第3話 『紅蓮の魔女』と『神速の配信者』
俺の目の前でにこにこと微笑むその女性は、どう見ても強者には見えなかった。
……いや、強い。
それは嫌というほど知っている。
つい数分前、俺はこの人に一瞬で焼き尽くされたのだから。
それでも実際に話してみると、その穏やかな笑顔と柔らかな口調からは、『紅蓮の魔女』の異名で恐れられるSランク冒険者――アイリーン・スカーレットとは、とても結び付かなかった。
「……あの、ハヤトさん?」
「はい?」
「さっきから私たちの周りを飛び回っている、その小さい子は何でしょう?」
アイリーンさんが首を傾げながら指差したのは、俺の配信用ドローンだった。
「ああ、これはライブ配信用のドローンです。今もこれで世界中に配信してまして」
「へぇ……これが噂の配信用ドローンなんですね」
興味津々といった様子でドローンを眺めるアイリーンさん。
「それにしても凄いですね」
「何がですか?」
「さっき私、あなたごと燃やしてしまいましたよね?」
「ええ」
「でも、この子は何事もなかったように戻ってきてるじゃないですか。すごく丈夫なんですね」
確かに普通なら燃え尽きて終わりだ。
だが、このドローンはダンジョン産の自己再生金属で作られている。
多少壊れようが、時間さえ経てば元通りになって持ち主の元へ戻ってくる。
危険地帯で配信する探索者には必須装備と言われる理由だ。
「ちなみに、今も配信中なんです」
「えっ? じゃあ私も映ってるんですか?」
「はい。もし嫌でしたらすぐ切りますけど……」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
あっさり了承してくれた。
俺はドローンを操作し、アイリーンさんがよく映る位置へ移動させる。
するとコメント欄が一気に流れ始めた。
〈『紅蓮の魔女』ってこんな人だったの!?〉
〈初めて見た……イメージ違いすぎる〉
〈騙されるな!! この人、会った瞬間焼いてくるからな!!〉
〈俺も灰になったことある〉
〈でも可愛すぎるだろ……〉
〈これでSランクとか反則じゃん〉
どうやら視聴者の評価は真っ二つらしい。
可愛い派。
焼かれた恨み派。
ちなみに後者の気持ちは、俺もよく分かる。
「それにしても凄かったですよね。地下九十九階のモンスターを一瞬で焼き払うなんて」
「いえいえ、あれくらいなら準備運動ですよ」
「……え?」
「まだ本気じゃありませんし」
「えぇっ!?」
思わず変な声が出た。
あれで本気じゃない?
「あまり本気を出すと周囲に何も残らなくなってしまいますから」
アイリーンさんは、まるで「今日は少し暑いですね」とでも言うような笑顔で、とんでもないことを口にした。
……怖い。
笑顔なのに怖い。
「それだけ強いのに、アイリーンさんって配信とかされないんですね」
「そういうのはあまり詳しくなくて……」
少し困ったように笑う。
「何度か配信したいって言われたことはあるんですけど……」
「ああ、やっぱり」
「皆さん、私の炎に巻き込まれて灰になっちゃいました」
「……ですよね」
納得しかなかった。
あの全方位爆炎の中で撮影なんて普通は不可能だ。
「炎耐性が完璧って方もいたんですけど……」
「駄目でした?」
「一瞬でした」
「……」
無理だ。
これは誰にも撮れない。
「となると……」
俺は腕を組む。
「アイリーンさんの炎を避けられるくらい速い人じゃないと配信は無理ですね」
その瞬間、コメント欄が一斉に爆発した。
〈それ主じゃねぇか!!〉
〈神速!!!!〉
〈お前じゃん!!〉
〈気付けよwww〉
〈最適解ここにいたwww〉
「あっ」
俺もようやく気付いた。
……俺じゃん。
「アイリーンさん」
「はい?」
「一つお願いがあるんですが」
「何でしょう?」
「俺、『神速』っていう超高速で動けるスキルを持ってるんです」
「はい」
「もしかしたら、アイリーンさんの戦闘を配信できるかもしれません」
一瞬、アイリーンさんは目を丸くした。
そして次の瞬間――花が咲くような笑顔になった。
「それは素敵ですね!」
「ぜひお願いします!」
〈うおおおおお!!〉
〈Sランク冒険者の攻略配信!?〉
〈神回確定!!〉
〈今日は寝れねぇ!!〉
〈チャンネル登録した!!〉
コメント欄の勢いが止まらない。
同時接続者数は、いつの間にか三万人を突破していた。
「さ、三万人……?」
俺ですら信じられない数字だった。
トップ配信者クラスだぞ、おい。
「どうしたんですか?」
「今、この配信を見てる人が三万人いるみたいで……」
「そんなに!」
アイリーンさんは目を輝かせると、ドローンへ向かって手を振った。
「皆さーん! 応援よろしくお願いします!」
〈ぐはぁぁぁ!!〉
〈可愛い!!〉
〈推します!!〉
〈口座どこ!? 投げ銭したい!!〉
〈女神降臨〉
コメント欄は完全にお祭り騒ぎだった。
アイリーンさん本人は、その反応を見て楽しそうに笑っている。
……駄目だ。
この人、自分がどれだけ破壊力あるか全然分かってない。
「そ、それじゃあ行きましょうか」
「はい!」
「戦う時に気を付けることってあります?」
アイリーンさんは少し考えたあと答えた。
「私が魔法を使う時は、必ず私の後ろにいてください」
「後ろですね」
「はい。今回は前方だけを焼く魔法で戦いますので」
ん?今回は?
その一言が少し気になったが、深く考えないことにした。
「あと、ボスの全体攻撃が来るタイミングだけ教えてください」
「剣を地面に突き立てたらです!」
「分かりました」
俺はドローンをバックパックモードへ変形させ、カメラをヘッドセットへ切り替える。
これならアイリーンさんの攻撃に巻き込まれる心配はない。
「便利なんですね」
「配信用ですから」
「ふふっ」
やっぱり笑顔が柔らかい。
こんな人が世界最強クラスなんだから、本当に世の中分からない。
「それじゃあ改めて」
「はい!」
二人で頷き合う。
〈始まるぞ!!〉
〈神速×紅蓮!!〉
〈歴史的瞬間!!〉
〈コンビ名どうする!?〉
〈もう決まってるだろ!!〉
〈『神速の配信者』と『紅蓮の魔女』だ!!〉
その歓声を背に受けながら、俺たちは地下百階の大扉へと歩き出した。
――これは後に世界中を熱狂させる伝説のコンビ、『神速の配信者』と『紅蓮の魔女』が初めて肩を並べて戦った日の物語である。
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