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『紅蓮の魔女』と『神速の配信者』  作者: 我王 華純
第一章 誕生『神速の配信者』
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第37話 『星崩の大魔宮』㉗ 起死回生の一手とは

 『牙獣の森林消失事件』――。


 それは、今から数年前に起こった、ある凄惨な事件の名称である。


 当時、Aランクダンジョンとして知られていた『牙獣の森林』。


 その内部で、突如として原因不明の大爆発が発生した。


 爆発の規模は凄まじく、ダンジョンそのものだけではなく、その周辺一帯までも跡形もなく吹き飛ばしてしまったほどだった。


 幸いにも人的被害は最小限に抑えられたものの、ダンジョンが丸ごと消滅するという前代未聞の事態に、世間は大きな衝撃を受けた。


 事件発生直後から、テレビやインターネットでは連日のように報道が繰り返され、原因についても様々な憶測が飛び交った。


 ダンジョン内部で未知のモンスターが暴走したのではないか。


 高威力の魔法が暴発したのではないか。


 あるいは、ダンジョンそのものに何らかの異常が発生したのではないか。


 しかし、どれだけ調査が行われても、事件の真相が公にされることはなかった。


 やがて世間の関心も薄れていき、いつしか『牙獣の森林消失事件』という名前を覚えている者すら少なくなっていった。


 だが、この事件の裏側には、世間には決して知らされることのなかった事実が一つ存在していた。


 事件が発生したその日。


 二人のSランク冒険者が、まさに『牙獣の森林』へ挑んでいたのである。


 そして、その事実を知る者は極めて少ない。


 なぜなら、ダンジョン統括省が事件の詳細とともに、その二人の存在を徹底的に秘匿したからだ。


 その二人の冒険者とは――。


 『紅蓮の魔女』、アイリーン・スカーレット。


 そしてもう一人は――。


 『蒼氷の聖女』、星羅・バーンシュタイン。


 後に世界でも屈指の実力者として知られることになる二人の少女だった。


 この事件を境に、ダンジョン統括省内部では、ある一つの方針が事実上の決定事項となった。


 この二人を、よほどの事情がない限り同じダンジョン攻略に参加させてはならない。


 それほどまでに、二人の戦闘能力は桁外れだった。


 もっとも、それだけではない。


 二人が同じ場所で本気を出した場合、敵だけではなく、周囲の環境そのものにまで甚大な被害を及ぼす可能性がある。


 それが、ダンジョン統括省が長年にわたって二人を別々に扱ってきた理由だった。


 そんな二人が今、再び手を組んでいる。


 しかも、挑む相手はAランクダンジョンなどではない。


 全ダンジョンの頂点に位置するグランドダンジョン。


 その最奥で待ち受ける、最強クラスの『統率者』。


 かつて『牙獣の森林』を消滅させた二人が、今度は世界最高峰のダンジョンを舞台に、再び共闘しようとしていた。


 ◆◆◆◆


 先ほどセイラさんが放った『最終階層(ジュデッカ)』。


 絶対零度に達するほどの凍気によって、アルカイドは巨大な氷塊の中へ完全に閉じ込められていた。


 しかし、それも長くは続かない。


 氷塊の内部から、すでに亀裂が走り始めている。


 バキ……バキバキッ……。


 氷の表面を走る亀裂は徐々に数を増やし、今にも巨大な氷塊そのものが砕け散ってしまいそうだった。


 アルカイドが脱出するのは時間の問題だろう。


 それまでに、あいつを倒すための手段を見つけなければならない。


 そんな状況の中、セイラさんが突然声を上げた。


 「さて、今のうちに作戦会議を行いますわよ! 皆さん、こちらへ集合願いますわ!」


 その声に反応し、俺たちはすぐさまセイラさんのもとへ集まった。


 アイリーンさん、清十郎さん、そして俺。


 四人が一か所に集まったところで、セイラさんは氷塊へちらりと視線を向ける。


 内部では今も、アルカイドが脱出しようともがいている。


 時間はほとんど残されていない。


 それでも、セイラさんの表情には焦りが見えなかった。


 むしろ、何か確信を得ているような顔をしている。


 「それでは、あいつに勝つための手段を伝えますわよ!」


 その一言に、俺たちは一斉にセイラさんへ視線を向けた。


 どうやら、すでにアルカイドを倒すための方法が頭の中にあるらしい。


 先ほどアイリーンさんに「協力すべきだ」と話していたのも、この作戦と関係しているのだろう。


 「時間がありませんので、手短に説明しますわ。まず清十郎、あいつが氷から出てきたら、とにかく時間を稼いでくださいな」


 「時間を稼ぐ……どれくらいですか?」


 「そうですわね……五分もあれば十分ですわ」


 「五分ですか……」


 清十郎さんが一瞬だけ氷塊へ視線を向ける。


 氷の亀裂は、確実に広がっている。


 「わかりました。何とかしてみせます」


 清十郎さんが力強く頷いた。


 さすがは『龍殺の守護者』だ。


 相手が七星王であろうと、与えられた役割を前にして一切の迷いを見せない。


 「その五分の間に、わたくしとアイリーンさんで準備を整えますわ」


 「はい、わかりました」


 アイリーンさんも頷く。


 すると、セイラさんが突然こちらを指差した。


 ビシィッ!


 「そして、あなた! あなたにも重要な役割がありますわ!」


 「お、俺ですか?」


 突然名指しされた俺は、思わず自分を指差してしまう。


 「ええ、そうですわ! さすがにこの状況で、配信だけしていればいいというわけにはいきませんの!」


 「わ、わかりました。それで、俺は一体何をすれば?」


 「それは後ほど指示を出しますわ! それまでは配信を続けながら待機していてくださいな!」


 「……待機、ですか?」


 何をさせられるのか、全く分からない。


 不安になった俺は、思わずアイリーンさんへ視線を向けた。


 すると、こちらの視線に気付いたアイリーンさんが、いつものようにニコリと微笑んでくれた。


 その笑顔を見た瞬間、不思議と胸の奥にあった不安が薄れていく。


 まるで、「大丈夫ですよ」と言ってくれているようだった。


 ……よし。


 こうなったら、とことんやってやろう。


 俺だって、この戦いのためにここまで来たんだ。


 みんなが命懸けで戦っているのに、俺だけ何もできないなんて絶対に嫌だ。


 そんな決意を固めた、その瞬間だった。


 ドゴォォォンッ!!


 背後から、凄まじい轟音が響き渡った。


 振り返ると、巨大な氷塊が内側から弾け飛び、無数の氷片が周囲へと飛び散っている。


 「ぐぅう……! この程度で我を倒せると思うなよ!」


 氷の中から姿を現したアルカイドが、怒気を露わにしながらこちらを睨みつけている。


 そりゃあ、突然絶対零度の氷に閉じ込められたんだから、怒るのも無理はない。


 ……まあ、こっちはこっちで、今からその怒りを受け止めてもらうつもりなんだけど。


 「お前の相手は私だ。少し遊んでもらおうか」


 アルカイドの前に、一人の男が立ちはだかった。


 清十郎さんだ。


 その手には『滅龍刀・銀嶺』。


 すでに完全に解放されており、刀身からは眩いばかりの銀色の光が溢れ出している。


 「まずは貴様から殺されたいか! よかろう、掛かってくるがいい!」


 アルカイドも剣を構える。


 こちらは真紅の刀身から赤黒い闘気のようなものを噴き出している。


 怒りに満ちた表情を浮かべてはいるものの、完全に冷静さを失っているわけではない。


 むしろ、その瞳には強烈な殺意と同時に、戦況を冷静に見極めようとする理性が宿っていた。


 「……『龍殺の守護者』、轟清十郎、参る!」


 清十郎さんが刀を構えたまま、一気に地面を蹴った。


 瞬間、姿が掻き消える。


 次の瞬間にはアルカイドの懐へと入り込み、鋭い斬撃を繰り出していた。


 キィン!


 アルカイドが剣で受け止める。


 続けざまに清十郎さんは二撃、三撃と斬撃を繰り出す。


 しかし、その動きには普段のような力強さがない。


 あくまでも相手を牽制し、安全な距離を維持しながら戦っている。


 今回、清十郎さんに与えられた役割は討伐ではない。


 時間稼ぎだ。


 五分間。


 その間、アルカイドを食い止める。


 それだけでいい。


 「……そんなぬるい剣で、我を倒せると思っているのかぁ!」


 しかし、アルカイドはすぐに清十郎さんの意図を見抜いた。


 次の瞬間、アルカイドが踏み込む。


 ズドンッ!


 凄まじい踏み込みと同時に振り下ろされた剣が、清十郎さんを襲った。


 清十郎さんは紙一重でそれを回避する。


 そのまま反撃へ移ろうとするが、アルカイドは間髪入れずに二撃目を放つ。


 さらに三撃目。


 四撃目。


 アルカイドの攻撃には一切の迷いがない。


 防御よりも攻撃を優先し、相手の反撃すら無視して斬り込んでくる。


 それは、アルカイドが自らの能力を完全に理解しているからこそ可能な戦い方だった。


 こちらの攻撃は効かない。


 ならば、恐れる必要などない。


 防御を捨て、ただひたすらに相手を攻撃すればいい。


 清十郎さんはそんなアルカイドの猛攻を紙一重で捌き続ける。


 しかし、徐々に状況が変化していった。


 最初は互角に見えていた攻防が、少しずつアルカイド側へと傾いていく。


 「……くっ!」


 清十郎さんが一歩下がる。


 直後、目の前をアルカイドの剣閃が通過した。


 あと一瞬反応が遅れていたら、まともに食らっていただろう。


 「これで五分間持たせるのか……。存外、厳しいな!」


 それでも清十郎さんは退かない。


 さすがは歴戦の剣士。


 自分が攻撃を受けるギリギリのところで相手の剣筋を見切り、何とか致命傷だけは避け続けている。


 時折、完全には避けきれず攻撃を受けることもある。


 それでも致命傷を避け、すぐさま体勢を立て直す。


 まさに、時間稼ぎとしては満点に近い立ち回りだった。


 「さて……清十郎も、このままでは厳しいですわね」


 セイラさんがアルカイドと清十郎さんの戦いを見つめながら呟く。


 「アイリーンさん、急ぎますわよ!」


 『準備を始めます』


 「はい!」


 アイリーンさんが答える。


 次の瞬間、彼女の周囲から凄まじい炎が噴き上がった。


 「『憑依(ポゼッション)……エクス・イフリート!』」


 赤黒い炎がアイリーンさんの身体を包み込む。


 その姿が変貌していく。


 炎を纏った禍々しい魔神。


 『炎帝器・エクス・イフリート』によって魔神化したアイリーンさんが、そこに立っていた。


 そして、その隣には青白い光を纏ったセイラさん。


 背中には神々しい光の翼。


 周囲には無数の氷の結晶。


 真っ赤な炎を纏う魔神と、青白い光を纏う聖女。


 正反対とも言える二人の存在が並び立つ光景は、何とも言えない迫力があった。


 ……すごい。


 この二人が同じ場所に立っているだけで、まるで別世界にいるような感覚に陥る。


 しかも今から、この二人が力を合わせようとしている。


 これを世界中に配信できているんだから、配信者としては最高の瞬間だ。


 『準備はOKです』


 「ええ、それでは……」


 セイラさんが頷く。


 しかし、その直後。


 何かを思い出したように、突然こちらを振り返った。


 「あっ! その前に、そこのあなた!」


 「は、はいぃ?」


 突然呼び掛けられ、俺は思わず素っ頓狂な返事をしてしまった。


 まさか、このクライマックスの最中に自分へ声が掛かるとは思っていなかったから仕方がない。


 セイラさんはそんな俺の反応など気にする様子もなく、真剣な表情でこちらを見つめている。


 「今から、わたくしとアイリーンさんで、とあるものを作ります」


 「……とあるもの?」


 「ええ。そして、あなたにはそれを運んでもらいますわ」


 「運ぶ……?」


 嫌な予感がする。


 というか、今の状況で「運ぶ」と言われると、とんでもないものしか思い浮かばない。


 そんな俺の予想を裏切ることなく、セイラさんはとんでもない指示を口にした。


 「あなた自慢の『神速』で、それをあいつにぶつけてきてくださるかしら?」


 「え……」


 一瞬、頭の中が真っ白になる。


 俺が?


 アルカイドに?


 この俺が、あの『七星王』に何かをぶつける?


 「え、えええええええ!?」


 思わず大声を上げてしまう。


 セイラさんはそんな俺を見ながら、何でもないことのように微笑んでいた。


 どうやら俺にも、今回の作戦における重要な役割が用意されていたらしい。


 ……いや待て。


 俺、いったい何をぶつけさせられるんだ?

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