第25話 『星崩の大魔宮』⑮ 魔拳王
Sランク冒険者『蒼氷の聖女』――星羅・バーンシュタイン。
彼女について世間一般が抱いている印象は、極めて単純なものだった。
氷属性魔法を操る、超一流の魔導士、それが多くの者が知る彼女の姿である。
例えるならば『紅蓮の魔女』、アイリーン・スカーレットと同じ系統。
膨大な魔力を駆使し、強力な属性魔法を連続で叩き込む魔法特化型の冒険者。
ただし、アイリーンが炎を操るならば、セイラは氷を操る。
世間ではそう認識されていた。
実際、彼女の固有スキル『蒼氷』は氷属性魔法の威力を大幅に上昇させる能力を持つ。
そのため、そう思われるのも当然と言えば当然だった。
しかし――一度でも彼女の本当の戦闘を見た者は、必ずこう口にする。
それは大きな間違いだった、と。
「さあ……久しぶりに、本気のわたくしを見せて差し上げますわ」
セイラがそう呟いた瞬間だった。
メグレズが次の行動を認識するよりも早く――セイラの姿が消える。
「……え?」
次の瞬間、セイラはすでにメグレズの目の前へ移動していた。
「――せいっ!」
凄まじい速度で拳を叩き込む。
「うわっと!?」
咄嗟に反応したメグレズは、巨大な両手剣を盾のように構える。
しかし、防御したはずの剣が、大きく弾き飛ばされた。
「……っ!」
メグレズは空中で体勢を整え、何とか着地する。
そして驚いた表情でセイラを見つめた。
「あれぇ……?」
「どうしましたの?」
「いやぁ……お姉さんもそっち系なんですね」
メグレズは少し残念そうな顔をする。
「見た目とか雰囲気で油断させておいて、実はめちゃくちゃ強いタイプ……正直、もう少し違う展開を期待してたんですけど」
「あらあら」
セイラは楽しそうに笑う。
「残念でしたわね。でも――」
拳を握り直すと、そこへ大量の魔力が集束していく。
やがて拳は青白い光を纏い始めた。
「ここからが本番ですわよ」
星羅・バーンシュタイン、彼女の本当の職業は――
『魔拳王』
魔力を己の肉体へ纏わせて戦う『魔導拳士』系統。
その頂点に君臨する超級職である。
彼女の戦闘スタイルは、本来魔法を遠距離から放つものではない。
己の肉体と技術、そして魔力。
それら全てを融合させ、真正面から敵を叩き伏せる近接戦闘型なのだ。
もちろん、セイラが魔導士としても超一流であることに間違いはない。
しかし、それだけではなく、彼女は魔法使いではなく――戦士なのだ。
従者であり相棒でもある轟清十郎と共に最前線へ立ち、強敵を打ち破ってきた。
それこそが本来の彼女たちの姿。
『龍殺の守護者』と――『蒼氷の聖女』。
二人が並び称される理由だった。
「さあ……行きますわよ!」
セイラの周囲に魔力が渦巻く。
「はあああああ!!!!」
『魔拳王』の力、それは魔力と闘気の融合。
鍛え抜かれた肉体技術に魔力を乗せ、さらに闘気によって威力を増幅させる。
単純な魔法攻撃とは比較にならない破壊力。
それが『魔拳王』の真価である。
しかし、セイラがここへ至るまでの道のりは、決して平坦ではなかった。
彼女は元々、氷属性魔法に優れた才能を持っていたが、天才ではなかった。
アイリーン・スカーレットのように、生まれながらにして規格外の才能を持つ存在とは違う。
努力しなければ、決して届かない才能。
それがセイラだった。
代々、天才を輩出してきた名門バーンシュタイン家。
その中で「秀才」でしかなかった彼女は、一時期では将来を期待されない存在だった。
しかし、セイラは諦めなかった。
足りない才能を努力で補う。
つまり、魔法だけでは勝てないなら、己自身を鍛えればいい。
そう考え、魔力と肉体を融合させる『魔導拳士』への道を選んだ。
そこからの成長は凄まじかった。
元々、並外れた魔力量を持っていた彼女は、努力によってその才能を完全に開花させる。
そして『魔拳王』へと至った時、彼女は名実ともにバーンシュタイン家を代表する戦士となった。
Sランク冒険者『蒼氷の聖女』。
その名は、努力によって掴み取った称号なのだ。
そして今、その全力が――『セプテントリオン・メグレズ』へ向けられる。
「覚悟はよろしくて?」
セイラの全身が青白い光に包まれる。
「――『聖氷合体・氷結地獄』」
その瞬間、周囲の気温が一気に低下した。
地面が凍りつき、空気中の水分すら結晶化し、世界そのものが氷へ変わっていく。
「もう! 寒いの苦手って言ったじゃないですかぁ!」
メグレズは頬を膨らませながら巨大な両手剣を構える。
そして、凍結した地面へ向かって剣を叩き込んだ。
ドォン!と轟音と共に大地に巨大な亀裂が走る。
それは意思を持つかのように一直線にセイラへ迫っていく。
『重断剣・グラビティ』が持つ必殺技――『グランドインパクト』
地面そのものを破壊し、その衝撃を敵へ伝える強烈な一撃。
逃げ場を奪い、相手を飲み込む技だが――
「甘いですわ」
セイラは一歩も動かなかった。
そして――拳を地面へ叩き込む。
ドン!と青白い光が広がると、次の瞬間、迫っていた亀裂は、全て凍結した。
「えええ!?」
メグレズが素っ頓狂な声を上げる。
「そんなのありですか!?」
セイラは優雅に微笑む。
「ありですわ」
そして拳を構える。
「次は……あなた自身を凍らせて差し上げます」
青白い魔力がさらに膨れ上がる。
「覚悟なさい!」
『蒼氷の聖女』、その本当の力が、今まさに解放されようとしていた。
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