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『紅蓮の魔女』と『神速の配信者』  作者: 我王 華純
第一章 誕生『神速の配信者』
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第16話 『星崩の大魔宮』⑥ 蜘蛛の糸

 グランドダンジョン『星崩の大魔宮』、その守護者を名乗る『七星』。


 そして、その一人『セプテントリオン・ミザール』が発動したスキル――『幻影の檻(ファントムジェイル)』


 空間そのものを歪ませるその力は、俺たち四人を一瞬で飲み込んだ。


 視界が白く霞み、体が宙へ放り出されるような浮遊感に襲われる。


 上下の感覚すら失い、何もわからないまま数秒――いや、一瞬だったのかもしれない。


 やがて浮遊感が消え、足が地面へ着いた。


 ゆっくりと目を開く。


 「……ここは?」


 そこは、先ほどまでのボスフロアとは似ても似つかない空間だった。


 壁はない。


 天井もない。


 どこまでも灰白色の床だけが広がり、果てには地平線だけが見えている。


 風も吹かない。


 音もない。


 耳が痛くなるほどの静寂だけが支配していた。


 思わず周囲を見渡す。


 「アイリーンさん!」


 返事はない。


 「セイラさん!」


 「清十郎さん!」


 何度呼びかけても返ってくるのは自分の声だけだった。


 嫌な汗が頬を伝う。


 まさか。


 本当に一人になったのか?


 その時だった。


 「どうやら状況を理解したようだな」


 背後から低い声が響く。


 振り返ると、そこには黒装束に身を包んだ男が立っていた。


 『七星』の一人。


 『セプテントリオン・メラク』。


 「貴様らは厄介な連携を取るようだったのでな。悪いが分断させてもらった。」


 そう言って静かに忍刀を抜く。


 刃が鞘から抜ける乾いた音だけが、この静寂の空間に響き渡った。


 「貴様に恨みはない。」


 メラクはゆっくりと刀を構える。


 「ここで死んでもらう。」


 ……まずい。


 心臓が嫌というほど脈打つ。


 相手はグランドダンジョンの守護者。


 しかも、さっきアイリーンさんと互角に戦っていた連中と同格、ということは俺一人で勝てる相手じゃない。


 この時点で結論は一つしかなかった。


 逃げるしかない――


 「悪いけど……付き合ってられない!」


 俺は『神式配信セット』を起動する。


 ドローンが浮かび上がり、ヘッドセットを装着する。


 こんな状況でも配信だけは切らない、それが配信者としての俺の意地だ。


 同時に『神速』を発動。


 地面を蹴った瞬間、景色が一気に流れ始めた。


 「むっ!?」


 メラクの姿がみるみる小さくなっていく。


 これなら追いつけないだろう。


 〈配信戻った!〉


 〈何が起きた!?〉


 〈アイリーンさんは!?〉


 〈神速さん一人じゃね!?〉


 〈隔離された!?〉


 コメント欄も状況を理解し始め、一気に流れ始める。


 「そうなんだよ! 俺も何が起きたかわからないんだ!」


 必死に走りながら叫ぶ。


 「でも相手はどう考えても俺より強い! だから今は逃げるしか――」


 次の瞬間、足が動かなくなった。


 「え?」


 全速力で走っていた体は勢いを殺せず、そのまま前方へ投げ出される。


 「うわぁっ!」


 受け身も取れず床を転がり、全身に鈍い衝撃が走った。


 「な、何だ……!?」


 慌てて立ち上がろうとする。


 しかし、足にまったく力が入らない。


 視線を落とすと、両脚には銀色に輝く細い糸が何重にも絡みついている。


 「……糸?」


 見た目は髪の毛ほどしかないが、どれだけ力を込めても一本たりとも切れない。


 糸の先をたどると、その先には腕を組んだメラクが立っていた。


 「それは、我が『蜘蛛の糸』だ。」


 静かな声だった。


 「貴様は逃げ足だけは速いようなのでな。先に封じさせてもらった。」


 メラクが指を僅かに動かす。


 その瞬間、糸が生き物のように蠢き始めた。


 足から腰、腕、そして首へ。


 瞬く間に全身へ絡みついていく。


 「くっ……!」


 体が全く動かない。


 指先以外、完全に拘束されてしまった。


 「これで終わりだ。」


 メラクは再び忍刀を抜き、ゆっくりと歩き始める。


 ……これは、死ぬ。


 本気でそう思った。


 震える視線の先に、さっき落とした端末が見えた。


 画面には今もコメントが流れ続けている。


 〈駄目だ!〉


 〈逃げろ!〉


 〈何とかしろ!〉


 〈誰か助けてくれ!〉


 必死にコメントを追う。


 何か……何でもいい。


 助かる方法はないのか。


 その時だった。


 〈アイテムは!? ジェム使え!!〉


 「……!」


 頭の中に電流が走った。


 そうだ。


 ジェムだ。


 指先だけはまだ少し動く。


 必死にポケットへ指を滑り込ませる。


 掴んだのは、小さな赤い宝石――『ファイアジェム』だ。


 「頼む……!」


 指先だけで床へ放り投げると、紅蓮の炎が一気に噴き上がった。


 炎は蜘蛛の糸へ燃え移り、瞬く間に焼き尽くしていく。


 「今だ!」


 拘束が解けた瞬間、俺は横へ飛び転がる。


 刹那、さっきまで俺がいた場所を忍刀が真っ二つに切り裂いた。


 「危なっ……!」


 あと一瞬遅れていたら終わっていた。


 心臓が激しく脈打つ。


 「助かった……ありがとう、コメント欄!」


 〈うおおおおお!!〉


 〈ナイス!!〉


 〈コメントが勝った!!〉


 〈神速さん生きろ!!〉


 画面いっぱいに応援が流れる。


 俺は深く息を吐き、ゆっくり立ち上がった。


 逃げても捕まるということはたった今、身をもって理解した。


 ならば――


 俺はドローンをメラクへ向ける。


 そして真っ直ぐ奴を見据えた。


 「……もう逃げない。俺は、お前を倒す!」


 黒い頭巾の奥で、メラクがわずかに口元を歪めたのがわかる。


 「その意気だけは認めてやろう。」


 忍刀が静かに構えられる。


 そして、ハヤトにとって初めての――命を懸けた一対一の戦いが、幕を開けた。

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