第33話 『星崩の大魔宮』㉓ 激震!アルカイド!
『セプテントリオン・ミザール』との決着をつけた直後――俺たちは、再び別の空間へと転送されていた。
どうやらミザールが最後に残した空間転移の力によって、別の場所へ飛ばされたらしい。
そして、転送されたその先にいたのは――
「……あれ?」
見慣れた二人の姿だった。
「セイラさん……清十郎さん!」
俺とアイリーンさんが駆け寄ると、二人はこちらに気付いた。
だが、二人とも明らかに疲弊している。
肩で息をし、額には汗が浮かんでいる。
どうやら俺たちがミザールと戦っている間、二人も相当な激戦を繰り広げていたらしい。
「はあ……はあ……もう! あなたたち、今ごろ来て……遅いですわよ!」
俺たちの姿を確認したセイラさんが、開口一番に文句を言ってくる。
「まあまあ、お嬢様。こうしてまた皆で無事に再会することができたのですから、喜びましょうよ。それに、私たちも何とかモンスターの群れを全滅させることができたのですから」
清十郎さんが苦笑しながらセイラさんをたしなめる。
「……え?」
俺は清十郎さんの背後に広がる光景を見て、思わず言葉を失った。
そこには、おびただしい数のモンスターの残骸が転がっていた。
漆黒の甲冑をまとった巨大なモンスター。
そして、鮮やかな銀色の鱗と翼を持つ巨大な飛竜。
どちらも一体だけであれば、Sランク冒険者ですら苦戦を強いられるような強敵のはずだ。
だというのに――
その死骸が、文字通り山のように積み重なっている。
「……あの、セイラさん」
俺は恐る恐る尋ねる。
「この漆黒の甲冑を着たモンスターって……ひょっとして『アビスロード』ですか?」
「ええ、そうですわよ」
セイラさんは何でもないことのように答えた。
「確か、あなたたちが以前踏破したSランクダンジョン『深淵の回廊』のダンジョンボスでしたわね」
そこまで言って、セイラさんは周囲に転がるアビスロードの残骸へ視線を向ける。
「一体一体ならば大した強さではありませんけれど……さすがにこれだけの大群ともなると、少々手強かったですわ」
…………えっと、Sランクダンジョンのボスが――
「一体一体なら大した強さではない」……と?
俺は思わず遠い目になった。
いや、待て、そういえば、アイリーンさんの戦いを見ていて完全に感覚が麻痺していたが――
この人たちも大概だった。
というか、どう考えても普通の冒険者の強さではない。
〈ちょwww あそこで大量に死んでるのって『アビスロード』じゃね?〉
〈マジだ! どう見ても数十体はいるぞw〉
〈Sランクダンジョンのボスが雑魚扱いされてるんだが……〉
〈ていうか、あのドラゴンみたいなやつって見たことある?〉
〈さあ? でも、あれもSランクダンジョンのボスなんじゃね?〉
〈ああっ! あれ『シルバーウイング・ワイバーン』じゃね!?〉
〈『銀翼の魔塔』のダンジョンボスか!?〉
〈確かセイラさんが前にインタビューで言ってただろ!〉
〈そうそう! 特徴的にも間違いない!〉
〈ということは……あれだけのSランクモンスターを、たった二人で……?〉
〈清十郎さんも含めて人外魔境だよな……〉
〈俺たちの目線には、もう『神速』さんしかいないよ……〉
コメント欄がとんでもないことになっている。
いや……俺も気持ちはわかる。
わかりすぎるほどわかるぞ。
間違いなく俺も、そっち側の人間なんだよ!
むしろ俺からすれば、目の前の光景こそが異常そのものだ。
Sランクダンジョンのボスが、そこら中に転がっている。
それを見て「大した強さではなかった」と平然と言ってのける美女。
そして、その隣には同じように大量のモンスターを葬り去った執事。
……うん、やっぱり、この二人も人外だ。
そんなことを考えながらコメント欄を眺めていた俺を、アイリーンさんが横から微笑ましそうに見つめている。
「……ハヤトさん?」
「いや……何でもないです」
俺が曖昧に笑っていると、清十郎さんが場の空気を引き締めるように口を開いた。
「ところで皆さん。残る『七星』は、あと一人です」
その言葉に、俺たちは一斉に清十郎さんへ視線を向ける。
「その最後の一人を倒せば、このダンジョンも踏破できるはず……」
「ええ、それはわかっていますわ」
セイラさんが腕を組みながら頷く。
「それで、その最後の一人とは……一体どこへ行けば会えるんですの?」
「……」
その問いに、俺たちは揃って黙り込んだ。
確かに、その通りだ。
俺たちはミザールによって何度も空間を転移させられた。
そして、最後に飛ばされたこの場所も、見渡す限り、地平線が続いているだけだった。
建物もないく、通路もないし、出口らしきものも見当たらない。
もちろん、次の階層へ続く道も見つからない。
このグランドダンジョン『星崩の大魔宮』の最奥に待ち構えているであろう最後の『七星』――
『セプテントリオン・アルカイド』
そこへどうやって辿り着けばいいのか。
俺たちには、まったく見当がつかなかった。
「……さて、どうしたものか」
俺たちは周囲を見渡しながら考え込む。
しかし、いくら考えても有効な手段は浮かんでこない。
ここまで来て、まさか最後の敵のところへ行く方法がわからないなんて。
そんな途方に暮れかけた、その時だった。
――ズン。
「……ん?」
突然、地面が揺れた。
「何だ? 地震か?」
思わず周囲を見渡す。
だが、すぐに疑問が浮かんだ。
そもそも、ダンジョンの中で地震なんて起こるものなのか?
――ズン! 再び地面が揺れる。
今度は先ほどよりも明らかに強い。
「……何ですの、これ?」
セイラさんが周囲を見渡す。
「わかりません、お嬢様。警戒を怠らないでください」
清十郎さんも即座に戦闘態勢へ移行する。
俺も腰を落とし、周囲へ意識を集中させる。
「アイリーンさん……これは?」
「……わかりません」
アイリーンさんも杖を構えながら、遠くへ視線を向ける。
「ですが……何かが来ます!」
「何かって……?」
俺が尋ねる間にも、地面の振動は止まらない。
――ズン――ズン――ズン!
最初は一定の間隔だった振動が、徐々に短くなっていく。
そして、その一つ一つが次第に大きくなっていった。
地面が大きく揺れる。
足元から伝わってくる衝撃が、身体の芯まで響いてくる。
やがて、それは単なる地震ではなく――
巨大な何かが大地を踏みしめる音へと変わっていった。
――ズシン――ズシン――ズシン!
「……なんだ、これは、足音か?」
俺は思わず息を呑んだ。
地響きが近付いてくる。
それも、こちらへ向かって一直線に。
地面が大きく揺れ、立っているだけでも困難なほどの衝撃が襲い掛かってくる。
「これは……まさか!?」
脳裏に、一つの最悪な可能性が浮かんだ。
そして――その予想は、正しかった。
遠くに見える地平線。
その向こう側から、巨大な影が姿を現した。
最初は小さかった影が、徐々に大きくなる。
いや――違う。
影が大きくなっているんじゃない。
巨大な何かが、こちらへ近付いてきているのだ。
やがて、その全貌が見えてくる。
巨大な角を頭部から伸ばした、途方もなく巨大な魔獣。
その全長は、軽く五十メートルを超えているだろう。
大地を踏みしめるたびに地面が揺れ、巨大な身体から放たれる圧力だけで周囲の空気が震えているように感じる。
そして、その魔獣の頭上に、一人の男が立っていた。
赤い髪、屈強な肉体。
腕を組み、まるで俺たちなど眼中にないかのようにこちらを見下ろしている。
その男の姿を確認した瞬間――俺の背筋に、冷たいものが走った。
「……アルカイド」
間違いない。
あれは――『七星』の最後の一人。
そして、この『星崩の大魔宮』を支配する者。
『セプテントリオン・アルカイド』
その姿を確認したセイラさんは、むしろ嬉しそうに口元を吊り上げた。
そして、準備運動でもするかのように両腕をぐるぐると回す。
「わざわざあちらから出向いてくれるとは……有り難いですわね」
その表情には、先ほどまでの疲労など微塵も感じられない。
むしろ、強敵との戦いを前にした喜びすら感じられた。
清十郎さんも静かに刀へ手を添える。
アイリーンさんは杖を構え、俺も『神速』をいつでも発動できるように身構えた。
これまで何度も死闘を繰り広げてきた。
『七星』の一人一人が、まさに規格外の強敵だった。
そして今――その最後の一人が、俺たちの前に現れた。
ここまで来た以上、もう後戻りはできない。
いや――
後戻りする必要などない。
俺たちの目の前にあるのは、ただ一つ。
このグランドダンジョンを踏破するための最後の戦いだ。
グランドダンジョン――『星崩の大魔宮』
その最奥にて、最後の『七星』が姿を現した。
ラストバトルが、今まさに始まろうとしていた。
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