第38話 『星崩の大魔宮』㉘ 星を崩す一撃
……あれ? 今、何とおっしゃいましたか?
セイラさんの言葉を聞いた瞬間、俺の思考が一瞬停止した。
確か、こう言ったはずだ。
アイリーンさんとセイラさんの二人で、あるものを作り上げる。
そして、それをあのアルカイドへ向かって『神速』を使ってぶつけてこい。
どう考えても、そう聞こえた気がする。
しかし、あまりにも現実離れした内容だったため、俺の聞き間違いではないかという可能性に賭けてみることにした。
「えーと……すみません、もう一回言ってもらえます?」
恐る恐る尋ねると、セイラさんは少しだけ眉を吊り上げた。
「だーかーらー! わたくしたちが今から力を合わせて作り上げる魔法を、あいつにぶつけてこい! って言ってるんですわ!」
うーわ、はっきり言われた。
聞き間違いではなかった。
ていうか、魔法?
魔法を二人で作るの?
そして、それを俺が運ぶの?
あのアルカイドに?
今まさに清十郎さんを相手にして、圧倒的な力で押し込んでいる、あの化け物に?
「いや、それはちょっと……俺には荷が重いんじゃないかなぁ?」
思わず弱気な言葉が口から漏れてしまう。
するとセイラさんが、信じられないものを見るような顔をした。
「ちょっと、ここまで来て何を言っていますの!? 清十郎も長くは持たないでしょうし、躊躇している暇なんてありませんわよ!」
「そ、それはそうですけど……」
背後では、今も清十郎さんとアルカイドが激しい斬り合いを繰り広げている。
金属同士が激突する轟音が何度も響き渡り、二人の姿が高速で交錯している。
しかし、戦況は先ほどからほとんど変わっていない。
いや、正確には徐々に悪化している。
清十郎さんは与えられた役割どおり、アルカイドを倒すことではなく、何とか時間を稼ぐことに徹している。
対してアルカイドは、自分がこちらの攻撃に対して完全な耐性を持っていることを理解している。
だからこそ、防御をほとんど考えず、リスクを度外視した攻撃を繰り返しているのだ。
「で、でも……何で魔法を俺がぶつけるんですか!? 魔法なら、そのまま二人であいつに向かって放ってしまえば……」
『いいえ、それはできないんです』
俺の疑問に答えたのは、アイリーンさんだった。
『炎帝器・エクスイフリート』によって炎の魔神と化している彼女だが、その表情はいつになく真剣だった。
『今から私たちが作る魔法は、構造上、普通の魔法のように飛ばすことができないんです。だから、誰かが直接相手にぶつける必要があります』
「そして、あなたの『神速』なら、あのアルカイドにも間違いなく命中させることができますわ」
セイラさんが続ける。
「だからこそ、あなたに頼んでいるんですの」
「……なるほど」
そこで、ようやく理解した。
俺は今、命令されているわけではない。
頼まれているのだ。
セイラさんの性格からすると、俺には命令しているようにしか聞こえなかったが、二人とも本気で俺に協力を求めている。
それだけ、今の状況が切迫しているということなのだろう。
俺は改めてアルカイドを見る。
耐性を獲得し、こちらの攻撃をことごとく無効化する『七星王』。
正直なところ、あいつに俺の攻撃が通用する未来など、全く想像できない。
そもそも俺は戦闘要員ですらない。
ここまでだって、俺の役割は戦闘を避けながら配信を続けることだった。
そんな俺が、この戦いの勝敗を左右する一撃を直接叩き込む。
考えれば考えるほど、とんでもない役割だ。
しかし、このままでは清十郎さんが危険なのも事実だった。
そして二人が作り出す切り札を直接命中させなければならないのであれば、それを実行できる可能性が最も高いのは、確かに俺なのだろう。
俺には『神速』がある。
相手の攻撃を回避しながら、常識では考えられない速度で移動することができる。
ならば、その能力を使うしかない。
「……わかりました」
気が付けば、俺は覚悟を決めていた。
「その役目、引き受けさせて頂きます!」
〈おおおおお!〉
〈『神速』さん、行ったぁ!〉
〈なんか物凄い展開になってきたな……〉
〈配信だけしか出番がないと思ってた『神速』さんに、こんな大役が回ってくるとは……〉
〈俺、ちょっと緊張してきたわ〉
〈うん、私も……〉
〈気持ちは皆同じだな!〉
〈こうなったら『神速』さんを全力で応援しようぜ!〉
〈ああ、そうだな! 頑張れ『神速』さん!〉
〈頑張れー! 応援してるぞー!〉
気が付けば、コメント欄が俺への声援で埋め尽くされていた。
その光景を見ていると、さっきまで胸の奥にあった不安が少しずつ薄れていく。
ちくしょう。
こうなったら、やるしかないじゃないか。
どこまでやれるかは分からない。
それでも、俺の『神速』が皆の力になれるというのなら、やってやろう。
「いい返事ですわ!」
セイラさんが満足そうに頷く。
「アイリーンさん、それでは早速取り掛かりましょう!」
『はい! ハヤトさんの心意気、無駄にはしませんよ!』
二人が向かい合う。
そして、互いに掌を前へ突き出した。
次の瞬間、二人の身体から凄まじい魔力が噴き出した。
アイリーンさんの掌から放たれるのは、赤黒く燃え上がる炎の魔力。
対するセイラさんの掌から放たれるのは、青白く輝く氷の魔力。
本来ならば相反する性質を持つ二つの力。
炎と氷の正反対の属性を持つ魔力が、互いを打ち消すことなく、ゆっくりと接近していく。
やがて二つの魔力が触れ合った。
その瞬間、周囲一帯を照らし出すほどの眩い光が生まれた。
赤黒い炎と青白い氷。
二つの魔力が複雑に絡み合い、巨大な光球を形成していく。
しかし――
「……あれ?」
俺が違和感を覚えたのとほぼ同時だった。
光球の色が、徐々に変化し始めた。
最初は白に近い輝きを放っていた光球が、少しずつ赤黒く染まっていく。
「くっ……! 相変わらず出鱈目な魔力量ですわね!」
セイラさんが苦しそうに声を上げる。
どうやら、アイリーンさんの魔力量があまりにも桁外れなため、二人の魔力のバランスが崩れ始めているようだった。
『大丈夫ですか? ちょっと魔力を弱めた方が良いですかね?』
「それでは、この魔法を使う意味がありませんわ! アイリーンさんは、そのまま全力で魔力を放ち続けなさいな!」
『で、でも、それでは前みたいに……』
「ふん……!」
セイラさんが一瞬だけ遠い目をする。
「以前もこうやってバランスを崩してしまって、『牙獣の森林』を吹き飛ばしたことがありましたわね」
『ええ! あの時は本当に大変でした! これでは、その時の二の舞になってしまいます!』
「いいえ」
セイラさんは、はっきりと言い切った。
「決して、そうはなりませんわ」
そして、ゆっくりと自らの背中に手を回す。
「何故なら、わたくしは以前のわたくしではありませんから」
その瞬間、セイラさんの身体からこれまでとは比較にならないほどの魔力が噴き上がった。
「さあ、出番ですわ!」
セイラさんの背後に、巨大な魔法陣が展開される。
「最高位神器……『極天衣・アークセラフィエル』!」
その言葉と同時に、セイラさんが身に着けていた白と青を基調とした鎧が眩い光を放ち始めた。
これまで俺は、あの鎧を単なる強力な防具だと思っていた。
だが、違った。
あれは――
もう一つの最高位神器だったのだ。
『氷結地獄』によってセイラさんの背中に現れていた青白い翼が、さらに膨れ上がる。
その大きさは、それまでの二倍以上。
そして、青白かった翼は次第に色を変え、眩い黄金色へと染まっていく。
神々しい光が周囲を満たしていく。
「さあ、行きますわよぉ!」
その瞬間だった。
アイリーンさんの魔力に押され、赤黒く染まり始めていた光球が、再び白く、そして青白く輝き始めた。
セイラさんの魔力が爆発的に増幅され、アイリーンさんの魔力と再び均衡を取り戻したのだ。
かつてセイラと清十郎の二人が挑んだグランドダンジョン『極天の神域』
そこでボスとして君臨していた『統率者』の一柱――『極天使・アークセラフィエル』
攻撃力、防御力、速度など、自らの能力の一つを状況に応じて爆発的に上昇させる能力を使い、どんな状況にも対応してくる、まさに『統率者』と呼ぶに相応しい強敵だった。
そして今、セイラが身に纏っているのは、その存在と同じ名を冠する最高位神器。
『極天衣・アークセラフィエル』
その能力は――装備者の能力を増幅すること。
能力を解放した際、自らが選択した能力を一つだけ、爆発的に上昇させることができる。
そして現在、セイラさんが選択している能力は、魔力ではなかった。
「闘気……ですね」
俺が呟く。
そう、セイラさんが増幅しているのは、魔力ではなく闘気だった。
『氷結地獄』の最終段階である『最終階層』
そこに到達したセイラさんが操る凍気は、絶対零度――マイナス二百七十三度にまで達する。
しかし、それでもアイリーンさんが持つ、底の見えない魔力量には及ばない。
ましてや今、アイリーンさんは『炎帝器・エクスイフリート』によって炎の魔神と化している。
その魔力は、まさに青天井であり、普通に考えれば、セイラさんの魔力では到底釣り合わない。
だからこそ、セイラさんは別の方法を選んだ。
魔力そのものではなく、闘気を爆発的に増幅させる。
そして、その増幅した闘気によって魔力同士の均衡を維持する。
それがセイラさんの狙いだった。
以前、『牙獣の森林』で二人の力が暴走してしまった経験。
その失敗を踏まえ、アイリーンさんの圧倒的な魔力を制御するために用意していた秘策。
それが今、まさに狙いどおり機能している。
「さあ……細かい調整はわたくしが行いますわ! そちらは、とことん魔力を絞り出しなさい!」
『はい!』
アイリーンさんが力強く頷く。
『……はぁあああああああああっ!』
直後、凄まじい魔力がアイリーンさんの身体から噴き出した。
元々、常人には到底理解できないほどの魔力量。
それがセイラさんの魔力と闘気と交わることで、さらに増幅されていく。
本来ならば相容れないはずの二つの力が、互いを打ち消すのではなく、奇跡的な均衡を保ちながら一つのエネルギーへと変換されていく。
そして、その膨大な魔力をセイラさんが精密に制御する。
膨張しようとするエネルギーを押さえ込み、圧縮し、さらに圧縮する。
常識では不可能なほどの超高密度化。
それを『極天衣・アークセラフィエル』の能力によって補助することで、二人は実現させていた。
圧縮された超高エネルギーを、セイラさんの高密度な闘気流によって外部へ漏らすことなく維持する。
やがて、それは一つの巨大な球体へと形を変えていった。
……それは、二人の化け物によって生み出された超エネルギー爆弾。
小さく凝縮された太陽。
いや、それすらも生温い。
俺には、目の前に存在しているものが何なのか、もはや理解できなかった。
ただ一つだけ分かることがある。
あれは、まともに触れていいものではない。
「……こ、これは!?」
思わず俺は一歩後退した。
光球そのものは、それほど大きくない。
両手で抱えられる程度の大きさにまで圧縮されている。
しかし、その小さな球体の内部に、途方もないエネルギーが凝縮されていることだけは嫌でも分かる。
周囲の空気が震えている。
大地までもが、微かに軋んでいる。
それほどまでに濃密なエネルギーだった。
「……成功……しましたわ」
セイラさんが、荒い息を吐きながら呟く。
『はい……何とか完成しました』
アイリーンさんも、わずかに安堵したような声を漏らす。
二人の表情には、これまでにない達成感が浮かんでいた。
そして、セイラさんが俺を見る。
「これこそ、わたくしたちの最終兵器……」
アイリーンさんも続ける。
『星すらも崩す、究極の一撃です』
その瞬間、二人が同時に、その名を告げた。
「『超高密度氷炎結合魔力爆弾』……」
『『星崩』!!!』
「ですわ!」
『です!』
……下手をすれば、この地上に存在する兵器の中でも最強と呼べるほどの超魔法が今、俺の目の前で完成してしまった。
しかも――それをアルカイドにぶつける役目を担うのは、俺なのだった。
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