの程度の人数など相手にならない。
これから眼下で繰り広げられるのは、戦闘というより一方的な蹂躙になる。
そう確信していた。
◇
その怪物と真正面から対峙している金剛寺は、全身から冷たい汗を流していた。
(対峙して、ようやくわかった……)
目の前に立つ女を見据えながら、金剛寺は奥歯を噛み締める。
(こいつ……噂以上の化け物だ)
これまで幾度となく死線を潜り抜けてきた。
自分自身もAランクまで上り詰めた冒険者だ。
多少の強敵を前にしたところで、簡単に動揺するような経験しか積んでいないわけではない。
だが、目の前にいる劉愛蕾から感じる威圧感は、これまで知っているどんな強者とも比較にならなかった。
肌が警告している。
戦えば死ぬ。
しかも、自分だけではない。
ここにいる仲間全員が、まともに戦うことすらできずに倒される。
(間違いなく全員殺される……しかも、一方的にだ)
これまで積み重ねてきた経験が、そう告げていた。
象と蟻。
そんな言葉ですら生ぬるい。
目の前の存在とは、それほどまでに隔絶した力の差がある。
それでも、この場で最も実力のある人間として、仲間を守る責任がある。
金剛寺は乾ききった喉から、必死に声を絞り出した。
「と、止まれ! お前たち、一体……どういうつもりなんだ!?」
声が震えている。
自分でも情けないと思うほどだった。
だが、今できることは限られている。
少しでも会話を引き延ばす。
その間に状況を把握し、仲間たちを生き残らせる方法を探す。
それしかなかった。
「ふうん? 見たところ、あんたがここのリーダーかい?」
劉愛蕾が興味深そうに問い掛ける。
「……ああ、そうだが」
金剛寺は慎重に答えた。
一言間違えれば、その瞬間に命を奪われる。
そんな恐怖が常に付きまとっているせいで、精神がじわじわと削られていく。
そんな金剛寺の様子を見て、劉愛蕾は意外そうに眉を上げた。
「まあ、そんなに恐縮しなくてもいいさ。そっちが先に手でも出してこない限り、こっちは何もしないからさ……今のところはね」
意外にも穏やかな口調だった。
何人かの冒険者が、わずかに安堵した表情を浮かべる。
しかし、金剛寺だけは違った。
(何もしない……だと?)
そもそも、先程この女は正門を吹き飛ばしたばかりだ。
それで「何もしない」と言われても、到底信用できるものではない。
(こいつ……やっぱり普通じゃない)
しかも、最後に付け加えた言葉。
『今のところは』
それが何を意味するのか。
何を企んでいるのか。
金剛寺にはまるで理解できなかった。
よく考えてみれば、『黄牙団』の行動には不自然な点が多すぎる。
わざわざ地面を爆破して冒険者たちを正門へ誘導し、そのうえで正門そのものを破壊した。
単なる侵入が目的なら、もっと効率のいい方法はいくらでもある。
「んー? どうしたんだい? 完全に固まっちゃってるねぇ」
劉愛蕾がニヤニヤと笑いながら近づいてくる。
「目の前に侵入者がいるんだよ? それでいいのかーい? ほれほれ、どうした?」
「くっ……!」
(誰のせいでこんな状態になってると思ってやがる……!)
怒りが込み上げる。
だが、そんな感情に流されている場合ではない。
金剛寺は必死に思考を巡らせる。
こいつらの目的は何だ?
何故、わざわざ自分たちをここへ集めた?
劉愛蕾の目的は?
上空にいる男は何のために攻撃を繰り返している?
そこまで考えたところで、ふと違和感が形になった。
(……待て)
金剛寺の視線が、上空へ向けられる。
(上空のあいつと、目の前の劉愛蕾……たった二人でここまで来たわけじゃないだろ)
『黄牙団』は世界有数の武闘派クランだ。
劉愛蕾一人だけならともかく、これほど大規模な襲撃を二人だけで行う理由などない。
ならば、他のメンバーはどこにいる?
その答えに辿り着いた瞬間、金剛寺の血の気が引いた。
(まさか……)
最悪の可能性が脳裏を過る。
(俺たちをここへおびき寄せるための……陽動か!)
「全員、すぐに戻るんだ! 本部が……危ない!」
金剛寺が叫ぶ。
もしこれが陽動なら、他の『黄牙団』のメンバーはすでに別の場所へ向かっているはずだ。
今回、ダンジョン統括省が集めた冒険者は、ほぼ全員が正門へ駆け付けている。
つまり、本部は現在ほとんど無防備。
そこを襲われれば、致命的な被害が出る。
金剛寺は即座に踵を返した。
だが――
「『麒麟』……」
その声が聞こえた瞬間、金剛寺は足を止めた。
振り返る。
さっきまで目の前にいたはずの劉愛蕾が、いつの間にか背後に立っていた。
「なっ……!?」
音もない。
気配すら感じなかった。
何らかのスキルを使ったことだけは理解できるが、移動の過程がまるで見えない。
「いやぁ、あんたらさぁ。せっかく来たんだし、もうちょっとゆっくりしていきなよ」
「瞬間移動……だと!?」
「いや、瞬間移動じゃないんだけどね。まあ、似たようなもんかな?」
劉愛蕾は楽しそうに笑っている。
能力の正体はわからない。
ただ一つだけ確かなことがある。
退路は完全に断たれた。
(最悪だ……)
このままでは本部が危ない。
今すぐ戻らなければならない。
だが、そのためには目の前の女をどうにかしなければならない。
勝てるのか?
答えは決まっている。
勝てない。
それでも、他に方法がない。
そんな金剛寺たちの表情を見て、劉愛蕾が何かを思いついたように手を叩いた。
「ふうん……そうだねぇ。そんなに縮こまられちゃ面白くないしね」
そして、口元を吊り上げる。
「そうだ! こうしよう!」
嫌な予感しかしない。
「アンタらの中で一番強い奴の攻撃を、一撃だけハンデとして喰らってやるよ!」
「……は?」
あまりにも突拍子のない提案に、金剛寺は思考が止まった。
目の前の女は、本気で言っている。
(……狂ってやがる)
Sランク冒険者。
世界でも数えるほどしか存在しない、人類最高峰の戦闘能力を持つ者たち。
だが、こいつらは強いだけではない。
どこか感覚そのものが常人とは違っている。
そんな相手から与えられた、一撃だけの攻撃機会。
金剛寺の手に力が入った。
(……ひょっとして、千載一遇のチャンスなんじゃないか?)
金剛寺のジョブは【金剛戦士】。
一撃の破壊力に特化した上級職だ。
しかもレベルはカンストしている。
純粋な一撃の威力だけなら、Sランク冒険者にも通用する。
そう信じてきた。
ならば、これに賭けるしかない。
「その申し出……有難くもらっておく!」
金剛寺は薙刀を構える。
「だが、後悔するなよぉ! 唸れ……『ヴァジュラ』ァ!!」
瞬間、薙刀が黄金の輝きを放った。
Aランク神器――『金剛刃・ヴァジュラ』。
その能力は、所持者のHPを攻撃力へ変換すること。
金剛寺は自らのHPを残り一まで削り、その全てを神器へと注ぎ込んだ。
結果、『金剛刃・ヴァジュラ』の攻撃力は通常時のおよそ五倍へと跳ね上がる。
「まだまだぁ! 『金剛力』発動!」
続けて【金剛戦士】固有スキル『金剛力』を発動。
次に放つ攻撃の威力を倍加させるスキルだ。
五倍になった攻撃力が、さらに二倍。
合計十倍。
単純な攻撃力だけなら、Sランクダンジョンのボスすら一撃で倒せる可能性がある。
これが金剛寺に残された、最大最強の一撃だった。
(どうせ、ここで失敗すれば死ぬだけだ)
現在のHPは一。
かすり傷を受けただけでも命を落とす。
ここはダンジョンではない。
セーブポイントも存在しない。
死ねば復活できない。
それでも――ではなく、だからこそ。
「やるしかないんだよぉぉぉ!!」
金剛寺は雄叫びを上げ、全力で踏み込んだ。
黄金の光を纏った『ヴァジュラ』が、劉愛蕾へ向かって振り下ろされる。
「へえ……これはなかなかだねぇ」
「言ってろ……死ねぇぇぇ!!」
大地が震えた。
凄まじい衝撃が周囲へと広がり、劉愛蕾の足元の地面が爆ぜる。
土煙が一気に舞い上がり、視界を覆い尽くした。
金剛寺は荒い息を吐きながら、その光景を見つめる。
「……やったか?」
手応えはあった。
間違いなく、渾身の一撃を叩き込んだ。
これなら――
「うーん、筋は悪くないんだけどねぇ」
土煙の向こうから、声が聞こえた。
「……な」
金剛寺の顔から血の気が引く。
煙が晴れていく。
そこに立っていたのは、劉愛蕾だった。
無傷。
傷一つない。
服にすら乱れがない。
「そんな……馬鹿な……」
金剛寺の手から力が抜ける。
「俺の……全力の一撃でも……無傷だと?」
理解できない。
力の差があることは最初からわかっていた。
だが、自分が最も得意とする一撃の威力ですら、傷一つ付けられない。
ここまでの差があるとは思っていなかった。
「くそ……ゲームセットかよ……」
完全に心が折れた。
そんな金剛寺を見て、劉愛蕾は肩をすくめる。
「まあ、これでお終いだねぇ。あたしが強すぎるだけだから、そんなに気を落とさなくてもいいさ」
そして、にっこりと笑った。
「来世では、もっと努力しなよ」
冒険者たちには、もう戦う気力すら残っていない。
劉愛蕾はゆっくりと彼らへ歩み寄っていく。
その瞬間だった。
「そこまでですわ!」
凛とした声が周囲へ響き渡った。
劉愛蕾の足が止まる。
声のした方向へ視線を向ける。
先程、吹き飛ばされた正門。
その瓦礫の向こう側に、一人の女性が立っていた。
その姿を確認した瞬間、劉愛蕾の口元がゆっくりと吊り上がる。
「へえ……あんたは確か……」
女性は堂々と歩み出る。
その表情には、一切の怯えがない。
「度重なる狼藉……この青羅・バーンシュタインが許しませんわよ!」
『蒼氷の聖女』――青羅・バーンシュタイン。
ダンジョン統括省の要請を受けたSランク冒険者が、窮地に陥った冒険者たちを救うため、ついに戦場へ姿を現した。
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