急行
〈叛乱軍〉
蘇伯……冀州河間郡易県の県令。叛乱の首謀者。己の命と引き替えに、鮮卑へ叛乱の介入を約束させる。
田銀……冀州河間郡易県の兵長。叛乱軍の盟主。
〈鮮卑〉
軻比能……鮮卑の魁。
卑弥……大人。軻比能に仕える。
〈烏丸〉
無臣氐……大人。軻比能に与する。
〈漢〉
曹操……華北を統べる群雄。漢の丞相。田豫の才覚を見抜く。
曹丕……漢の副丞相。曹操の嫡子。
程昱……曹操の謀臣。
鮮于輔……度遼将軍。幽州六郡を統べる。
閻柔……護烏丸校尉。幽州上谷郡に常駐する。北方異民族に慕われる陰の指導者。
牽招……征西から離脱し、叛乱軍平定に向かう将軍。
曹彰……曹操の子息であり、曹丕の弟。征西から離脱し、叛乱軍平定に向かう。
幽州涿郡涿県――。
冀州での叛乱、その急報を耳にした鮮于輔は、程昱の思惑どおり、北方異民族の動きに警戒していた。
三千ほどの軽騎兵は、いつでも出動できる態勢にあった。
だが――。
軽鎧で身固めした鮮于輔は、城楼から北方に目を凝らしていた。ふつふつと湧いたのは、焦燥だった。面上に愁眉を浮かせた鮮于輔は、うつむいて口許に手を添えた。
――河間を中心に広がった叛乱軍は、南下しながら五万にも膨れ上がった。それに対し、鄴は、一万ほどの守兵しかないだろう。鄴の救援に急行すべきか? それとも、このまま鮮卑、烏丸の動きに注意を払うべきか?
時間はない。鮮于輔は、この判断が、後の戦況を大きく左右させると見ていた。
すると――。
ふと、気づけば、北に砂煙が見えた。馬上の者の身形からするに、異民族ではない。砂埃が大きくなるにつれ、軽鎧をまとった五百ほどの騎馬軍であることが見て取れた。
はっとした鮮于輔は、弾かれたように城楼の階を駈け下りた。城門を開け放ち、五百の騎馬軍を出迎えるように外に出た。
「出撃の準備はできているか、鮮于輔――‼」
軽鎧の上に胡服を羽織っている。五百の精兵騎馬軍を引具した将が、馬上で腰を浮かせて声を放った。閻柔だった。
「いつでも出られる――‼」
馬上で、にやりと笑った閻柔は、鮮于輔に駒を寄せた。
「代郡だ。代郡へ向かい、南下する鮮卑を止める」
「代郡……? 鮮卑が叛乱軍に呼応するのか――⁉」
眉宇をひそめた鮮于輔は、目を剥いて閻柔に訊いた。
「今の季節、遊牧しながら弾汙山の麓まで南下する鮮卑の部族がある。その部族を率いる大人が、この機を見過ごすはずがねえ。鮮卑の領土拡大を目論み、漢土の奪取を虎視眈々と狙う狡猾な男。今や、鮮卑の周辺諸部族からは、鮮卑の魁とささやかれている」
「だ、誰だ、そいつは……?」
馬上で首を立て、眉間に皺を寄せた閻柔が、北西を睨み据えた。
「軻比能――」
鮮于輔の顔が険しくなった。屹っと、北西に首を巡らせた。乾いた風に巻き上げられた砂塵が見えた。
西の戦線から離脱し、冀州に急行する二軍があった。
「冀州に取って返せとは、曹操どのも人使いが荒い」
切れ長の眉に、吊り上った双眼を備えていた。疾駈する馬上で皮肉に笑ったのは、たくましい体に重鎧を着込み、首元に獣の毛皮を巻きつけた将だった。
「馬に疲れが見えております。しばし休ませますか、牽招どの?」
後続の騎馬兵が、二千騎を従える将の牽招に訊いた。
「否、止まることなく緩急をつけて先に進もう。事態は深刻だ。鄴が、叛乱軍に陥とされるようなことがあってはならんからな」
「承知つかまつった」
うなずいた兵は、各部隊に伝えるため、ゆるゆると後退していった。
――五万か。間に合ったとしても、乱を鎮めるのは至難だな。
牽招は、はやる気を抑えながら、馬速を緩めた。その双眸は、冴えた光を帯びていた。
一方――。
二千の牽招軍を猛追するような別の騎馬軍があった。
着込んだ鎧は煌びやかで、胴巻きは虎の毛皮である。その軍を率いる将は、二十歳を幾つか過ぎた頃の勇壮な若者だった。五寸(一〇㎝)ほど伸びた顎髯が、どういうわけか黄ばんでいる。
「若! 急ぎ過ぎではあるまいか? このままでは、馬が潰れてしまいますぞ!」
後方から駈け上がった老兵が、若将に寄せて声を大きくした。
若将は、勇壮な面貌を不敵に歪めた。
「馬は、洛陽で乗り換えればよい! 兄上に何かあってからでは遅いのだ! とにかく、先を急ぐのが肝要! あとは、叛乱軍を鎮圧するのみ!」
烱烱と瞳を輝かせた若将は、咆えるように声音を放った。
「我が武を発揮するは、西とばかり思っておったが、どうやら北こそが、我が身の置きどころであった!」
面には、どこか曹操の面影があった。嬉々とした若将は、ひたすら冀州の鄴を目指した。曹彰――。曹操の子息であり、曹丕の弟だった。
幼少の頃より、戦場を疾駈する将軍を志す息子の曹彰に、曹操は、夢を追う若かりし頃の己と重ねた。真価を問うべく、征西に従軍させていたが、冀州で起きた叛乱に曹彰を差し向けた。
――兄弟で冀州を護ってみせよ。
父である曹操の思惑などよそに、冀州へ放たれた曹彰は、猛虎のごとく意気をみなぎらせた。
そして――。
黒い戦袍を着込み、身に着けた具足も黒かった。
整然と隊伍を組んだ二千の歩兵が駈けている。その前を先導するような千騎は並足だった。許の都から派遣された正規軍である。
それを率いる将は、黒い巾で髪をひとつに束ね、身は縁取りを赤で彩った黒鋼に鎧われている。馬上の将の目は、冴えた眼眸を北に向けていた。




