第36話 『星崩の大魔宮』㉖ 聖女たる所以
『セプテントリオン・アルカイド』の能力。
それは、『耐性の獲得』。
自らが受けた攻撃に対して、その属性や性質に応じた耐性を獲得することができるという、極めて特殊な能力だった。
しかも、その能力の対象はアルカイド自身だけではない。
自らの眷属や、同じ『七星』に属する者たちが受けた攻撃すら、アルカイドは自らの力として取り込むことができる。
つまり、これまで俺たちが倒してきた『七星』たちは、単なる敵ではなかった。
彼らの敗北そのものが、アルカイドを強化するための糧になっていたのだ。
『毒蛇』ドゥーベからは、アイリーンさんが得意とする炎魔法への耐性を。
『黒蜘蛛』メラクからは、俺が使用する様々な神器や道具、そしてそれらを利用した攻撃への耐性を。
『星炎龍』アリオトからは、清十郎さんの得意とする龍滅属性、そして剣撃に対する耐性を。
『消魔』メグレズからは、セイラさんの氷魔法と打撃に対する耐性を。
そして、『猿老』フェグダ。
フェグダからは、アイリーンさんの地獄の炎に対する耐性だけは獲得することができなかった。
その肉体そのものが地獄の炎によって焼き尽くされ、アルカイドのもとへ回収することができなかったからだ。
だからこそ、俺たちは僅かながらも希望を残していた。
地獄の炎だけは、アルカイドに通用する可能性がある。
そう思っていた。
しかし、その最後の希望すらも――。
『次元王』ミザールが自らの命を賭してアルカイドのもとへ届けた、あの腕によって失われてしまった。
ミザールの身体を焼き尽くしていた地獄の炎。
その炎に触れた肉体の一部をアルカイドは取り込み、ついに地獄の炎に対する耐性すら獲得した。
つまり、『七星王・セプテントリオン・アルカイド』は、今や俺たちが持つ主要な攻撃手段に対して、ほぼ完全な耐性を持っている。
炎、氷、打撃、斬撃、龍滅属性。
そして、俺が使用する特殊な道具による攻撃。
現時点で、俺たちがアルカイドに対して有効な攻撃手段は存在しない。
……かに見えた。
◆◆◆◆
「清十郎! しばらく時間を稼ぎなさいな!」
セイラさんが叫ぶ。
「はい! お嬢様!」
清十郎さんは一切の迷いを見せずに返事をすると、刀を構えた。
「ぬうん! 目覚めよ……『銀嶺』!」
瞬間、清十郎さんの刀から眩い銀色の光が噴き出す。
先ほどまでとは明らかに違う。
『銀嶺』を覚醒させた清十郎さんが、一気にアルカイドへと距離を詰めていく。
「ほう……また来るか!」
アルカイドが剣を構える。
その間に、セイラさんは静かに目を閉じた。
「……急ぎますわよぉ」
何かを決意したような声だった。
次の瞬間、セイラさんの身体から溢れ出していた青白い光が、ゆっくりと形を変え始める。
「『第二階層』!」
その瞬間だった。
全身から溢れ出していた青白い光が、一気に両手と両足へと収束していく。
まるで膨大な魔力と闘気が、一本の川となって四肢へ流れ込んでいくかのようだった。
あまりにも強烈な光。
両手両足へと集束したオーラは凄まじい輝きを放ち、もはやセイラさんの身体そのものが見えなくなりそうなほどだった。
「これが……第二階層?」
俺は思わず呟いた。
今までのセイラさんも十分に強かった。
だが、今の彼女から感じる力は明らかに別物だ。
身体能力そのものが、まるで別次元へ引き上げられているように感じる。
しかし、これで終わりではなかった。
「まだまだぁ!」
セイラさんがさらに力を込める。
「『第三階層』!」
その瞬間、再び変化が起こった。
セイラさんの背中から、巨大な二枚の翼を思わせる青白い光が広がっていく。
それは本物の羽根ではない。
純粋な魔力と闘気が形を成した、巨大な光の翼だった。
両手、両足、そして背中。
全身の要所に青白い光を宿したセイラさんは、まるで天から舞い降りた存在のようだった。
「……これが」
俺はカメラを向けながら、思わず息を呑む。
「『蒼氷の聖女』……」
これが、そういうことだったのか。
今まで俺は、セイラさんが『蒼氷の聖女』と呼ばれている理由について、単純に考えていた。
アイリーンさんが『紅蓮の魔女』と呼ばれているから、その対になる存在として『蒼氷の聖女』と呼ばれている。
炎と氷。
魔女と聖女。
単純にそういう対比なのだと思っていた。
しかし、違った。
この神々しい姿こそが、『蒼氷の聖女』と呼ばれる所以だったのだ。
「すげぇ……」
俺は思わず呟く。
そして、その姿を余すところなくカメラに収め、世界中へ配信する。
当然、コメント欄も一瞬で爆発した。
〈すげぇえええええ!!!!〉
〈何だこれ!? 氷の天使!?〉
〈いや、もう天使っていうより神じゃないか!?〉
〈めちゃくちゃ綺麗……〉
〈イルミネーションとかそういうレベルじゃねぇぞ!〉
〈これが……『蒼氷の聖女』……!〉
〈アイリーンさんとはまた違った意味で人間やめてる……〉
コメント欄が凄まじい勢いで流れていく。
セイラさんが第三階層へ到達した瞬間、周囲の環境そのものにも変化が現れていた。
空気が急激に冷え込んでいく。
大地には薄い霜が広がり、空気中に漂う水分までもが凍り始める。
これが第三階層『トロメア』。
単純に自身の身体能力を高めるだけではない。
自らの周囲へ放つ凍気そのものを爆発的に増幅させ、戦場そのものを自分の領域へと変えてしまうのだろう。
だが、俺には一つだけ気になることがあった。
どれだけセイラさんが強化されたとしても、アルカイドには氷属性と打撃属性への耐性がある。
ならば、この力を持ってしてもアルカイドには届かないのではないか。
それはセイラさん自身も理解しているはずだ。
だからこそ。
彼女はさらに、その先へ進もうとしていた。
「これで最後ですわ!」
セイラさんが静かに告げる。
「『最終階層』!」
凛とした声が、広大な空間へ響き渡った。
次の瞬間、世界から音が消えた。
「……え?」
俺は思わず周囲を見回す。
先ほどまで戦闘によって響き渡っていた音が、まるで嘘だったかのように消え去っている。
アルカイドと清十郎さんが戦っているはずなのに、その剣戟の音すら聞こえない。
そこにあるのは、完全な静寂だった。
そして、その静寂の中。
セイラさんの周囲に、無数の巨大な氷の結晶が浮かび上がっていく。
大小様々な氷の結晶が、音もなく空中を漂っている。
その光景はあまりにも美しい。
しかし、同時に――恐ろしかった。
その直後、俺の視界に、とんでもない光景が飛び込んできた。
アルカイドの身体が、一瞬にして巨大な氷塊に覆われていたのだ。
「……凍った?」
いや、そんな生易しいものではない。
アルカイドの身体は、完全に凍結している。
その姿を巨大な氷塊の中に閉じ込めたまま、微動だにしない。
『最終階層』。
それは、セイラさんが扱う戦闘体系――『氷結地獄』の最終段階だった。
『第一階層』。
魔力と闘気を融合させ、その力によって身体能力を爆発的に上昇させる。
『第二階層』。
融合した魔力と闘気――いわゆるオーラを両手両足へと集中させることで、攻撃力と機動力をさらに引き上げる。
『第三階層』。
そこからさらにオーラを背中へ展開し、翼のような形状へと変化させる。
そして、その膨大なオーラによって周囲へ放出される凍気そのものを爆発的に増幅させる。
これら三つの段階を経て、最後に辿り着くのが――。
『最終階層』。
文字通り、『氷結地獄』の最終到達点。
氷結魔法の極限ともいえる、絶対零度の凍気を自在に操ることが可能となる究極形態。
本来であれば、アイリーンさんほどの莫大な魔力量を持たないセイラさんには到達することすら困難な領域。
しかし、彼女は〈魔拳王〉のスキルと自身の魔力、そして闘気を組み合わせることで、その領域へと無理やり手を届かせている。
言うなれば、これこそがセイラさんの最高奥義。
『蒼氷の聖女』が持つ、最強の切り札だった。
今のセイラさんは、これまで身に着けていた白銀の鎧すらも、氷の装飾によってさらに荘厳な姿へと変化している。
両手両足には青白い光。
背中には神々しい光の翼。
そして周囲には、音もなく漂い続ける無数の氷の結晶。
その姿はまるで、氷を司る神そのものだった。
「……」
俺はしばらく言葉を失っていた。
美しいのは間違いない、それなのに何故だろう。
見ているだけで背筋が寒くなる。
その美しさの中に、底知れない恐ろしさが存在しているからだ。
コメント欄も同じだった。
〈……いや、なんか俺、泣けてきたよ〉
〈奇遇だね。私も涙が止まらない〉
〈冒険者って……頑張れば神様みたいになれるんだな〉
〈これならアルカイドも倒せる!……よな?〉
〈いや、待て。アルカイド、完全に凍ってるぞ〉
〈これ……本当に効いてるのか?〉
〈セイラさんの最強技なんだから、さすがに……〉
〈でもアルカイドって氷耐性持ってるんだよな?〉
コメント欄には感動と期待が入り混じる一方で、不穏なコメントも少しずつ増えていた。
……当然だ。
俺だって同じことを考えている。
見た目の美しさに目を奪われてしまうが、今セイラさんが使っているのは、間違いなく氷属性の極大魔法に匹敵する攻撃だろう。
それなら、アルカイドには――。
「……やっぱり、そうなるよな」
俺の心配は、すぐに現実のものとなった。
バリ……。
氷塊の内側から、小さな音が聞こえた。
バキッ。
続けて、もう一度。
俺は息を呑む。
それは、セイラさんが作り出した静寂の空間を破壊する音だった。
氷塊に、一筋の亀裂が走る。
「……嘘だろ」
さらに亀裂が増えていく。
バキバキバキッ!
氷塊全体へと無数の亀裂が広がっていく。
「くそ……やっぱり、セイラさんの全力でも通じないのか!」
俺は悔しさを噛み殺しながら、それでもカメラを向け続ける。
せっかくここまで追い詰めたのに。
これだけの力を見せたのに。
それでもアルカイドには届かない。
そんな絶望感が胸の中へ広がっていく。
しかし、その時だった。
「やはり……わたくし単独では、時間稼ぎ以上のことは難しいですわね」
セイラさんが静かに呟いた。
そして、視線をアイリーンさんへ向ける。
「ちょっと、アイリーンさん」
「はい?」
「そろそろ、わたくしとあなたで協力すべきだと思うんですけど、どうお考えですの?」
「…………え?」
俺は思わず変な声を漏らしてしまった。
協力?
セイラさんとアイリーンさんが?
いやいやいや、大丈夫なのか?
この二人、普段から何かと張り合っているじゃないか。
犬猿の仲……とまでは言わないにしても、お互いに一歩も譲らないライバル関係だ。
そんな二人が、ここへ来て共闘するというのか?
俺が驚いている間にも、アイリーンさんはセイラさんの言葉を聞いていた。
そして――
「ええ、私もちょうど同じことを考えていたところです」
あまりにもあっさりと答えた。
「……え?」
俺は再び固まる。
アイリーンさんも即答だった。
どうやら二人とも、俺が考えている以上に冷静に戦況を分析していたらしい。
アルカイドには、これまでの攻撃が通用しない。
一人では決定打を作れない。
だからこそ、互いの力を組み合わせる。
「……まさか」
俺の中に、一つの予感が浮かび上がる。
炎と氷。
『紅蓮の魔女』と『蒼氷の聖女』。
これまで何度も比較され、互いに競い合ってきた二人。
そんな二人が、初めて本格的に手を組む。
もし、この二人の力を同時にぶつけることができれば。
アルカイドの『耐性の獲得』を突破する方法が、本当に見つかるのかもしれない。
俺は慌ててカメラを二人へ向け直した。
「……一体、どうなるんだ!?」
世界中の視聴者が見守る中。
『紅蓮の魔女』と『蒼氷の聖女』。
これまで決して交わることのなかった二つの力が、今まさに一つになろうとしていた。
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