第4話 『深淵の支配者』
『深淵の回廊』の地下100階、ボスフロア。
そこの中央に漆黒の甲冑を着た巨人が鎮座している。
『深淵の回廊』のボス『アビスロード』が、巨大な両手剣を持ち、侵入者を待ち構えていた。
アイリーンさんと俺は、大扉を通りそのボスフロアへ到着した。
「へえ、あの鎧を着ているのが、ここのボスですね」
「はい、名前は『アビスロード』、十分気を付けてくださいね」
いよいよ、アイリーンさんと僕のコンビ。
『紅蓮の魔女』と『神速の配信者』の初戦闘と初配信の火蓋が切って落とされようとしている。
「さて皆さん、これから僕とアイリーンさんで『深淵の回廊』のボス、『アビスロード』へ挑戦しようと思います。僕の方で出来る限り配信させて頂くつもりですが、もし僕がやられちゃった場合はご容赦お願いしますね」
〈待ってました!俺はこの配信を見るために彼女とのデートをキャンセルしたぜ!〉
〈彼女さんよりアイリーンさんか……罪なやつよ〉
〈でも、『紅蓮の魔女』の戦闘が『神速』さんのおかげで初めて配信されるんだぜ!デートどころじゃねえよ!〉
〈楽しみ過ぎる!『神速』さんも頑張れ!〉
いつのまにか俺の呼び名が『神速』さんに固定されてる。
まあ、別に良いんだが。
まあ配信者として親しみやすい二つ名を持っているのは悪くないことだ。
ボスフロアは大扉から少し先に進んだ時点でボスに挑戦すると見なされ、ボスが動き出す仕様のようだ。
アイリーンさんがまるで散歩でもするかのように無造作に歩いていくと、『アビスロード』が動き出した。
「ガオオオオオオオオオオオオン!!!!!」
フロア中に『アビスロード』の咆哮が響き渡り、開戦の狼煙となった。
まず、俺がすべきことはアイリーンさんと『アビスロード』の戦いを出来る限りの臨場感を持たせて配信することだ。
すかさず『神速』を発動、まずは二人が向き合う構図を撮影すべく側面に回り込む。
もちろん『アビスロード』に視認されないように多少距離を取った上でだ。
俺の注意すべきことをまとめると二つある。
『アビスロード』の攻撃を受けないことと、アイリーンさんの攻撃範囲に入らないことだ。
この戦闘に限っては俺はただの配信者、二人の戦闘を撮影し実況を載せた上で全世界に配信する。
その自分が二人の戦いに関わってしまっては配信が台無しになってしまう。
「えーと、二人はにらみ合っていますね、『アビスロード』が大剣を構えて威嚇しています。対するアイリーンさんは見ての通りニコニコと微笑みながら只々佇んでいますね。どれだけ余裕があるんでしょうか」
〈『紅蓮の魔女』すげー!!!〉
〈あんな恐ろしいボスに威嚇されたら私ならチビっちゃう……〉
〈『神速』さんも頑張って実況できてるじゃない!〉
〈問題は戦闘が始まっても実況を維持できるかだな〉
〈頑張れ『神速』さん!!!〉
コメント欄も大いに賑わっている。
たまに俺への応援コメントが混じっているのが気になるが……
よっぽど生存確率が低いと思われてる?
そうこうしているうちに戦闘に動きがあった。
にらみ合いに痺れを切らした『アビスロード』が先手を取るようだ。
両手剣を頭上に振りかざし、そのままアイリーンさんへ突進を始める。
「おお!『アビスロード』が動きました。物凄い速さの攻撃です!アイリーンさんはどう捌くのか!?……ってええ!?」
『アビスロード』が大剣を全力で振り下ろし、アイリーンさんの脳天の辺りに直撃するかと思われた瞬間、大剣の刀身が一瞬で消えてしまった。
全力で空振りしたかのように大剣を振り抜いてしまった『アビスロード』はあまりの手応えの無さに戸惑いを見せる。
そしてすぐに自らの持つ大剣の異変に気付き戦慄していた。
大剣の柄から先が完全に消失してしまっている。
これは恐らくアイリーンさんの……
よく見るとアイリーンさんの周囲の空間が歪んで見える。
あまりの高熱に大剣の刀身が瞬時に蒸発してしまったのか……
そんなことが出来るのものなのか?
アイリーンさんはさっきから全く動いていない。
それどころか、未だにその表情には笑顔を浮かべている。
自らの武器を失い呆然とする『アビスロード』とは正に対照的な構図といえる。
アイリーンさんも動き出す、笑顔のままで杖の先端を『アビスロード』の顔の辺りに差し出した。
「ボルガニック・レイザー」
唐突に杖の先端から恐ろしい程の熱量を持った閃光が放出される。
『アビスロード』は瞬時にその脅威を悟ったのだろう。
間一髪で体を捻り、回避するが……
顔面に喰らうことは回避できたものの、閃光は左の肩口の辺りを捉え、その熱量で容赦なく抉り取ってしまった。
「グォォオォオオオオ!!!!」
左肩を丸々抉り焼かれた『アビスロード』が苦悶の表情を浮かべる。
「おおおお!!!すげぇ!!!アイリーンさんすげぇぇぇ!!!!」
〈『神速』さん、あまりの驚きように凄いテンションになってるね、語彙力がどっか行っちゃってる〉
〈いやでも本当にやばいな『紅蓮の魔女』〉
〈あの大剣を溶かしちゃったのってスキルかな?〉
〈いやそれももうわからない次元だわ〉
〈それに間髪入れずにボルガニック・レイザーとか……〉
〈さっきも言ったけどあれって炎系統の極大魔法だからね?〉
〈極大魔法を笑顔のままぶっ放せるなんて人間技じゃないな〉
コメント欄がアイリーンさんへの称賛で埋まる。
やはりSランク冒険者は次元が違う強さを誇っているようだ。
今の『アビスロード』の攻撃のいなし方からそこからの極限魔法による反撃に至るまで、普通の冒険者では真似しようがない、神業といえる所業だった。
左肩の辺りをごっそり失ってしまった『アビスロード』はどうにか体勢を立て直すと、ゆっくりと立ち上がる。
しかし見る限りは今の攻防で受けてしまったダメージは甚大、左肩の辺りを無くしてしまったため、左腕は力無くダラリと垂れている。
一方のアイリーンさんは全くの無傷、ニコニコと笑顔まで浮かべている始末。
……これは、勝負あったかな?
俺がそう考えた瞬間、『アビスロード』が残った右腕で自らの左腕を掴んだかと思うと、そのまま勢いよく引っこ抜いた。
そして、その左腕だったものに魔力を込め始めると、途端に左腕が巨大な剣に変化していく。
「そんなん有りかよ!?」
驚く俺とは裏腹にアイリーンさんはそんな光景を見ても全く動じていない。
何であれを見て笑顔を崩さないでいられるんだよ!?
そのまま『アビスロード』が地面へ大剣を突き刺した。
……これは、ひょっとして!
「アイリーンさん!多分、全方位攻撃です!」
「あっ、これなんですね。じゃあハヤトさんは私の背後へ隠れて下さいね」
そう言いながらアイリーンさんが杖を自らの前に突き立てる。
俺は『神速』を使い、全速力でアイリーンさんの背後へ移動した。
「オオオオオオオオオオオ!!!!!」
『アビスロード』の咆哮と共に地面に突き立てられたままの大剣から巨大な雷光が迸り始める。
来た!やはり全方位攻撃だ!
荒れ狂う稲妻がフロア中を駆け巡り、アイリーンさんにも猛然と襲い掛かる。
「プロミネンス・ウォール」
アイリーンさんが魔法を発動させた瞬間、真紅の障壁が俺たちの周囲に展開される。
『アビスロード』が放った雷光はこの障壁に阻まれて全くこちらに届いてこない。
「……す、すごい」
俺はその光景に配信をしていることも忘れてただただ呟くことしか出来なかった。
〈やべー!!!〉
〈プロミネンス・ウォールなんて魔法初めて見たぞ!〉
〈あんな強力な攻撃をあっさりと防ぐなんてあり得ない〉
〈今検索してみたけど、引っ掛からないから『紅蓮の魔女』のオリジナル魔法とかじゃね?〉
〈俺たちって今とんでもないものを目撃しているのかもな……〉
〈まあ同時配信数5万を越えてるから、ほぼ全世界中が目撃してるけどな〉
自らの切り札とも言える全方位攻撃をあっさりと防がれてしまい、『アビスロード』に焦りが見え始める。
「ウウ……ウガァァァアアアアアアアアア!!!!」
とうとう玉砕覚悟の突進を選択したようだ。
右腕で大剣を振りかざしながらアイリーンさんに向けて全力で駆け出し始めた。
「あらあら、そろそろ幕引きですねぇ」
アイリーンさんは杖の先端を猛スピードで突進してくる『アビスロード』に向け、魔力を集中し始める。
杖の先端に見る見る炎が収束していき、凄まじい熱量を持っていることが容易に想像できるような球体が形成されていく。
「ああ、ハヤトさん」
「何でしょうか?」
「今からちょっとした大技を放ちます。なので、うまく避けてくださいね」
「……はい?」
「さっきのスピードなら落ち着いて動けば大丈夫です」
「い、いやいやいやいや!」
「それじゃあ行きますよ!ブレイジング・スフィア!!!」
その瞬間、杖の先端に存在していた炎の球体が分裂を始める。
最終的には6つの光の球へと変化する。
その一つ一つが超高熱を孕んでいるのを表すかのように、それぞれの球体の周囲の大気が歪んで見える。
やがて、その球体はそれぞれが意思を持っているかのように周囲に旋回を始める。
『アビスロード』がアイリーンさんに大剣を振り下ろそうとした瞬間、その光球の一つが振り上げられた右腕に命中し、一瞬で熔解させてしまった。
右腕の真ん中辺りを一瞬で溶かされてしまったため、大剣を握ったままの右腕の先端の部分が無造作に飛んでいき地面に落下する。
「さて、おさらばですね」
そこからは怒涛の攻撃だった。
6つの光球がアイリーンさんの周囲を乱舞し、『アビスロード』の体を削るように熔解させていく。
「これって……うおおおお!!」
俺の嫌な予感は的中し、光球は辺り一帯を所狭しと飛び回った。
『神速』をフル活用し、次々に飛来してくる光球を回避していくが、相手は6つの高速で動く火の玉だ。
掠っただけでも消し飛んでしまうことになるのは目に見えている。
「やっぱりこうなるんじゃん!!!!」
気付けば俺は光球の追撃から逃げ回っていた。
出来る限りではあるが、光球が『アビスロード』の命を刈り取っていくところも撮影することも忘れない。
アイリーンさんの言う通り、落ち着いて光球の軌道を見極めながら回避していけば避けきれない速度ではない、ただし一瞬たりとも気は抜けないが。
壁を蹴り、時には天井まで飛び上がり、フロア内を全速力で走り回りながら光球を避け続ける。
やがて、『アビスロード』の体が光球に削り切られ、跡形も無くなってしまった頃、周囲を飛び回っていた光球の速度も徐々に落ち着いていき、やがて消滅してしまった。
『深淵の回廊』の地下100階のボス、『アビスロード』討伐の瞬間だった。
「はあ……はあ……アイリーンさん、一つだけ聞いて良いですか?」
「はい?何でしょうか?」
「最後の攻撃なんですが、ボルガニック・レイザーとか使ったらこんなに逃げ回らなくて済んだような……」
「ああ、気付きました?ハヤトさんが私の戦闘を本当に配信できるのか試してみたくなりまして!」
「ええ!?じゃあ、今の攻撃はわざと……?」
「はい!私の魔法の中でも周囲を巻き込みやすいものを敢えて選びました!」
「……ええええ」
相変わらずの朗らかな笑顔で恐ろしいことを宣うアイリーンさん、先程の大立ち回りで溜まった疲労も加わり激しく脱力してしまったと同時に――
『おめでとうございます!現時刻を持ちまして、Sランクダンジョン「深淵の回廊」が踏破されました。踏破者は「アイリーン・スカーレット」、「草薙ハヤト」の二名となります!』
突如として大音量でアナウンスが響き渡る。
「こ、これは!?」
今までに他の冒険者の配信でも見たことがある。
確かダンジョンをクリアしたら踏破者向けに発信されるアレだな。
〈すげー!!!『深淵の回廊』をあっさりクリアしちゃった!!!〉
〈『神速』さんおめでとう!『紅蓮の魔女』が本当にやばいことがわかったな〉
〈ていうか『神速』さんの配信も凄かったぞ。他の冒険者だったら最後のアレで確実に死んでる〉
〈『紅蓮の魔女』の激しい攻撃を避けながらの配信、本当にやばかった。マジで神回だわ〉
〈これからも配信よろしくな!次も絶対に見るから!〉
気付けば同時接続数も8万人を超えている。
我ながら驚きの数字を叩き出してしまった。
やっぱりとんでもないことをしでかしてしまったんじゃ……
そんなことを考えていると、さらなるアナウンスが始まった。
『それでは、これから「深淵の回廊」踏破者に特典報酬の贈呈に入ります!』
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