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『紅蓮の魔女』と『神速の配信者』  作者: 我王 華純
第一章 誕生『神速の配信者』
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第4話 『深淵の支配者』

 『深淵の回廊』地下百階――ボスフロア。


 広大な石造りの空間。その中央には、漆黒の甲冑をまとった巨人が静かに佇んでいた。


 巨大な両手剣を地面に突き立てたまま、一切身動きしないその姿は、まるで侵入者を待ち続ける門番のようだった。


 ダンジョン最深部の支配者。


 ボスモンスター――《アビスロード》。


 アイリーンさんと俺は、大扉をくぐり、そのボスフロアへと足を踏み入れる。


 「へぇ……あの鎧の巨人が、このダンジョンのボスなんですね」


 興味深そうに眺めるアイリーンさん。


 対する俺は思わず苦笑した。


 「はい。名前は『アビスロード』です。さっき俺、一回挑んで瞬殺されました」


 「あらあら」


 アイリーンさんは相変わらず穏やかな笑みを浮かべたまま頷いた。


 その表情には緊張の欠片もない。


 世界最難関ダンジョンのラスボスを前にしているとは、とても思えなかった。


 俺は配信用カメラへ向き直る。


 「皆さん、お待たせしました。これから『紅蓮の魔女』アイリーンさんと一緒に、『深淵の回廊』最終ボス『アビスロード』へ挑戦します」


 「今回は俺は撮影と実況に徹します。もし途中で俺がやられたら……その時は、ごめんなさい」


 コメント欄が一気に流れ始める。


 〈きたああああ! 神速さん!〉


 〈このために有給取ったぞ!〉


 〈俺なんかデート断ってきた〉


 〈彼女より配信を選ぶなwww〉


 〈でも『紅蓮の魔女』の初戦闘配信だぞ!? 見るしかねぇ!〉


 いつの間にか俺は『神速さん』と呼ばれるようになっていた。


 ……まあ、悪くない。


 配信者として覚えてもらえる名前があるのはありがたいことだ。


 ボスフロアへ一定以上踏み込んだ瞬間。


 ギギギギ……


 漆黒の巨人がゆっくりと顔を上げた。



 「ガアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 咆哮共に空気そのものが震える。

 

 それが、開戦の合図だった。


 「神速!」


 俺は即座にスキルを発動。


 視界が一変する。


 世界がゆっくりと流れ始める中、アイリーンさんとアビスロードを同時に映せる位置まで一気に駆け抜ける。


 もちろん、戦闘には介入しない。


 俺の仕事は戦うことじゃない。


 この歴史的瞬間を、世界へ届けることだ。


 「両者が向かい合いました!」


 「アビスロードは大剣を構えています! 一方のアイリーンさんは……」


 思わず苦笑する。


 「……笑ってます」


 〈余裕すぎるwww〉


 〈なんで笑ってられるんだよ!〉


 〈俺なら腰抜かしてる〉


 〈実況いいぞ神速さん!〉


 数秒の静寂。


 それを破ったのはアビスロードだった。


 巨体とは思えない速度。


 一歩で数十メートルを詰めると、巨大な剣を頭上へ振り上げる。


 「速い!!」


 轟音と共に必殺の一撃が振り下ろされ――


 アイリーンさんを捉えた――はずだった。


 「……え?」


 剣が、ない。


 いや、正確には柄だけが残っており、刀身が途中から綺麗に消えていた。


 「なっ……」


 アビスロード自身が一番驚いている。


 俺も理解できなかった。


 よく見ると、アイリーンさんの周囲だけ景色が揺らめいている。


 陽炎、いや違う。


 空間そのものが、高熱で歪んでいた。


 刀身は触れた瞬間、蒸発してしまったのだ。


 「……すげぇ」


 アイリーンさんは一歩も動いていない。


 ただ、穏やかに微笑んだまま杖を持ち上げる。


 「――ボルカニック・レイザー」


 次の瞬間、紅蓮の閃光が一直線に走った。


 アビスロードは咄嗟に体を捻り、直撃だけは避けたが、左肩から先が跡形もなく消えてしまった。


 「グォォォォォォォッ!!」


 絶叫と共に、巨大な身体が大きくよろめく。


 「す、すげぇぇぇぇ!!」


 思わず叫んでしまう。


 俺は、実況者失格かもしれない。


 でも無理だ、こんなの目の前で見せられて冷静でいられる人間なんていない。


 〈神速さん語彙力www〉


 〈いや俺も「すげぇ」しか出ねぇ〉


 〈これがSランクか……〉


 〈次元違いすぎる〉


 〈魔法ってここまで行くのかよ〉


 コメント欄は完全にお祭り状態だった。


 しかし、アビスロードも終わりではなかった。


 残った右腕で、自らの左腕を掴むとそのまま、ブチリと嫌な音と共に自ら引きちぎった。


 その腕が黒い魔力をまとい、巨大な剣へと姿を変えていく。


 「そんなのアリかよ!?」


 俺が叫ぶ中、アイリーンさんだけは笑顔を崩さない。


 そして、黒い大剣が床へ突き立てられた。


 俺の背筋に悪寒が走る。


 「アイリーンさん!! 来ます!! 全体攻撃です!!」


 「あっ、それですね」


 まるで確認でもするような口調だった。


 「ハヤトさん、後ろへどうぞ」


 俺は神速を全開にして彼女の背後へ滑り込む。


 その瞬間――


 「オオオオオオオオオオオオッ!!」


 雷が発生、床全体が発光し、無数の雷撃がフロアを埋め尽くす。


 俺を一度焼き殺した、あの攻撃だ。


 「――プロミネンス・ウォール」


 静かな詠唱と共に、紅蓮の障壁が展開される。


 アビスロードが放った雷は、その壁に触れた瞬間、霧散してしまった。


 「……嘘だろ」


 あれほど絶望した攻撃が、たった一枚の魔法障壁で、完全に止められていた。


 コメント欄も騒然となる。


 誰も見たことのない魔法。


 誰も知らない領域。


 世界中が、この瞬間を目撃していた。


 そして、切り札を防がれたアビスロードは、最後の突撃を選ぶ。


 「あらあら」


 アイリーンさんは小さく笑う。


 「そろそろ終わりですね」


 杖の先端へ炎が集束していく。


 圧縮された熱量が球となり。


 やがて六つに分裂した。


 「ハヤトさん」


 「はい!」


 「少し避けてくださいね」


 「……え?」


 「大丈夫です」


 にっこりと笑顔のままで……


 「あなたなら避けられますから」


 嫌な予感しかしない。


 「ブレイジング・スフィア」


 六つの紅蓮の光球が、一斉に飛び出した。


 それとぼぼ同時に俺は悟る。


 ――これ、俺にも飛んでくるやつだ。


 「やっぱりぃぃぃぃぃぃっ!!」


 俺は神速を全開にし、光球の雨から逃げ回るのだった。


 六つの紅蓮の光球は、生き物のように空中を舞っていた。


 いや、生き物どころではない。


 獲物を狩るためだけに生み出された意思ある兵器。


 そんな表現がぴったりだった。


 「うわわわわわっ!?」


 一つの光球がアビスロードへ向かって急旋回したかと思えば、その軌道上にいた俺のすぐ脇をかすめていく。


 髪が熱風で揺れる。


 たったそれだけで全身から嫌な汗が噴き出した。


 掠っただけで終わる。


 本能がそう告げていた。


 「避けろ、俺ぇぇぇぇ!!」


 《神速》を限界まで発動。


 世界が再びゆっくり流れ始める。


 六つの光球は、それぞれの軌道を一瞬で見極め、壁を蹴り、柱を踏み、天井近くまで跳び上がる。


 まるで命綱なしで弾幕ゲームをやらされている気分だった。


 「うおっ!? そっちも来るのかよ!」


 右へ、左へ、そして後ろへ。


 止まれば死ぬ。


 少しでも判断が遅れれば蒸発する。


 そんな極限状態にもかかわらず、俺は必死にカメラだけはアビスロードへ向け続けた。


 配信者として、この瞬間だけは絶対に逃したくなかった。


 〈神速さんも化け物なんだけど!?〉


 〈普通の人なら一秒で死んでるぞ!〉


 〈実況しながら避けるなwww〉


 〈いや、これ世界最高峰の戦闘配信じゃね?〉


 〈カメラワーク神すぎる!!〉


 コメント欄は完全にお祭り騒ぎになっていた。


 一方――アビスロードは悲鳴を上げ続けていた。


 「グオオオオオオオオッ!!」


 一つ目の光球が腹部を貫く。


 二つ目が右肩を焼き飛ばす。


 三つ目は脚を消し去り。


 四つ目、五つ目、六つ目が追い打ちをかける。


 逃げても、防いでも、避けても。


 光球は意思を持つように軌道を変え、執拗に追い続ける。


 まさしく処刑だった。


 「さて――」


 アイリーンさんだけは、その惨状を眺めながら穏やかに微笑んでいる。


 まるで散歩の途中で花でも眺めているような表情だった。


 「そろそろ終わりですね」


 その言葉と同時に。


 六つの光球が一斉にアビスロードへ収束した。


 凄まじい爆炎が舞い上がり、視界が真っ白に染まる。


 熱風がボスフロア全体を吹き抜けた。


 俺は《神速》で何とかその衝撃をやり過ごしながら、カメラだけは決して逸らさない。


 やがて炎が晴れる。


 そこには――何も残っていなかった。


 漆黒の巨人は跡形もなく消滅していた。


 数秒遅れて、ダンジョン全体が震え始める。


 ボス討伐の事実を世界が認識した瞬間だった。


 「……終わった?」


 俺は肩で息をしながらその場に座り込む。


 《神速》を連続使用した疲労もある。


 何より、精神的に限界だった。


 対するアイリーンさんは汗一つかいていない。


 「お疲れさまでした、ハヤトさん」


 「い、いや……お疲れさまなのはアイリーンさんですよ……」


 「そうですか?」


 首を傾げる。


 本当に自覚がないらしい。


 俺は恐る恐る尋ねた。


 「最後の魔法なんですけど……」


 「はい?」


 「ボルカニック・レイザーだけでも倒せたんじゃ……」


 「あっ、気付いちゃいました?」


 悪戯が成功した子どものように笑うアイリーンさん。


 「ハヤトさん、本当に私の戦闘を配信できるのかなって、ちょっと試してみたくなりまして」


 「……試した?」


 「はい。わざと一番避けにくい魔法を選びました」


 「…………」


 「ちゃんと全部避けられましたね!」


 満面の笑み。


 俺は思わず頭を抱えた。


 「いや、死ぬかと思いましたよ!」


 「あはは、ごめんなさい」


 全然悪びれていない。


 この人、本当に天然なんだな……。


 〈アイリーンさん自由すぎるwww〉


 〈神速さん実験台だったwww〉


 〈でも全部避ける神速さんもおかしい〉


 〈この二人、相性良すぎるだろ〉


 〈伝説のコンビ爆誕じゃん〉


 コメント欄も爆笑の渦に包まれていた。


 その時だった。


 ダンジョン全体へ響き渡るような重厚なアナウンスが流れる。


 『おめでとうございます』


 『Sランクダンジョン《深淵の回廊》が踏破されました』


 『踏破者は――』


 『アイリーン・スカーレット』


 『草薙ハヤト』


 「え……俺も?」


 思わず素っ頓狂な声が漏れる。


 俺、撮影してただけなんだけど。


 「共同踏破扱いなんですね」


 アイリーンさんは嬉しそうに拍手した。


 「良かったですね、ハヤトさん」


 「いや、俺ほとんど何も……」


 「そんなことありませんよ」


 優しく微笑みながら言う。


 「あなたがいなければ、この戦いを世界中の人が見ることはできませんでした。」


 その一言に、少しだけ胸が熱くなる。


 戦っていない。


 それでも、自分にも役割はあったと、そう思えたからだ。


 〈神速さん、おめでとう!!〉


 〈初踏破配信とか歴史に残るだろ!〉


 〈同接八万人突破!!〉


 〈伝説の瞬間をリアルタイムで見れてよかった!〉


 コメントは止まることなく流れ続ける。


 そして、アナウンスはまだ終わっていなかった。


 『それではこれより、《深淵の回廊》踏破者へ、特典報酬の授与を開始します――』


 ボスフロア全体が淡い光に包まれ始めた。

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― 新着の感想 ―
あああ。アビスロードさん。おいたわしや。 相手が悪すぎましたね。お悔やみ申し上げます(合掌 おお。踏破者報酬。やった。 これはハヤトさんも棚ぼた&大幅レベルアップ、そして地上に帰れるでは?(期待
さすがアイリーンさん! ・・・これは相棒を見つけたと同時に便乗しただけでは?(ボソッ)
アイリーンさんの恐ろしさと無垢さのギャップが凄まじいですね。この人もなかなかの曲者で(笑)アビスロードが気の毒になるぐらいの強さでした。今回もとても面白かったです。
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