第18話 『星崩の大魔宮』⑧ 『神速』さんと視聴者たち
「ぐっ……ぁぁっ!」
鋭い牙が俺の肩口へ深々と食い込むと、焼けるような激痛が全身を突き抜けた。
――まずい。
このまま牙が振り抜かれれば終わる。
肩から胴体まで一気に引き裂かれる。
そうなれば、即死だ。
「くそぉぉぉぉぉっ!!」
考えるより先に『神速』を発動する。
牙が振り抜かれる方向とは逆へ。
全身を捻りながら強引に跳躍した。
ブチッ。
ブチブチブチッ!
肉が裂ける嫌な音が響く。
牙はさらに深く食い込み、鮮血が宙へ舞った。
激痛で意識が飛びそうになる。
……だが、生きている。
何とか牙の軌道から逃れた俺は、そのまま転がるように距離を取った。
左肩を見る。
肩口から腕がごっそり抉られていた。
骨まで覗く無惨な傷口から、血が滝のように流れ落ちる。
「いっ……てぇぇぇぇぇ!」
迷っている暇はない。
俺はアイテムボックスから一本の小瓶を取り出した。
緑色に輝く液体――エリクサーだ。
栓を抜き、一気に飲み干す。
すると傷口が淡く光り始めた。
止まらなかった出血がぴたりと止まる。
砕けた骨が再生し、筋肉が盛り上がり、皮膚が覆っていく。
十秒もしないうちに、失われた左腕は完全に元へ戻っていた。
「……すげぇ」
思わず声が漏れる。
恐る恐る拳を握るが、違和感はない。
指も動くし、力も入る。
完全に元通りだった。
〈今のエリクサー!?〉
〈初めて見たぞ〉
〈一本五百万はするやつじゃん〉
〈神速さん、いくら使ってるんだよ……〉
……うるさい!
そんなもん数えてる余裕なんかあるか!
このグランドダンジョンに挑むため、今まで稼いだ金はほぼ全部使った。
いや、多分赤字だ。
でも命より高い金なんかあるか。
生き残れなきゃ全部終わりなんだよ。
再生した左腕を大きく振る。
違和感はゼロ。
よし、まだ戦える。
『……ほう』
背後から低い声が響く。
『今の一撃を生き延びるとは』
「またかっ!」
振り返らずに、今度は即座に『神速』を発動。
全力で前方へ飛び出す。
次の瞬間、俺がいた場所を巨大な牙が薙ぎ払った。
本当に、紙一重だった。
「……何なんだよ、その速さ」
違和感が消えない。
メラクは気付けば必ず背後にいる。
だが――『攻撃だけ』は避けられる。
もし本当に俺以上の速度なら、反応する間もなく殺されているはずだ。
なのに逃げ切れている……
何かがおかしいな。
〈それにしても速ぇな〉
〈神速さんの背後取るとか反則だろ〉
〈でも変じゃね?〉
〈何が?〉
〈移動のスピードだけ異常なんだよ〉
〈攻撃自体は神速さんが避けてるじゃん〉
〈確かに、動き出してからは神速さんの方が速い〉
「……!」
その一言で頭の中の何かが繋がった。
そうだ。
俺が感じていた違和感はそこだ。
あいつは速いんじゃない。
突然そこに現れるだけなんだ。
……まさか。
「皆さん!」
俺は叫んだ。
「次にあいつが移動した瞬間、俺の背中の辺りを見てください! 何でもいい、気付いたことがあったら教えてください!」
ドローンを大きく旋回させる。
俺とメラクを真上から映せる位置へ移動させた。
『グフフフ……何をごちゃごちゃと……』
メラクが笑う。
『ならばもう一度見せてやろう』
その姿が――再び、消えた。
「来た!」
背筋に悪寒が走る。
直後、背後に気配がするが今回は読んでいる。
『神速』を使用し、一瞬で横へ跳ぶ。
次の瞬間、さっきまで俺がいた場所に巨大な蜘蛛が現れていた。
……やっぱりだ。
「皆さん! 何か見えましたか!?」
コメントが一気に流れる。
〈いた!〉
〈神速さんの背中!〉
〈黒い小さい蜘蛛!〉
〈張り付いてたぞ!〉
〈スクショ撮った! 今アップする!〉
すぐに画像が表示される。
そこには――俺の背中に張り付く、小さな黒蜘蛛。
「……やっぱり」
全部繋がった。
俺が逃げ続けていた時も。
距離を何百メートル離そうが追い付かれた時も。
全部同じだったんだ。
メラクは走っていたわけじゃない。
最初から俺に蜘蛛を付着させていた。
だから……
「お前の能力は――」
ダガーを突き付ける。
「小型の蜘蛛を目印にして瞬間移動する能力だ!」
蜘蛛は静かに笑った。
『……グフフフ、よく見破った』
八つの眼が妖しく光る。
『その名も《蜘蛛転生》』
『我が眷属の命と引き換えに、その場所へ瞬時に移動する能力よ』
……入れ替えじゃない。
子蜘蛛を消費してワープしているのか。
想像以上に厄介な能力だが、能力が分かっただけでも大きい。
見えない相手ほど怖いものはない。
逆に言えば、正体さえ分かれば攻略法は必ずある。
「皆さん、ありがとう! これでようやくスタートラインだ!」
〈よっしゃあ!〉
〈後は任せた!〉
〈いけ神速さん!〉
〈男を見せろぉぉぉ!!〉
コメントが一気に流れる。
その一つ一つが背中を押してくれる。
「よっしゃぁぁぁ!!」
ダガーを握り直す。
相手は『七星』――セプテントリオン・メラク。
今まで戦ってきた中で、間違いなく最強の敵だが、攻略法は見え始めた。
俺は力強く地面を蹴り、決着のための一歩を踏み出した。
次回決着!!!
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