第2話 『紅蓮の魔女』
「……やっぱりあかんかった」
俺は今セーブポイントの上にいる。
どうやら無事に復活できたようだ。
いや、ちょっと無理ゲー過ぎだろう。
いきなり全方位攻撃ぶっ放すのは反則だろうが!
……結論から言うとボス戦に挑み、見事にやられてしまった。
大扉を開けたフロアに待っていたのは『アビスロード』。
いかつい甲冑を着こんだ巨人のようなモンスターだった。
最初は意外と上手く戦えていたと思う。
『アビスロード』は巨大な両手剣を振り回し襲い掛かってきたが、『神速』の効果で全ての攻撃を回避できていたのである。
また、意外と俺の攻撃も入るのは入るのだ。
しかし、如何せんレベル1はレベル1だった。
相手の厚い装甲に阻まれ、1ダメージも入れることは出来なかった。
相手の攻撃を回避すること自体は『神速』があるので問題なかったが、これでは永遠に倒すことが出来ないのは明らかだった。
このまま泥仕合になるのか?なんて考えていたら風向きが変わるのは意外と早かった。
『アビスロード』はおもむろに剣を地面に突き立てたかと思うと、フロア全てを覆うような雷撃を放ってきたのだ。
フロア全てが攻撃範囲になってしまえば、いかに速かろうが避ける術はない。
おまけにこちらはレベル1で、かすっただけでもあの世行きの状態なのだ。
というわけで『アビスロード』の雷撃を全身余すことなく浴びてしまった俺は一瞬で消し炭になり、セーブポイントにリスポーンされたってわけだ。
あっ、ちなみに配信用ドローンは緊急脱出機能で一緒にセーブポイントに戻ってきているからご心配なく。
「はあ……やっぱりボスを倒すのはあきらめた方が良いかな、皆さん応援頂きありがとうございました。ちょっとあのボスを倒すのは無理そうですね。他の脱出手段を考えないと……」
〈お疲れ!結果は残念だったけど見てて面白かったから良し!!!〉
〈最初意外と善戦してて笑ってしまった〉
〈『神速』馬鹿みたいに速いな。あのボスも相当速いだろうに、全然追い付けてなかったぞ!〉
〈ていうかあのボスやばいよな、今の俺たちじゃあ絶対に倒せないぞ〉
〈まあレベル1で挑んだ配信主に惜しみない拍手を贈るよ〉
ギャラリーたちもどうやら盛り上がっているようだ。
コメント欄には軒並み好意的な意見が見受けられる。
ちなみに現在の同時接続者数は5000人を超えている。
まあ、世界で初めて『深淵の回廊』のボス戦を生配信したのだから、当然と言えば当然だろう。
レベル1で瞬殺されちゃったけどね!
これで配信者としては一定の使命を果たせたのは間違いない。
後はどうやって生きて戻るかだ。
ボス戦に挑むのは無理筋だということがさっきの無謀なチャレンジで確定した。
残る道は……
階段から逆に戻って行くという案しかないだろうなぁ。
今現在は地下100階ということは、これから果てしない道のりを戻って行かなければならない。
とにかく『神速』でぶっ飛ばして行くしかない。
途中で何かの攻撃を間違って喰らうだけでお陀仏だ。
「よし、それじゃあ次は地下99階から地上を目指して戻って行きたいと思います」
〈結局ボスはあきらめるのか、まあ見る限りは倒せる可能性はほぼ無いかもね〉
〈地下99階から地上を目指すのか、これはこれで楽しみかも〉
〈『深淵の回廊』の地下99階ってどんな感じなんだろう?〉
〈『神速』使えばけっこういけるんじゃないか?〉
ギャラリーたちも楽しみにしているようだ。
俺は意を決して階段を昇り、上の階へ移動した。
階段を上がり地下99階に突入した俺の目に飛び込んできたのは、視界一杯に広がる絶景だった。
階段を上がり切った先は、小高い丘の上だった。
そこから見える景色は絶景そのもの、広大な森林に広がる青空、森林には青々とした湖も広がっている。
おかしいな?俺は今ダンジョンの地下にいるはずだ。
ひょっとして異空間的なやつなのか?
〈やっぱりダンジョンの深淵階層はどこも異空間仕様だな〉
〈まあそうじゃないと巨大なモンスターとか出現出来ないからねぇ……〉
〈それにしてもすごい綺麗な景色だなぁ……〉
〈『深淵の回廊』の地下99階はこんな感じになっているのか〉
〈世界初公開の映像だからな、貴重すぎる映像サンクス!〉
〈ここで記念撮影してみたいな〉
ギャラリー達も初めて見る光景に盛り上がっているみたいだ。
同時接続数もうなぎ上りに増えており、既に1万人を超えている。
展開によってはこれからもっと増えていくだろう。
これは、配信者としてかなりの成果だな、我ながら先行きが楽しみだ。
生きて戻れればだけど!
俺は気を取り直して周囲を注意深く観察する。
そうすると、さっきまでは気付かなかったが、丘から見える光景の中に、無数のモンスター達が確認できた。
森林にはズシンズシンと音を立てながら歩くの恐竜のようなモンスターが。
湖には巨大な魚のようなモンスターが。
大空には群れを作って飛行しているモンスターもいる。
〈あの森の中を歩いているやつって『ガーディアン・グラン・レックス』だよな……〉
〈ちなみに空を群れで飛んでるのは『カオス・ドラゴン』だぜ〉
〈湖に何匹かいるのって『カイザー・リヴァイアサン』じゃねえか!?〉
〈それって全部どこかのダンジョンのボスモンスターじゃん……〉
〈よそのダンジョンのボスモンスターが集団で散歩してるのか〉
〈無理無理、絶対にこのダンジョンのクリアは無理!〉
実況欄が絶望的な文字で埋まっている。
ここから見えているモンスター達はそんなにやばいラインナップなのか。
この丘から見えている範囲には上の階へ通じているであろう階段の類は見当たらない。
俺はこの絶望的な状況でその階段を見つけなければならない……
「よし、皆見ててくれ、俺は今からこの地下99階を攻略してやるぜ!」
〈おお!負けるなよ!〉
〈気を付けろよ!そこら辺にいるのは並のモンスターじゃないからな!〉
〈一瞬で死亡すると予想だな……〉
〈『神速』使えば行けるかもしれない!〉
ギャラリー達の期待を胸に、俺は全速力で地下99階を駆け巡る。
途中で何度もモンスター達が追いかけてくるが、『神速』の速さは凄まじく、何とか生き延びることが出来ていた。
「意外と良い感じじゃないか。このまま階段を見つけられれば生還でき……」
その瞬間、近くで爆発音が鳴り響き、巨大な火柱が舞い上った。
「……何だ!?モンスターの攻撃か?」
突如として発生した大規模な爆発は、連続して発生し、周囲の森林を次々に焼いていく。
気が付いたら周囲は火の海と化していた。
〈一体何が起こってるんだ?〉
〈炎の勢い凄すぎてワロタ〉
〈あんな炎を扱うモンスターなんかいたっけ?〉
〈野生の『イフリート』でもいるんじゃね?〉
ギャラリー達も突如として起こった現象に戸惑っているようだ。
ここまで周囲一帯が炎に囲まれてしまったら『神速』であろうと脱出は難しくなる。
俺がオロオロしながらなんとか脱出口を探していると、目の前の炎の中から一つの人影が見えた。
「……何だ?あれは……女の人か?」
炎の中から出現したのはどうやら一人の女性のようだ。
綺麗な金色の髪をなびかせながら火の海と化した森林の中を闊歩している様子はただ者ではなかった。
俺は恐る恐る声を掛けることにする。
「あの……すいませ」
「あらら?こんなところに私以外の人が……いや、いるわけないか。モンスターが化けているのか人型のモンスターか……とにかくさっさと燃やしちゃおうっと」
「いやちょっと、とにかく一度お話を……」
俺の声が聞こえていないのか、聞こえた上で無視しているのか、その女性は自らの身の丈程の大きさの杖を頭上に掲げたと思うと……
『ボルカニック・レイザー』
こちらに向けて灼熱の閃光を放つ。
俺は『神速』を使う間もなく貫かれ、一瞬で蒸発してしまった……
◆◆◆◆
「……何じゃああいつはぁ!」
次の瞬間には地下100階のセーブポイントでリスポーンされた俺は、理不尽極まりなかった死に方に憤慨していた。
〈あれってモンスターなのかな?〉
〈そうだよ、きっと女性型の『イフリート』だ〉
〈でも『ボルカニック・レイザー』って炎系統の極大魔法だよな?〉
〈ていうか俺あの女の人、見覚えがあるかも……〉
〈奇遇だな。俺もだ〉
〈一瞬だったからよくわからなかったけど、どっかで見たことあるような〉
〈金髪にデカい杖を持って炎を使う女性の冒険者か〉
〈いやそれって……〉
〈『紅蓮の魔女』じゃない?〉
……『紅蓮の魔女』?
一体何者なんだ?
「皆さん、あの女の人を知ってるんですか?」
俺はギャラリーに情報を求めて話し掛ける。
〈うん……多分あの人は冒険者だ、しかもSランク〉
〈『紅蓮の魔女』だったらやばいな、死亡確定だろう〉
〈うちのパーティーもあいつに一瞬で消し炭にされたことあるよ〉
何だか物凄く物騒な情報が流れてくるんだが……
どうやら俺が出会った女性は『紅蓮の魔女』と呼ばれる冒険者らしい。
Sランク冒険者となると、世界に数名しかいない最強ランクだ。
そんな冒険者が俺と同時にダンジョンに潜ってるってわけか。
いや、どう考えても俺が生き残る未来が見えない……
絶望感に打ちひしがれていると、不意に階段の方から足音が聞こえた。
その足音はカツンカツンと規則的な音を奏でて階段を下ってくる。
ひょっとして、いや間違いなくさっきの女性だ。
地下99階を突破してきたんだ!
先程、全身を焼かれた感覚を思い出してしまい、全身から冷や汗が噴き出てくるのを感じる。
「あの、皆さん、何やら階段の方から誰か来るみたいなんですが、どうすれば良いでしょうか?」
〈『紅蓮の魔女』が追ってきたんじゃね!?〉
〈ていうかあの女、こんなところにソロで挑んでるのかよ!〉
〈しかも、地下100階まで踏破してるし!〉
〈主!逃げないとまた燃やされちゃうぞ!〉
……やっぱり逃げた方が良いのか!?
いやでもどこに逃げるってんだ!
目の前の階段以外の逃げ場は後ろの大扉しかない。
その先にはもちろん『アビスロード』が待ち受けている。
ああ、前門の『アビスロード』、後門の『紅蓮の魔女』かよ、前にも後ろにも絶望が……
そう考えていると、とうとう足音の主が階段を下りきり、目の前に現れた。
足音の主はやはり予想通り、さっきの女性だった。
年齢は二十歳くらいだろうか?
きらきらと光る金色の髪はさっきの記憶と一致する。
その手には大きな杖を持っており、杖の先端には紅い宝珠が付いており、常に仄かに輝きを放っているのが見えた。
魔導士のようなゆったりとしたローブを羽織っているが、他には特筆すべき装備を身に着けていない。
見れば見るほど、普通の女性にしか見えず、たった一人でこの『深淵の回廊』の最深部まで辿り着けるようには見えず、ましてやさっきの大災害のような炎の魔法を使えるようには全く見えなかった。
「あらら?あなたはさっきの人型モンスター……」
「……いや、誰が人型モンスターだ!」
女性が発する声色はイメージ通りのおっとりしたものだった。
そのゆったりとした語り口から持つ印象派、ギャラリー達が言うような絶望的なイメージとはかけ離れていた。
「それじゃあ、本当に冒険者なんですか?」
「はい、一応……」
俺はここにいる事情を全て話す。
その女性は俺の話を聞いて納得したかのように頷くと……
「あはは、まさかこんな場所であなたのような人に出会えるとは思ってませんでした」
はにかむ様に笑い始めた。
笑うさまも本当にただの年頃の女性といったような感じで、どうしてもSランク冒険者には見えなかった。
「あのお名前を聞いても良いですか?」
「あっ、はい、俺はハヤト、草薙ハヤトっていいます」
唐突に名前を聞かれたので正直に答える。
「ハヤトさんですね、以後お見知りおきを……」
俺が名乗った後、丁寧にお辞儀をする女性。
礼儀正しい人だなぁ……
俺はこの時、本心からそう思ってしまった。
この女性の正体がなんであれ、接している感じは本当に感じが良い女性だった。
「あの、もし良かったらあなたのお名前も教えて頂けませんか?」
「私の名前ですか……?」
「はい、お願いします」
その女性は、一拍置いた後に、おっとりとした口調で自らの名前を名乗った。
「私の名前は、アイリーン・スカーレット。世間の人々からはこう呼ばれています……」
その口から出てきた名前は予想通りのもの、しかし目の前の女性には一見似付かわしくない二つ名だった。
「……『紅蓮の魔女』と」
……これが後に『神速の配信者』と呼ばれることになる俺と……
『紅蓮の魔女』と呼ばれ世界中から恐れられることになる女性との初めての出会いだった。
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