拾いもの
公孫瓚……幽州の将軍。騎射に優れた者を厳選した精鋭騎馬軍、白馬義従を率いる。
田豫……公孫瓚に仕官した若者。
劉虞……幽州の牧(長官)。漢の太尉(国防長官)であり、皇族。
袁紹……冀州の牧。名門の出身で、公孫瓚の仇敵。
王門……公孫瓚に仕える将校。
趙雲……常山郡から公孫瓚の許に駈けつけた義勇軍の長。無双の槍の名手。
劉備……公孫瓚の学友。公孫瓚の許に身を寄せる流浪の軍の長。
関羽……劉備の義弟。長髯を備える。青龍偃月刀を操る豪傑。
張飛……劉備と関羽の義弟。虎髭の主。蛇矛が得物の猛者。
田楷……公孫瓚が任命した青州刺史(監察官)。
三百の無頼漢が三つに割れると、それに後続するように兵たちも三分した。最後尾から趙雲の騎馬隊が続いている。
城郭へ攻め寄せる袁紹軍に目を凝らした劉備は、戦場の呼吸を計っているようだった。
劉備に追随する田豫が、固唾を呑んだ刹那だった。
佩剣を抜き放った劉備が、剣を天にかざした。
「袁紹軍を蹴散らせ――‼」
劉備は、馬腹を蹴った。先陣をきって、袁紹軍に奔駈した。
両翼からは、関羽と張飛が率いた兵たちが駈け上がっていた。
趙雲の騎馬隊も一塊となって劉備を猛追した。
――俺も、できることを!
臍を固めたような田豫も、佩剣を引き抜いた。劉備に続く兵たちの間が開かぬよう、注意を払いながら敵軍に雪崩れ込んだ。
櫓から弓を引き絞り、城壁に梯子をかける敵兵に狙いを定めている。その壮年の将が、吶喊の人声に視線を奔らせた。
「公孫瓚どのの援軍……? 来てくれたか!」
疲労の浮いた面上に安堵の笑みを浮かせたのは、鯰髭を蓄えた青州刺史、田楷だった。
無理もない。地上には、敵味方入り乱れた兵たちが、累々と斃れ伏している。死闘を繰り広げる田楷軍は二千にも満たず、対する袁紹軍は、倍以上の兵力で暴威を振るっていたのである。
一条の閃光が奔ると、血汐をまき散らした首が翻った。袁紹軍に、どうっと躍り込んだのは、劉備だった。馬上から絶え間なく振り下ろされる閃光は、敵兵の槍を斬り、首を刎ねた。
「怯むな‼ 押し返せ――‼」
勇猛果敢な劉備を前に、後続する無頼漢の手勢と、公孫瓚の兵たちも奮起した。
「フン――‼」
まるで旋風だった。左翼の関羽が敵軍に躍り込むと、長い柄の先に湾曲した大刃を備えた青龍偃月刀で薙ぎ払った。
刃の部分に施された龍の装飾が唸りを上げたように、胴を斬り払われた十人ほどの敵兵が、衝撃で後方に吹き飛んでいる。
関羽が道を開くように敵兵を薙ぎ倒すと、後続も勢いを上げた。
「オラァ――‼」
目は炯炯としていた。敵兵の群れに突撃した張飛が雄叫びを上げる。手にした長い柄の先は、蛇のようなうねりの大きな刃だった。
右翼の張飛は、軽々と蛇矛を操ると、疾風のごとき矛さばきで、敵兵を斬り伏せた。張飛の勇躍に、後続も勢いを増した。
袁紹軍の勢いが衰えを見せた。散り散りとなりかけた袁紹軍の兵たちが、再び方々で塊になり始めている。
そこへ――。
群れとなった敵兵に怒濤の勢いで突撃したのは、槍を手にした趙雲の騎馬隊だった。先頭で飛電の突きを繰り出しながら、騎馬の突進で敵を薙ぎ斃している。縦横無人に戦場を駈ける趙雲の騎馬隊が、塊となった敵兵の群れを穿っていた。
「ほう。戦況を読む目は、張飛より上かもしれぬな」
戦場を駈ける趙雲を目にした関羽は、眼前の敵兵を斬り伏せて不敵に笑った。
「趙雲と言ったか? あの野郎、なかなかやるじゃねえか」
蛇矛を斬り上げて返り血を浴びた張飛は、突撃を繰り返す趙雲に目を凝らして不気味に笑った。
「な、何だ? この援軍は……?」
矢を放つ手が止まっていた。目を剥いた田楷は、櫓から眼下の戦況を傍観するよりほかなかった。それもそのはず。寄せた劉備軍は、これまでに見たこともないほどの兵に映った。
しかし、である。
間が広がり始めている。劉備と無頼漢に続く公孫瓚の兵たちが、押し切れずにいた。
「押せえ――‼」
巨漢の歩兵長が、声を張り上げた。従った両脇の兵が、無惨にも血煙を上げ、斬り捨てられた。
三人。下卑た笑みを浮かせた敵兵が、槍を構える歩兵長に、にじり寄った。
「くっ!」
餓狼の如き三人の敵兵が、歩兵長に飛びかかった。
刹那――。
突風のようだった。
刎ね飛んだのは、敵兵の手と首だった。血飛沫に身を躍らせ、三人目を両断したのは、負傷した馬を乗り捨てた田豫だった。
腰を抜かした歩兵長は、目を剥いて息を呑んだ。
片手を失った敵兵に止めを刺した田豫は、蘇芳を浴びた面貌で振り返った。微笑が浮いていた。
「劉備さまとの間が開き始めています。押し上げましょう」
田豫は、厳つい面様の歩兵長に手を差し延べた。
「お、おう……」
歩兵長は、田豫の手をつかんで立ち上がった。
田豫は、辺りの敵兵を斬り捨てながら、さらに後方へ駈けた。
「もうひと踏ん張りです! 押し上げて!」
田豫の声が、戦場に響き渡った。
「たいしたものだ。自軍に目を配り、戦況を読み解いている」
田豫の声振を耳にした関羽は、にやっと笑って独語した。青龍偃月刀の一閃が、蝟集する敵兵にほとばしった。
「劉備め、いい拾いもんをしたもんだ!」
田豫の声がした方を一瞥した張飛は、呵々と大笑すると、蛇矛を振り払って敵兵を薙ぎ斃した。
馬上の趙雲も、田豫の姿を目に入れると、口辺に微笑を浮かべて馬首を巡らせた。
一筋の閃光が、敵兵の首を刎ねた。劉備は、手勢が押し上がってくる気配を背に感じた。
及び腰となった袁紹軍が、押され始めている。一塊となった数百の本陣だけが不動だった。
喧噪の中、馬を止めた劉備は、その本陣を見据えた。おもむろに剣の切っ先を天に向けた。
陽光に照り返され、切っ先が煌めく剣に、関羽、張飛、趙雲、そして、田豫の視線が集中した。
すっと、劉備が剣を振り下ろした。その切っ先は、袁紹軍の本陣を指していた。馬腹を蹴った劉備は、馬を立たせると、本陣に駈け向かった。
すると――。




